第148羽
俺たちは一旦撤収し、翌日準備を整えて調査を継続することにした。
調査を行う場所が不自然な人工建造物である以上、その先に待ち構えているのは自然災害的な要因ではなく人為的な要因であることが考えられるからだ。いくらなんでも丸腰のまま単独でつっこむのはまずいだろう。
その日は入口をしっかりと閉じてゴミ処理場を後にすると、翌日の朝、再び俺たちは問題の場所へと赴いた。
メンバーは俺、パルノ、そしてクローディットの三人だ。
当初は話を聞いたティアが同行すると言い張ったのだが、さすがのチート娘も魔力が異常に高まった場所での行動はつらいだろう。魔力酔いは保有魔力の高い人間の方が症状も重くなるらしいからな。
で、俺とパルノふたりで調査しようと思っていたところに同行を申し出たのがクローディットだった。
そんな彼女に「魔力酔いがきついんじゃないのか?」と訊ねたところ、返ってきたのは球が転がるような笑い声と共に「やだ、お父様ったら。わたしが魔力酔いなんてするわけないじゃないですかー」という意味不明の返答。
まあこいつの言うことがわけわからんのはいつものことだから気にするだけ無駄だろう。というかどうしてこいつは当たり前のように我が家のリビングへ居座っているんだろうな?
ともかくクローディットを加えた三人で昨日発見した地下へと降りていった。
出会いの窓から依頼を受けた調査期間は一週間。今日がその最終日だが、この横穴を進んだ先で何が見つかるかによってその期間も変わる可能性があるだろう。
「さて、ふたりとも準備は良いか?」
口にした言葉が思いのほか周囲へこだまする。あまり大きな声で話さない方が良さそうだ。
俺はポケットから小型のペンライトを取りだして周囲を照らす。
最初に視界へ入り込むのは武装したパルノの姿。フィールズ大会の時にティアから借り受けた装備をそのまま今回も使わせてもらっているらしい。
俺も同じようにあの時の装備で身を固めている。とはいえフィールズ大会の時に装備していたスリングショットだと、こんな狭い場所では使いづらいことこの上ない。代わりに取り回しの良い刃渡り二十センチほどの短剣を一本腰のベルトへ差していた。
もちろんあの時ティアにしこたま渡されていた魔法具はさすがに持っていない。あんな高価なもの、気軽に借りられるほど俺の神経は図太くないのだ。
クローディットの方はいつもと変わらぬ修道服である。普通なら「武装しろよ!」と突っ込むところであるが、なんせこいつ、ティアとはまた違った意味でチートな娘である。学都でシュレイダーの一味と戦ったときもこの格好で暴れ回っていたくらいだ。
「そういえばクロ子、いつも使ってる大槌は持ってきてないのか?」
「持ってきてますよ、ほら」
そう言ってクローディットがいきなり何もない空間から身長をはるかに超える大きさのハンマーを取りだした。
「はあ?」
「え?」
俺とパルノの間抜けな声がシンクロした。
いやいやいやいや。なんだそれ? どうなってんだ?
「ク、クロ子。お前それどうした?」
「どうしたもなにも、取りだしただけですが?」
「いや、そういうことを訊いてるんじゃなくてだな。どこからそれを取りだしたって言ってるんだ」
「どこから……?」
首を傾げたクロ子が『何を言っているのだ』という表情で答える。
「家から持ってきただけですけど?」
「いや、俺が言いたいのはそういうことじゃなくてな……」
俺は額を片手で包みため息をつく。
横からパルノが俺の言いたいことを代弁した。
「何もないところからいきなりそのハンマーが現れたような気がするんですけど……?」
「それはそうでしょう。先ほどまでは持っていませんでしたからね」
「さっきまで持っていなかった物がどうして今はそこにあるんですか?」
「それはもちろん、こうやって――」
と言った瞬間、クロ子の手から大槌が消えた。
「消えた!?」
俺とパルノが目を丸くしていると、再びクロ子の手に大槌が現れる。
「――引っぱってきたからですよ」
何でもないことのように、クロ子が手に持つ大槌を軽く揺らす。
なんだこれ? あれか? ラノベなんかでよく見るアイテムボックスみたいなやつか?
「す、すごいですクロ子さん! 手品みたいです!」
いやいやパルノ、手品なんかよりよっぽどチートっぽい能力だと思うぞ、これ。
「ふっふっふ。そうでしょうそうでしょう。気分が良いからパルノたんには特別に五ポイント進呈です」
「ほんとですか? ありがとうございます!」
あっけにとられる俺をよそに、相も変わらず意味不明なクロ子のポイントがパルノに加算されていく。パルノは素直に喜んでいるが、結局そのポイントって何の役に立つのかいまだにわからない。……そういや俺って今何ポイントだっけ?
ん? ああ、クロ子って呼び名のことか?
この半年、あれやこれやと俺につきまとうこの娘。まあ俺をお父様呼びする以外には大して害もないから適当に相手してやってるんだが、クローディットって名前はちょっと長いだろ? 面倒だから頭の部分を取ってクロ子って呼ぶようになったんだ。
本人も嫌がってないし、最近はパルノもラーラもエンジもみんなクロ子って呼んでるぞ。いまだにクローディットって呼ぶのはティアくらいのもんだな。
どうもティアとクロ子は相性が悪いらしい。よく俺を挟んでにらみ合ってたりするんで、最近は自分の家にいてもいまいちくつろげないんだよなあ。
は? リア充? 爆ぜろ?
おいおい、聞き捨てならねえな。
確かにティアもクロ子も見た目は抜群だ。ティアの方は俺のアシスタントなんかにはもったいないくらいの美形だし、実際学都へ行った時なんてひっきりなしにナンパされていた上、この前なんてアイドルのスカウトにも声をかけられたくらいだ。クロ子の方だって中身はこの上なく残念だが、黙っていれば眼福間違いなしの美少女。
しかしだ。いくら見目麗しい少女ふたりに挟まれ、あまつさえ腕にやわらかい胸を押しつけられ内心ヒャッホーと歓声を上げていたとしても、一方は赤の他人を「お父様」呼びするおつむの中が残念な電波シスター。そしてもう一方はことあるごとに部屋の空気を一瞬にして数度下げる人間エアコン娘。その板挟みになる俺の心労があんたにはわからないのか?
代われるもんなら代わってやりたい? むしろ代われ?
よっしゃ言ったな! じゃあ代われ! さあ代われ! 今すぐ代われ!
あん? 『今さら無理言うな』だと?
ちょっ……、期待させるだけさせといて結局それかよ!
ふざけんな! あんたじゃ話になんねえ! 上のやつ出してこいや! 責任者だ責任者、責任者を出せ!
はあ? 『お前が言うな』って?
どういう意味だよ!? 意味わかんねえよ!
「――トさん! レバルトさん! しっかりしてくださいよ!」
「お? ……おお、パルノか。どうした?」
「どうしたはこっちのセリフですよ。どうしたんですか? さっきからブツブツ言うばかりで、話しかけても全然反応ないから心配したんですよ?」
「ん? そうだったか? すまんすまん」
いかんいかん。仕事中に、しかもこんな場所でボーッとしてたとかちょっと洒落にならんな。
「お父様? 何だか誰かとお話しなさっていたように見えましたが……」
「話? 俺が? お前らとか?」
「いえ、わたしやパルノたんではなく……」
「クロ子やパルノ以外って――」
俺は周囲を軽く見回して首をひねった。
「誰がいるんだよ」
「さあ?」
「さあ、って……」
すっきりとしないクロ子の言葉に俺も困惑するばかりだった。
だがまあ、いつまでもここでゆっくりしている余裕はない。今日中にこの横穴を調査し終えないといけないのだ。
「とりあえず調査を始めるとするか」
すっきりしない気分を抱えながらも、俺はふたりへと声をかける。
「人工建造物である以上、人間や人間の設置した罠、他にも守護者として配置されたゴーレムなんかがいるかもしれない。気を引き締めて行くぞ。戦闘は可能な限り避けて、場合によっては調査も中止して撤退する。いいな?」
「わ、わかりました」
「はーい、お父様。どっちを先に調査しますか?」
俺たちが降り立った地下の横穴は二方向へと伸びている。方角的には一方がゴミ処理場の中心部へ向かい、反対側のもう一方は市街地中心部へと向かっている感じだ。
「今回の異変はゴミ処理場の敷地内で起こっているからな、そっちが優先だろう」
まずは異変の発生源に近いであろう方を先に調査する事にした。暗い横穴の中をペンライトで照らしながら、俺たちは先頭に俺、後方にクロ子、その間にパルノという順で並び進んでいく。
「人の気配が全くしないな」
暗闇の中、俺たち三人の乾いた足音が響く。
横穴を進み始めてまだ五分と経っていない。だが闇に乗じてよどんだ空気と見通しの悪い視界がじわじわと這い寄ってくる感覚は好きになれそうになかった。
時折横穴の壁には朽ちたランプが提げられていた。足もとの床へ積もった砂埃の多さで、この場所へ長い間人が立ち入っていないことがわかる。
「雰囲気的には幽霊とか出そうな感じだが……」
「で、ででで出ないですよね!?」
何の気なしに口をついて出たつぶやきに、パルノが慌てて俺の腕へとしがみつく。
惜しい。防具を身につけていなければ、あのパフパフむっちんな感触が俺の右腕を包んでいただろうに。
「むう、パルノたんだけずるいです」
しがみつくパルノを見てふくれたクロ子が、反対側の腕にしがみついてきた。
「ええい、離れろ。俺の両腕がふさがっちまうだろうが」
「大丈夫です。いざとなったら月明かりが頑張ってくれるはずです」
「そういう問題じゃねえ」
そりゃ確かにいざとなったらローザが守ってくれるかもしれないが、だからといって両手がふさがったままでは突発事への対応ができなくなる。
震えるパルノとふくれっ面のクロ子をなだめて離れさせると、俺たちは慎重に横穴を進みはじめた。