第13羽
フォルスとエンジの息が整うのを待って、俺たちは探索を再開する。
その後の一時間で三度戦闘に突入した。
いずれも例の人骨モンスターが相手だ。幸いなことに相手は常に二体か三体で出現したため、十分な余裕を持って対処することが出来ている。
もちろん前衛であるフォルスとエンジの疲労は決して軽視できるものではないが……。
探索は今のところ順調だ。
分かれ道こそ多いが扉などは見当たらず、転移のような罠もなかったためマッピングも容易だった。
ちなみにマッピングは俺の仕事な。端末のマッピング機能が働いていないため、紙を片手に手書きで記録中だ。アナログだけど仕方ない。
そうやって地道にひとつずつ分岐をつぶしてきた俺たちは、これまでと少し様子の違う通路にさしかかった。
「ずいぶんとここは……、広いですね」
あたりをぐるりと見渡してラーラが言う。
これまで俺たちが歩いてきた通路は、程度の差はあれ大体同じような幅が続いていた。
せまいところでは六メートルほど、広いところでも十メートルといったところだった。
「通路って言うより、広間って感じっすね」
エンジの言うとおり、この場所の横幅はざっと見たところ二十メートル以上はありそうだ。
扉のような仕切りこそなかったが、確かに通路よりも広間と言った方がしっくりくる。
その変化は当然のように俺たちの警戒心を刺激する。フォルスが全員に注意を促した。
「慎重に行こう。周囲への警戒は怠らないで」
前方を向いたまま俺たち三人の返事を聞いたフォルスが、先頭に立って歩き始める。
今まで以上に注意を払ってゆっくりと進んでいく。広い空間が四人分の足音を必要以上に響き渡らせた。
ゲームなんかだと、こういう広い場所での危険にもいくつかパターンがある。
例えば突然周囲に多数の敵が沸くモンスターハウスのようなもの。
あるいは出入り口を塞いでの水攻めトラップ。
あとは単純にボス敵との戦闘とかだろうか。
暗がりからモンスターが奇襲をかけてくるだけでも十分な脅威だ。
だが俺のそんな不安とは裏腹に、結局は敵と遭遇することもトラップが発動することもなかった。
ただ部屋自体の奥行きはかなりあるらしく、体感で三百メートルくらいはあっただろうか。
慎重に進んでいたこともあって、かなりの時間を費やしてしまった。
二十分ほどの時間が過ぎた頃、ようやく広間最奥の壁が見えるところにたどり着く。
「見てください。奥の壁に不自然なくぼみがありますよ」
ラーラが言うまでもなく、俺たち全員が気づいていた。
突き当たりの壁に、第五階層で休憩をした場所と同じような、奥行き三メートルほどの通路もどきがひとつだけあったのだ。
正確に測ったわけではないが、おそらくこの広間は細長い四角形のような形状をしているだろう。
そんな空間の中、その部分だけがやけに特殊な存在感を主張している。
「あからさまに怪しいな」
「そうっすね」
俺の言葉にエンジが同意する。
「ここにも隠し通路があるんでしょうか?」
「ないと困るね……。レビィ、未踏破の分かれ道はまだ残ってたっけ?」
「いや、隠し通路を見落としたりしてなきゃ、分岐は全部埋まってるはずだ」
転移してきたこの階層――もしかしたらここは第七エトーダンジョンとは違うダンジョンなのかもしれないが――には扉という物がなかった。
厳密に言うならば、最初に飛ばされた部屋へ付いていたのが唯一の扉だ。
分岐はいくつもあったが、それだけだ。
トラップらしいトラップもなく、探索は気味が悪いほど順調に進んでいる。
マップもこの広間を最後に完成していた。
フォルスへ向けて答えたとおり、隠し扉や隠し通路以外の目に見えている通路は全てマッピング済みということになる。
もちろん事細かく調査しながら来ているわけではない。
場合によってはこれまでたどってきた通路を少しずつ調べていく必要がある。
だがその前に、だ。
どう考えてもこの広間が一番怪しい。
戻って通路を調べ直す前に、この広間と特にあのくぼんだ箇所を調べるのが優先だろう。
「あそこを調べてみよう。僕とラーラが周囲を警戒しているから、まずはレビィとエンジで見てくれるかい?」
フォルスがくぼみを指差す。まあ当然そうなるわな。誰が見ても怪しいもん。
「ああ、わかった」
「了解っす」
ということで俺とエンジがまずは調査を開始した。
その間、フォルスとラーラは俺たちを背にして広間の入口側を向き、警戒をしてくれる。
「エンジは左右の壁を調べてくれ。俺は正面の壁を調べるから」
いつも通り軽薄な返事をしたエンジは、側面の壁に寄って観察し始める。
俺も正面奥の壁に寄り、まずは目で注意深く調査していく。
見たところ壁の材質は通路と変わりがない。
不自然な模様や溝、隙間などがないか念入りに見ていった。
壁に近付いて目をこらしたり、逆に壁から数歩離れて全体を眺め、違和感がないかを確かめてみる。
見た感じおかしな点が見つからなかったため、今度は直接触れて調べる。
素手で触って触感に変化がないか、複数の場所を叩いて音に違いがないか、耳をあてて音がしないか――、ん?
「なんだこれ?」
「どうしたんっすか?」
「いや、気のせいかもしれないが、何かこすれる音が聞こえるような……」
俺の返事を聞いて、エンジも同じように壁へ耳をあてる。
「……んー。言われてみるとそんな気がしないでもないような気もするっす」
エンジはいまいちピンと来ないようだ。まあ俺もそこまで確信があるわけじゃないけど。
一応フォルスへ報告しようと思って、広間の中央側へ振り返る。
そこには俺たちに背を向けて周囲を警戒するフォルスとラーラがいる。
「お――」
俺が声をかけようとした時、ラーラの後ろ姿がゆらりとふらつく。
「あれ……?」
ラーラ自身の口から声がもれた。
「と、っと、っと?」
最後に疑問符をのせた調子をつき、ラーラがツインテールを揺らしながら後ろ向きに歩いて来た。
正確には歩いてくると言うよりも、バランスを取ろうとして足を後ろに出し、さらにバランスを崩してもう一方の足を後ろに出すという感じだ。
そのままラーラはフラフラとよろけながら、ちょうど俺が居る位置にやってくる。
いつ止まるんだろうと思って見ていたが、結局俺の体にぶつかってようやく止まる始末だった。
たまたま俺がラーラの方を向いていたために、ちょうどラーラを後ろから抱きとめるような格好だ。
視線を下げると、目の前に綺麗な空色のツインテールが寄りかかっていた。
「すみません。レビさん」
俺の体に寄りかかったままの体勢で顔だけを上に向け、ラーラが礼を言った。
「何もないところでよろけるとか……、ずいぶん器用だな」
「……そう……ですね?」
からかい口調で言う俺につっかかってくることもなく、素直な答えが返ってくる。なぜか疑問形だったが。
ラーラ自身、どうしてよろけてしまったのか、原因がわからないようだった。
彼女は寄りかかっていた体を離すと、振り返って俺と向かい合う。
何か言おうとして口を開きかけた彼女が、俺の肩越しに見える壁を目にした瞬間、不思議そうに首を傾げた。
「……おや?」
「どうした?」
「いえいえ。特にこれといって何か、というわけではないのですが……。なんだか変な感じが……」
俺も振り返って眺めてみるが、そこにあるのはこれまでと変わりないただの壁。
「気のせいですかね……?」
ラーラも確信は無かったのだろう。
頭上にハテナマークを浮かべたまま、フォルスのとなりへ歩いて行った。
おっと、そうだ。壁の奥から聞こえてくる音の事を伝えなきゃ。
そう考え、声をかけようとして気がつく。
考えてみればどんな危険が潜んでいるかわからないこんな場所で、大声出して呼びかけるなんてのはまずいか。
だったらフォルス達の側へ行けば良い。
そう結論づけた俺は、今も周囲を警戒し続けているフォルスの元へと歩きはじめたのだが……。
ん? 何だ?
一歩二歩と足を前に出して歩く。
だがなんだろう? 妙な感じがする。
足が重いというか、歩きづらいというか……。
気のせいと言えばその程度なんだが、なんか違和感がある。
俺はラーラ同様に首を傾げながら、フォルスのいる場所へ向かった。
「フォルス。壁の奥からちょっと妙な音が聞こえてくるんだが」
「妙な音?」
振り返ったフォルスが返事をする。
「ああ。エンジはよくわからないって言うんだが、こすれるような音が――、っておい、聞いてるか?」
フォルスは話す俺の方を向いていた。
だがその視線は俺の顔では無く俺の肩越しに見える壁を注視しているようだった。
このイケメンチートが、目の前の人間をないがしろにするような態度を取るのは珍しい。
何か問題でもあるのだろうか?
「レビィ」
「なんだ?」
「あの壁……、少しさっきと違わないか?」
「違う?」
「何だろう? 気のせいかな? うまく説明できないんだけど」
言われて俺も壁へ視線を向ける。
しかし眼に映るのはさっきまでと同じ光景だ。
エンジがひとりで壁に耳をあてたり叩いたりして調べている。
「そうか? 見た目は特に変わりがな――」
「レビィ」
フォルスが真剣な面持ちで俺の名を呼ぶ。
「あのくぼみの奥。床と壁の境目の部分だ。隙間が出来てるんじゃないか?」
「隙間? さっきはそんなの――」
言いかけて俺は言葉を飲み込む。
確かにフォルスの言うとおり、床と壁の境目に隙間が見えたからだ。
そして同時に自らの記憶を呼び起こして確認する。
最初はあんな隙間なかったはずだ、と。
「エンジ! そこから離れろ! こっちへ戻れ!」
とっさに俺はエンジに叫ぶ。
何かの仕掛けが動いているのかもしれない。
さっき壁の奥から聞こえた音もその兆候だった可能性が高い。
エンジがあわてて俺たち三人のいる位置へ走ってくる。
俺たちは四人で円をつくり、背中合わせになって周囲の警戒をしながら、壁の様子をうかがった。
その間も隙間は少しずつ大きくなっていく。
よくよく注意していなければわからないほどゆっくりとした変化だ。
「どういうことだ? 壁がせり上がっているのか、それともこの部屋自体が下がっているのか?」
「いや」
俺の疑問に答えたのは、学年最優秀生徒を三年連続で獲得したリアルチート君だった。
そのイケメンはポケットから中央がぼんやりと赤く光るガラス玉を取り出すと、そっと床に置く。火炎球だ。
火炎球はその場に留まっていたのもつかの間、すぐにコロコロとくぼみのある壁側へ転がり始めた。
それを確認したフォルスが、どこまでも転がって行きそうな球をつまんで再びポケットへ収める。
「どうやら傾いているらしいね」
フォルスの答えを聞くまでもなく、俺たちは転がり始めた火炎球を見て事態を把握していた。
「これはまた……、ずいぶんと大がかりな仕掛けですね」
感心したようにラーラが言う。
確かに大がかりだ。
横幅二十メートル、奥行き三百メートルはあろうかという広間を丸ごと傾けているのだから。
もしかしたら傾いているのは俺たちが立っている場所の周辺だけなのかもしれない。
だが、そうだとしたらもっと傾きは急なものになっているだろうし、その場合は俺たちも変化に早く気づけていただろう。
わずかな違和感を与えるのみにとどめ、異変に気づかせなかったのだから傾き自体はおそらく微々たるものに違いない。
その微々たる傾きをもって、今目の前に展開される光景を考えれば、仕掛けの大きさも推測できるというものだ。
最初は注意しなければわからないようなわずかな隙間だったが、今はその高さも三十センチを超えていた。
相変わらず耳に聞こえてくるような音はなく、自分が目にしていなければ変化が起こっている事すら気づかないだろう。
その動きは一貫して静かでゆるやかだった。
次第に隙間はその高さを増していく。
だが何が出てくるのかと警戒をしていた俺たちの心配とは裏腹に、結局危機的な状況は何も起こらなかった。
隙間は高さ二メートルを超え、もはや立派な出入り口と言っても良いくらいだ。
「道が出来たっすね」
「これは……、単に通路を開くための仕掛けだったってことか?」
何が起こるかと構えていた俺たちは、少しばかり拍子抜けした。
「魔力は感じません。魔法的な罠は無さそうです」
「僕もラーラと同意見だ。でも機械的な罠の方はわからない。この通路を開くための仕掛けにも魔力は感じなかったし……」
「でも行くしかないっすよね?」
「ま、そういうことだな。注意しながら進むしかないだろ」
結局はそうなる。もともと進む道を探してここまでやってきているのだ。
目の前に開いた道がありながら、進まないというのではいつまでたってもこのダンジョンから脱出することはできないだろう。
危険は十分承知の上で、それでも突破するしかない。
「じゃあ、行こうか」
フォルスを先頭にして、俺たちは目の前にポッカリと開いた入口へと踏み込んでいった。




