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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第七章 迷子には救いの手を、狂信者には鉄拳を
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第118羽

 それからしばらくして、ようやく目隠しを解除された俺の目に映ったのは不機嫌な表情を隠そうともしないティア。そして着替え終わったラーラである。


「ぶかぶかですね」


 空色ツインテール娘があまらせた袖をブラブラと揺らしながら言った。


 ラーラが着ているのは俺が普段着として使っている長袖のシャツだ。当然ラーラには大きすぎるため、(すそ)(そで)もこれでもかと言うほどあまりまくっている。

 ズボンやスカートの(たぐ)いは身につけていないようだが、俺とラーラの体格が違いすぎるため裾がヒザにまでかかり、ほとんどワンピースのような(おもむき)だ。


 まあ、消去法からこうなるのも当然の帰結かもしれない。ティアの服はここにないし、ルイの服はさすがに小さすぎるからな。

 下も俺のズボンを履くにはサイズが違いすぎるんだろう。


「でも、短パンとか無かったっけ?」


「それがその……、ラーラさんがこれで良いと……。幸いサイズが大きいのでしっかり隠れますし」


 ティアが申し訳なさそうに言う。

 ラーラに目をやれば、服のぶかぶか感を楽しんでいるようだった。どう考えても羞恥心より興味深さを優先した結果であることは明白だ。


 こら、袖をクルクル振り回すな。ルイも面白そうに(あお)るんじゃない。

 でもわかってんのかお前? 前と後ろはともかくとして、サイドの裾は少し丈が短くなってるもんなんだぞ? 横から見たら太ももが――、いえ何でもありませんティアさん。


「さしあたり服の洗濯が終わるまで座って待っていてください。あまり飛び回らないようにしてくださいね。あと先生はラーラさんにあまり視線を向けないように――」


 ラーラには優しく、そして俺にはきつめの口調で銀髪少女が言いかけたその時、来客を告げるチャイムが鳴り響いた。


 ん? 誰だ?


 玄関へ向かおうと腰を浮かしかけた俺を押しとどめ、ティアが対応に出て行く。


 それから数分。

 大して時間もかからず戻ってきた自称アシスタント少女は、ちょっとだけ顔に困惑を浮かべていた。


「誰だった?」


「それが、郵便屋さんだったんですが……」


「郵便屋? なんか久しぶりに来たな。それで何が届いたんだ?」


「お届け物もですけど。その……、なんでも謝罪にいらしたとかで」


「は? 謝罪? どういうことだ?」


「それはまだ何とも。玄関でお待たせしてますので、入ってもらっても良いですか?」


「そりゃ構わないけど」


 どういうこった?

 郵便屋が何でうちに謝罪しに来るんだろうか?


「あ、ラーラはルイとユキを連れて客間で遊んでいてもらえるか?」


 さすがにシャツ一枚の姿でいるラーラを見知らぬ人間の前に出すのはどうかと思う。たとえ大した色気が無かろうと、こんなのでも女だからな。


 ラーラはルイやユキがいっしょならどこでも良いのだろう。ふたつ返事で承諾すると、シャツの袖をブラブラとさせながら客間へと歩いて行った。

 ぶかぶかのシャツをつかんだままのルイと、揺れるシャツの袖に目を奪われるユキもそれについていく。


 やがてティアが郵便屋さんを連れてリビングへ戻ってきた。


 郵便屋さんは役職者っぽい初老の男性と、配達員らしき若い男性のふたりだ。

 ソファーに腰掛けてもらい、ティアがお茶の準備をするためキッチンへ下がったところで俺から用件を尋ねる。


「それで、今日はどういったお話なんですか?」


「それが……」


 言い辛そうに口を開いたのは初老の男。若い男の方は暗い表情でうつむきがちに視線を下げている。


「本日はお詫びに伺わせていただきました」


「お詫び、ですか?」


「実は――」


 初老の男は郵便屋の配達部長と身分を明かした。

 彼が説明するには、どうもこの区域を担当している配達員――同行してきた若い男――が俺宛の郵便物を配達せずに家へ溜め込んでいたらしい。


 そう言われてみればここのところ郵便物の届いた記憶がない。もっとも、緊急の連絡は個人端末にメッセージが届くし、困った覚えもないのだが……。


「本当に申し訳ございません! ほら、お前も頭を下げないか!」


 配達部長が勢いよく頭を下げ、となりに座る若い男へうながす。


 なんでそんな事に、という俺の疑問は配達部長から理由を聞くことで氷解する。

 原因は現在我が家の客間でモフられ真っ最中の白猫だった。


 ユキを我が家で面倒見るようになってからというもの、訪問販売の類いがパッタリと来なくなった我がレバルト邸。

 今ではその存在も知れ渡り、以前ほど恐れられてはいないが、最初の頃はひどかった。

 見る人すべてが恐怖に顔を強ばらせ、俺の家へ不用意に足を踏み入れようとした人間はことごとく足をもつれさせて逃げていった。その中のひとりが今目の前にいる配達員の男だ。


 そういえばあれから郵便屋の再配達とか来てなかったな……。


 不意に恐怖の猛獣と対面してしまった配達員の男は、あまりの恐怖にそれがトラウマとなったのだろう。我が家への配達ができないばかりか、うちへ近づくことすら身体が拒否するようになったようだ。


 ただ問題なのはそれを上司に隠したままでいたこと、さらに我が家への配達が滞りなく終わっているように見せかけるため、俺宛の郵便物をすべて自宅に溜め込んでいたことだ。

 ここ最近、配達員の挙動がおかしいことに同僚が気づき、配達部長が事情を聞いたところで今回の問題発覚に至ったらしい。


 道理でさっきから青い顔をしていると思ったよ。ユキへの恐怖で謝罪どころの話じゃ無いんだろう。


「事情はわかりました。それで、今までの郵便物は?」


「それはこちらに」


 配達部長が手に持っていた紙袋を差し出してきた。

 さすがに廃棄するのは良心が痛んだのか、郵便物はすべて配達員の家に残っていたそうだ。


「まあ、中身を見てみないと何とも言えませんが、謝罪は受け取っておきます」


「本当に申し訳ございませんでした。郵便の遅れで損害が発生していた場合は改めて補償についてご相談させていただきますので」


「わかりました。内容を確認させてもらった上で、こちらからご連絡します」


 ざっと見たところ速達や緊急通知はなさそうだ。おそらく大丈夫だと思うが、言質(げんち)は取っておこう。


 今後の配達は人員を入れ替えて別の配達員が担当することになるそうだ。ユキを見ても怖じ気づかない人間を選ぶと配達部長は言う。

 去り際にもう一度深々とお辞儀をして、配達部長と配達員の男は帰っていった。


 ユキを客間に押しやっておいて正解だったな。本来はラーラを下がらせる為だったんだが、結果的に配達員とユキの遭遇を回避出来たことになる。

 あの状態で再びユキと至近距離のご対面などしたら、引きこもりにでもなりかねない様子だったし。


「それで先生。お手紙の方は目を通されたのですか?」


 ラーラが洗濯済みの服を着て帰った後、夕食の準備を一段落させたティアがそう訊いてくる。


「うーん……、別に大したものはないなあ……」


 適当な返事をしながら、手紙をひとつひとつ開いては中身を確認していく。

 ほとんどが頼んでもいない店のダイレクトメールや、ショップからの単なるお知らせだ。基本的にゴミ箱へ直行する類いのものだった。

 中には開くまでもない物すらあり、俺はゴミ箱を傍らに置いて分別作業に没頭する。


 そんなとき、ある手紙の差出人名を見て俺の手が止まった。


「あん?」


「どうしましたか?」


 思わず二度見した手紙の差出人欄には、『オルフ・ウォレス・トレスト』とあった。


 え? 誰それ、って?

 いやいや、アンタも知ってるだろう?

 俺が学都に行ったとき、受賞式までの数日間お世話になった家の主。ティアの親戚筋というダンディな爺さまの名前だ。


「なんかトレスト翁から手紙が来てる」


「え? おじ様からですか?」


 ティアも意外そうだ。


 確かに見知った相手ではあるが、俺とダンディ様ではそれほど接点があるわけでもない。親戚筋のティアに届くならともかくとして、俺宛に直接というのも妙な話だった。


「どうして先生に?」


「さあ? とりあえず中身を見てみるか」


 ムダに高級そうな封筒を開き、中の便箋(びんせん)を取り出した。その便箋すらもやたらブルジョア感があふれている。


 くそ、これだから金持ちは。


 心の中で悪態をつきつつ便箋を広げた。


「えーと、なになに? 『親愛なるレバルト君へ』――」


『ルイ君は元気かね?』


 前置きすっ飛ばしていきなりそこかよ。


『大変貴重なゴブリン種なのだから、くれぐれも怪我や病気には気をつけておいてくれたまえ。それに研究のためなら何でもやるような輩もいる。人攫(ひとさら)いの手にかからぬためにも、街中だからと気を抜かず、決してひとりで出歩かせるようなことは謹んでおくように』


 わざわざ手紙までよこしておいて、言いたいことはそれなのか?


『学都にさえいてくれれば、ワシが力の限りルイ君の安全に力を注げるのだが、さすがにそちらにまではトレスト家の力もおよばぬ。どうかね? ルイ君と共に学都へ(きょ)を構えるというのは? 住む家のあてがないならば、ワシの家に居候(いそうろう)するという選択肢もあるぞ。ワシの方は一向に構わん。何ならティアルトリスもワシの家に来れば良い』


 話が無茶な方向へ走りはじめていた。

 手紙相手なのに盛大なツッコミを入れたい気分だ。


 その後、便箋二枚ほど話が迷走したあげく、最後の一枚に本来の用件が記されていた。


『実は今度、所用でそちらの町に訪ねることになっておる。滞在中はフォルテイム家でごやっかいになる予定だが、ぜひルイ君の様子も見に行きたいのでな。そちらへ到着したその足でお邪魔させてもらおうと思う。突然では迷惑になるであろうから、こうして手紙を出させてもらったというわけだ』


 なんだ、結局のところ訪問前の連絡というわけか。


 相変わらずルイ大人気だな。空色ツインテールはおろか、近所の幼女、そして遠く学都のダンディ様。

 ……ひとりとしてうらやましいと思える対象がいないけど。


「どうやらトレスト翁がこちらの町へ来るらしいぞ。ティアは聞いてたか?」


「いえ。初耳です」


 本当に聞いていなかったのだろう。水色の瞳に軽く驚きが浮かんでいた。


「それで先生。おじ様はいついらっしゃると?」


「ええと……、『そちらに着くのは今月の第四水曜日になる予定だ。くれぐれも留守になどせぬよう、注意してくれ』だってさ。……ん? 第四水曜日?」


 俺の思考が日付の部分に引っかかる。


「あれ? ティア、今日って何週目だっけ?」


「第四週ですよ」


「……」


「……」


「ちなみに何曜日だっけ?」


「水曜日ですが」


「…………」


「…………」


「ちょ……! 今日じゃねえか! 事前に訪問の連絡って、訪問日に連絡の手紙が届いてりゃ世話ねえよ!」


 封筒の消印を見てみると、差し出し日は二週間ほど前だった。

 学都からの郵便は大体四日から五日程度で到着する。普通なら一週間以上余裕をもって届いていたはずなのだ。

 それが今日になって俺の手元へ到着したのは、例の郵便屋がユキに怯えて自宅保管を続けていたからに他ならない。


 くっそ! さっそく問題発生してんじゃねえかよ!

 来客をもてなす準備なんて何もしてねえぞ!

 今から郵便屋に乗り込んでいって責任者呼びつけ……って、責任者ならさっき謝罪に来てたわ!


「その、先生。とりあえず急いでおじ様をお迎えする準備をしないと……」


 ひとり頭を抱えてもだえる俺にティアが横から言いかけたそのタイミングで、玄関口から誰かの来訪を伝えるチャイムが再び鳴り響いた。


「あ……」


 思わずふたりの声が重なる。


 もしかして……、間に合わなかった……?


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