第113羽
「もらったあ!」
俺の射的銃から乾いた音を立ててコルクの弾が放たれる。
弾は一直線に景品棚の上に並んだぬいぐるみへと向けて飛び、頭部と思わしき箇所へ命中する――――寸前でかわされた。
「くっそおー! 避けんじゃねえー!」
「なに言ってんすか兄貴。景品が避けなきゃ射的にならないっすよ」
エンジがケラケラと笑いながら言う。
うっせえ! 俺の知っている射的じゃあ、景品が自分で弾かわしたりしねえんだよ!
エンジへの文句を飲み込んで、俺は狙いを定めて次弾を発射する。
金魚すくいをした後、俺たちは射的の露店で遊んでいた。
日本でもおなじみのコルク弾を飛ばす射的のゲームだ。
金魚すくいのポイと違って、射的銃は魔力を必要としない。仕組みは俺が前世で使ったことのある物と同じだ。魔力を使わないため、魔力ナシの俺にも扱うことができる。金魚すくいも型抜きも輪投げもできない俺にとって、数少ない『遊べる露店』だ。
もちろん日本の射的と全く同じというわけではない。日本との違いは射的銃ではなく的の方にある。
「レビさんレビさん。上から二段目の左端にいるワンコは動きが鈍くなっていますよ。チャンスです! ゲットしたあかつきには是非私が引き取らせていただきますので、がんばってください!」
ラーラの言う場所に目を向けてみれば、犬型のぬいぐるみが肩を上下させてよろよろと歩いていた。ぬいぐるみのくせに息切れしてんのか?
そう。異世界の射的では的が動くのだ。
景品の大半は人や動物を模したぬいぐるみであることが多い。ぬいぐるみたちは景品棚の上を縦横無尽に動き回り、人間が射的銃から放つコルク弾を軽快なステップで避けまくるのだ。それはもう軽やかに。
ゴーレム技術の応用らしいのだが、無駄なところでファンタジー色が強くて時々めまいがしてくるな。日本の射的と違って棚から落とさなくても当てさえすれば景品がもらえるのだが、動き回る小さな物体に弾を当てるなど素人にそうそうできる芸当ではない。ほら、また避けられた。
「お兄ちゃん! ナイスアシスト!」
俺の弾を避けて体勢を崩したぬいぐるみへ、すかさず狙いをつけてニナが弾を放つ。ぬいぐるみは無理やり上半身をねじって弾を避けようとするが、バランスを崩した状態であったため反応が一瞬遅れてしまいその腕に被弾した。
「お嬢ちゃんの弾が命中だな!」
露店のおっさんがにこやかに宣言すると、ニナはガッツポーズをとり、喜びを全身で表した。
ぬぬぬ……、何とも合点がいかない。
それぞれ二回ずつ遊んだ戦果は俺が一体、ニナが三体、ルイは残念ながらというか当然というか〇体だ。さすがにでかい口叩くだけあって、エンジは五体も当てていた。金魚すくいではトップを取ったラーラだが、射的ではようやく一体当てたに過ぎない。さすがの乱獲者も射的は勝手が違うのだろう。
「しかし、年々動きが進化しているよな。射的のぬいぐるみも」
「弾に当たったときのガックリした動作が面白かったねー!」
「避けるときのこちらをおちょくる感じも近頃は洗練されていますからね。まったく忌々しい」
俺の言葉に反応して、ニナとラーラがそれぞれ感じたことを口にする。
その手には、射的の景品として入手したぬいぐるみが抱えられていた。ぬいぐるみはすでに動くこともない。ぬいぐるみを動かしていた回路が抜き取られているためだ。
回路というのはゴーレム製造技術により生み出された簡易的な魔法具の一種である。このおかげで景品のぬいぐるみが生き物のように動き回れるのだ。俺が子供の頃はワンパターンな動きを見せるのがせいぜいだったが、技術の進歩によってかなり複雑な動きも設定できるようになっていた。
ニナやラーラの言う通り、弾を避け損なってガックリとうなだれる様子や、こちらをあざ笑うかのような弾の避け方は、年を追うごとに人間臭くなっている。そういった反応を見る楽しさも射的の醍醐味なんだろう。
「ンー!」
我が家の食いしん坊ゴブリンが、チョコバナナの露店を見つけて俺に催促してくる。
「お前、まだ食うつもりか?」
「なにを言っているのですかレビさん。まだどんぐりアメとたい焼きとベビーカステラとフライドポテトとリンゴ飴とクレープと焼きとうもろこしとフランクフルトと焼き鳥とかき氷を食べていませんよ?」
「えっ?」
なに言ってんだ、このツインテールは? まさかそれ全部食べるつもりか?
思わず目をむいた俺にラーラが意外そうな顔を返す。
「えっ?」
いやいや、なにその「全部食べないんですか?」みたいな表情は?
っていうか、かき氷は最初に食べただろ。また食うつもりか?
果てしなくつまらない理由で時が止まった俺たち一行のそばで、ハッピを着た若い兄ちゃんが声を張り上げた。
「御輿がくるぞー! 道をあけろー! 御輿が通るぞー!」
その声に促され、道行く人々が端に寄り始める。御輿が通る時には道をあけるのがマナーだし、そもそも事故や怪我を防ぐためには必要なことだ。
「兄貴、ひとまず寄るっすよ」
エンジに言われ、俺はルイの手を取って道の中央から離れる。
やがて担ぎ手のかけ声と一緒に数基の御輿が近付いてきた。
「わっしょい! わっしょい!」
担ぎ手たちの声が威勢良く響く。
それにあわせて沿道からもかけ声をあげる人たち、担ぎ手のために水魔法で飛沫をあげて彼らのほてった体を冷やす人たち、雰囲気に誘われて飛び入りで担ぎ手に入っていく人たち、それぞれが思い思いに楽しんでいた。
「わっしょい! わっしょい!」
「オラ! 声小さくなってんぞ!」
「わっしょい! わっしょい!」
「そこのガキ! 危ねえから下がってろ!」
「わっしょい! わっしょい!」
「第四街区の御輿に負けんなよ!」
「わっしょい! わっしょい!」
「へばってんじゃねえぞ! 声出せえ!」
「わっしょい! わっしょい!」
「ひええええ~!」
「わっしょい! わっしょい!」
あれ? なんか変な声混じってねえか?
道の両脇に並んだ見物客の前で、一基目の御輿を担いだ男たちが声を張り上げながら通りすぎる。
「わっしょい! わっしょい!」
御輿の上には頭にハチマキを締めた中年のおっちゃんが立ち、うちわを両手に持って大げさに仰ぐ動作を見せる。担ぎ手の声にあわせて揺れる足場をものともせず、訓練された大道芸人さながらのパフォーマンスを見せていた。その様子に周囲から歓声が沸く。
「わっしょい! わっしょい!」
最初の御輿が通りすぎると、すぐさま次の御輿がやってくる。
二基目の御輿には三十を過ぎたばかりと見える男性が乗っていた。最初のおっちゃんほどの貫禄はないが、しっかりと背筋を伸ばして周囲の観客へ応える姿は様になっている。
「よっ! 若旦那!」
見物客から声がかかると、少し恥ずかしそうな表情を見せながらも手を振っていた。
若旦那の御輿が通りすぎると、最後の御輿が俺たちの前に姿を見せる。
「わっしょい! わっしょい!」
「あわわわわ!」
三基目の御輿には女の子が乗っていた。
御輿担ぎの荒々しい雰囲気とはまるで相容れない小柄な体。愛らしい丸みを帯びた顔にパッチリとした桃色の瞳。御輿の揺れにあわせて、桃色のショートカットが小さく乱れていた。
「わっしょい! わっしょい!」
「ゆ、揺らさないでくださいいい!」
とても御輿の上に乗る人間とは思えない発言に、見物客も口を半開きで呆然としていた。
当の本人は振り落とされまいとして、御輿の上で座り込み、必死の様子でしがみついている。
なんだか知り合いの元奴隷少女に似ている気がするなあ……。
「わっしょい! わっしょい!」
「お、落ち、落ちる~!」
今にも振り落とされそうになる少女の様子などお構いなしに、担ぎ手たちはますますヒートアップしている。よく見れば少女の腰にはロープのようなものがくくりつけられており、その先は御輿の本体にしっかりとつながっていた。一応安全対策はしてあるらしい。
「わっしょい! わっしょい!」
御輿が俺たちの正面を通りすぎる瞬間、桃色ショートカット娘と俺の視線が交差する。間髪入れず、少女は地獄に仏とばかりに助けを求めてくる。
「レ、レバルトさあん! 助け、助けてくださいいい!」
いや、助けてくれって言われても……。
「ひゃあ! 落ちる、落ちるますー!」
本人は混乱の極みにあるのだろう。すでにろれつも怪しくなっていた。
「レバルトさんー! レバルトさーん!」
俺の名前を連呼しながら、元奴隷少女は御輿に乗ったまま大通りを通りすぎていった。
「なにやってんだ、あいつは?」
「お兄ちゃん。今のパルノさんだよね?」
「なんで御輿になんて乗ってんすかね?」
「さあ? ……確か今日はバイトがあるって言っていたけど」
もともとパルノも今日の祭り見物に誘っていたのだが、すでにバイトの予定が入っているからと断られていた。確かにこういったイベント時はある意味稼ぎ時だ。俺だってこいつらと祭り見物する予定がなければ、バイトのひとつくらい予定に入れていたかもしれない。
「あれがそのバイトだと?」
ラーラから訝しげな視線を送られる。
そりゃ俺だって無理があるとは思うよ。御輿に乗る人間なんて普通はバイトで募集するようなものでもないだろうし、あったとしてもあのパルノがそんな仕事を引き受けるわけもない。
ただパルノの場合、押しに弱いからなあ。強く頼まれると断り切れないんだろう。周りに押し切られていつの間にか、って言う感じじゃないだろうか。多分。
「レバルトさぁぁぁん! 助けてぇぇぇ!」
そのまま御輿とともにパルノの呼び声も遠ざかっていった。
ま、危険もなさそうだし、放っておくか。