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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第五章 海には夏が、温泉には浴衣美人がよく似合う
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第96羽

 翌日、俺とラーラはルイを連れて貝殻を採取するため別行動を取った。


 ティアのやつが同行したがったのだが、そこはなんとか言い含めて押しとどめることに成功。アンタも知っているだろうが、あのチート娘はこちらの予想を遙かに上回る形でとんでもない成果を出してくれる。成果を出してしまう、と言い換えた方がこの場合はいいだろう。


「えーと……、なんでティアさんはダメで私は良いんですか?」


 そんなティアの代わりに連れてきたのはピンク色のワンピースタイプ水着を着た元奴隷少女パルノ。普段はゆったりとした服に包まれて目立たなかった大きめの胸が、歩みにあわせて揺れていた。


 恨みがましそうにそれを横目で見て「無駄にでかいだけの……」とかボヤいているのは、パルノよりも年上だけどペタンコ――どこがとは言わない――のラーラ。

 お前は他人の持ち物をうらやむ前に、スクール水着をチョイスしてくる自分のセンスを何とかしろ。


「そりゃあ、チーム戦なんだから頭数は合わせないといかんだろ?」


 不穏な空気をかもしだすツインテール魔女っ子をスルーして、俺はパルノに理由を明かす。


「チーム戦?」


 しかし何の説明もなく連れてこられたパルノには当然意味はわからないだろう。


「俺たちは今から潮干狩(しおひが)りに行く」


「はあ」


 乗り気がしない、と感情を隠しもせず桃色ショートカット娘が返事をする。


「で、どうせなら俺とラーラで採取した貝殻の数を競い合おうということになった」


「はあ」


「しかしルイを入れると俺たちは三人。ちょうど二つには割れないよな?」


 ひとりずつそれぞれの採取数で競っても良いとは思うが、ラーラがそれを許さない。チームを分けるにしてもラーラは絶対ルイと組みたがるだろう。

 そうなるとさすがに俺ひとりでふたりを相手に採取数を競うのも厳しくなる。


「ということで、俺と組む人間がひとり必要だったというわけだ」


「でも、それならなおさらティアさんを連れてくれば良かったんじゃあ……?」


 そう言うな。ティアを連れてくるとシャレにならない結果がでるのは目に見えている。

 あの規格外チート娘はひとりで俺たち三人分以上の成果を叩き出しそうだ。同じくチートメンであるフォルスでも居ればバランスが取れるのかもしれないが、残念なことに俺やラーラのようなモブにそれを期待されても困る。ルイはある意味モブとは異なる希少種だが、希少なだけで能力の方は人間の幼児と大して変わらない。


「お前だったらちょうどバランスが取れて良いんじゃないかと思ったわけよ」


 ニナやクレスはティアほどひどくないとはいえチートであることに変わりないし、エンジは……正直俺の気分的に勘弁してもらいたい。何が悲しくて浜辺で野郎二人、潮干狩りとかしなきゃならんのか。


「はあ。まあ別に良いですけど。私も潮干狩りとかしたことないですから、興味ありますし」


 うむ。その諦めの良いところがパルノの長所だな。


「それで、どこまで歩くんですか?」


「そうだな……、場所はルイが知っているんだが」


 もともとカヌラ貝を採取した場所はルイしか知らないのだ。採取場所まではルイの案内で移動し、そこから時間を決めて採取数を競うという段取りとなっている。


「ンー!」


 パルノの問いかけから五分ほど経過し、人影も少ない岩場の影にある小さな砂浜へたどり着いたときルイが笑顔で鳴く。


「レビさんレビさん、どうやらここがカヌラ貝の採取場所らしいですね」


「なるほど、確かに穴場っぽい感じだな」


 遠目にはただの岩場だったが、いくつか大きめの岩を超えると小さな砂浜が広がっていた。人が通る道からは岩が視界をさえぎっているため、簡単には気付かれないのだろう。まさに知る人ぞ知るといった感じの場所だった。

 地元の人間なら知っているのかもしれないが……、いや、子供たちも知らなかったくらいだ。案外地元でも知られていない穴場なのかも。


「じゃあ、今からお昼まで……三時間くらいか? それまで採取したカヌラ貝の数で勝敗を決めるとしよう」


「私が勝ったら賢人(けんじん)堂のミルフィーユケーキセットですからね? 約束は守ってくださいよ?」


「俺が勝ったときはお前らが集めたカヌラ貝を半分譲ってもらうからな? ラーラこそ約束忘れんなよ?」


「私とルイに勝てると思っているところが哀れですね、レビさん」


「言ってろ」


 そんな俺とラーラのやりとりを合図に、カヌラ貝を求めて潮干狩り開始となった。

 まずは小手調べとばかりに近場の砂を熊手でさらってみる。


「おお、結構採れるもんだな」


 数分もしないうちにカヌラ貝を含めていくつかの貝が見つかった。

 もちろんカヌラ貝以外は用がないので、そのまま海に向かってリリースする。


「パルノ、そっちはどうだ?」


「すごいです! たくさん採れますよ! 潮干狩りって楽しいですね!」


 パルノは純粋に潮干狩りを楽しんでいるようだった。

 カヌラ貝がひとつ五百円で買い取られている話はしていないからな。パルノは純粋に遊びとして潮干狩りをしに来たと思っているのだろう。もちろん集めたカヌラ貝はひとつ三百円で俺が買い取ってやるつもりだ。


 ほらそこ、ゲスいとか言うな。こっちだって生活がかかっているんだ。


 そうして黙々と俺たちはカヌラ貝を採取していく。採取自体は順調だ。さすが穴場だけあって労せずカヌラ貝は見つかり、時間とともに袋の中が貝殻でいっぱいになっていった。

 ラーラとルイは俺たちとは別の場所で採取をしているようだ。声は聞こえないが、様子を伺うに向こうも採取は順調らしい。


 採取を始めて二時間ほど経っただろうか。手に持った袋の重みがひとつ五百円だと思うと自然に頬が緩んでしまう俺の耳に、前世ではさんざん聞いていた――しかし今世では聞き慣れない鳴き声が届く。


「にゃー」


 その声に反応したのは俺よりもむしろ、そばにしゃがんでいたパルノの方だった。

 ビクリと体を跳ね上げたかと思うとせわしなく首を左右に巡らせ、鳴き声のしてきた方向を見定めると絶句する。


「どうしたパルノ?」


「ね、ね、ねねねねね……」


「落ち着けパルノ。『ね』だけじゃわからん」


 いやまあ、言いたいことはわかるんだけどな。


 パルノの視線を追いかけた俺はその理由を知る。

 視線の先にいるのは四つ足で岩場に立つ一匹の獣。その全身は短い毛で覆われ、細長い棒状の尻尾がしなやかな鞭を思わせるように揺れている。その体の大きさにやや不釣り合いな大きめの頭部と、その最前部には数本のヒゲを伴いヒクヒクと動く鼻があった。そんな野生の獣が、見方によっては愛らしさを感じさせる両眼でこちらを見つめている。


「ね、ネコ! ネコですよ! ネコですレバルトさん!」


 叫ぶパルノの声は悲壮(ひそう)感にあふれている。少なくともモフモフきゃっほーと嬉しくて叫んでいるわけではない。

 それもそのはず。ネコとは言っても地球のネコとはちょっと違うし、人々のネコに対する認識はまったくと言って良いほど異なる。


 簡単に言うと、この世界で『ネコ』と言えば、すなわち猛獣の代名詞である。

 高い魔力とそれを元にした俊敏性により狙った獲物を決して逃さない危険な狩人として、一般人はもちろんのこと専門のハンターからも恐れられるほどの相手だ。実際毎年何人もの人間がネコに襲われてその命を散らしている。


 前世でのネコが脳裏に焼き付いている俺にとっては、パルノのようなネコに対する恐怖感が正直薄い。ネコと呼ばれるだけあって、その姿形は地球の家猫そのままだ。

 違うのは魔力を持っていることと、その大きさ。成体となったネコの体長はゆうに一メートルを超え、中には二メートルに達しようかという個体もいる。つまりヒョウやジャガーと同等の体格を持っているのだ。見た目がいかにモフモフきゃっほーであろうとも、そんな大きさの野獣と(たわむ)れて人間程度が無事でいられるとは限らない。


 よってこの世界の住人としてパルノの反応はしごくまともなものである。


「レ、レバルトさん、に、逃げ……、無理だよぉ。こんなところで死……、うぅぅ、潮干狩りなんて来るんじゃなかったあ」


 逃げることを早々に諦め、後悔の海に溺れているパルノをよそに、俺はネコを観察する。っと、目を合わせちゃダメなんだっけ?


 いくら見た目がモフモフでも、確かに危険な猛獣であることはかわりがない。

 ただし、それが成体であれば、という条件付きである。

 目の前に現れたネコの体長は目測で約五十センチ程度。一般的な猛獣のネコに比べるといささか小さい。俺にしてみればちょっと大きめの家猫だ。


 これ、いわゆる子ネコってやつじゃないのか?


 もちろん小さくても猛獣の子供である以上、その戦闘能力は決して侮れないだろう。特に魔力がゼロの俺にとって、逆立ちしても勝てるような相手ではない。


「にゃあ」


 子ネコの口から鳴き声がもれる。

 こうして見る分には、ただ大きいだけの愛らしい猫なんだがな。


「ひいぃぃ!」


 対して子ネコの鳴き声に大げさなほど反応するパルノ。


「にゃー」


「ひぃ!」


「にゃあ」


「ひゃあ!」


「にゃにゃあ」


「あうあうあー」


 お前ら仲良いな。なんか会話でもしてんのか?


 それにしても、先ほどから子ネコはにゃあにゃあ鳴くだけで襲いかかってきたりはしないようだ。捕食しようと近付いてきたわけではないのかもしれない。


 やがてパルノと子ネコの掛け合いが途切れると、子ネコは岩から降りて五メートルほど離れた場所に移動する。そのまま立ち去るのかと思いきや、移動した先で腰を下ろし、こちらをのぞき込むように視線を向けてきた。

 だが距離が離れたのは幸いだ。この機会にさっさとこの場を立ち去るとしよう。


「パルノ、ゆっくりと後退しろよ。目はあわせずに、でも背中は見せないように後ろに少しずつ移動するんだ」


「は、はい。レバルトさん……、ってネコが近付いて来ますよお!」


 パルノの指摘通り、後退(あとずさ)る俺たちにあわせて子ネコが距離を()めてきた。まずいな、狩人の本能を刺激したか?


 再び膠着(こうちゃく)状態に(おちい)る俺たち。


 動くに動けなくなった俺たちが立ちすくんでいると、やがて子ネコが再び距離を取って居所を変える。ただし、その位置は先ほどと同じようにわずかに離れた場所であった。

 今度こそ、と思い後退すると、またも子ネコが距離を縮めてくる。


 その後も膠着状態から子ネコが距離を開き、俺たちが後退すると子ネコが距離を詰める、というやりとりが何度も繰り返され、さすがにパルノも不思議に感じたようだ。


「レ、レバルトさん。あのネコ、どういうつもりなんでしょう?」


「そうだなあ。何かの意図がありそうだよな」


 先ほどからの子ネコを見ていると、こちらとの距離を一定に保とうとしているように感じられる。だがそんなことをしていったい何の意味があるというのか?


「試しに距離を縮めてみるか」


「え、ちょ、ちょっとレバルトさん。危ないですって!」


 制止するパルノの声を無視して俺はゆっくりと子ネコに向かって歩いていく。


「にゃ」


 すると子ネコはそれで良い、というように短く鳴き俺から距離を取って離れる。だが一目散に走り去って行くわけではなく、数メートル歩いてはまたもその場で腰を下ろす。まるで俺が近付くのを待っているようだ。

 確かめるようにもう少し近付いてみると、やはり子ネコは近付いた分だけ距離を取った。逆にこちらが離れようと後退すると、またも子ネコの方から近付いてくる。


「もしかして、ついてこいってことか?」


 これまでの行動から推測した結果がこれだ。


 子ネコを追って岩場の奥へ行こうとする俺をパルノが離れたところから慌てて引き留める。


「どこ行くつもりなんですか、レバルトさん! 早く逃げましょうよ!」


「いや、なんとなくあの子ネコが俺について来て欲しそうだから」


「なんとなくで命を危険にさらさなくても!」


「まあ、大丈夫だろ。多分」


「何で大丈夫なんですかあ! ネコですよ! ネコなんですよ!?」


「んー、何でと言われても……、勘?」


「それ根拠にも何にもなってませんよお!」


 だけどな、こういうとき俺の勘って結構当たるんだぞ?

 勘というか……、ほとんど確信みたいな感覚が浮かぶことも俺にはときおりある。今がまさにそれだ。確かにネコが猛獣であるということはわかっているが、どうにも危険な感じはしない。


「俺ひとりで行ってくるから、パルノはラーラたちと合流して宿へ帰ってろ」


「あ、ちょっと! レバルトさん! 待って……!」


 慌てて俺を制止しようとするパルノの声をスルーして、俺は子ネコのあとをゆっくりと歩いて追いかける。

 俺があとをついてくるのがわかったのだろう。子ネコの方もいちいち立ち止まることなく、案内するように俺の前方を歩いていった。


「さあて、どこに連れて行くつもりなのやら」


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