1.大事な親友
「オリエ、見てちょうだい!ついに完成したのよ!!」
私は完成したばかりの小さな魔道具を握りしめ親友のオリヴィア・ローディスのもとへ駆け込んだ。
「まあ、エリー!今度は何を作ったの?」
オリエはしおりも挟まず読んでいた本を閉じると、嬉しそうに顔を上げた。私たちは幼い頃からの親友だ。
彼女はローディス子爵家の令嬢で、私はアルヴェイン伯爵家の娘。家同士の付き合いもあって、小さな頃からよく一緒に遊んでいた。この日も私は先触れもなくオリエの屋敷を訪れ、すっかり顔なじみになった使用人に案内してもらった。
ちなみに、オリエというのは私だけが使っている呼び名で、幼い頃オリヴィアという名前をうまく呼べず、いつの間にかオリエになってしまった。
今ではちゃんとオリヴィアと言えるけれど、本人も気に入ってくれているので、そのまま呼んでいる。
最近は私が魔道具の開発に夢中になっているせいで、以前ほど頻繁には遊べなくなってしまったけれど、こうして顔を合わせれば、いつだって話は尽きない。
「ふふふ。驚かないでね。なんと、声を記録できる魔道具よ!」
「…声を、記録?」
「そうよ!一度記録した声を、何度でも聞くことができるの!」
私は手のひらに載せた魔道具をオリエに見せた。
丸みを帯びた銀色の本体に、淡い青色の魔石が埋め込まれていてなかなかスタイリッシュだと思う。
「ちょっと見ていてね」
側面にある小さな突起を押すと、魔石がぽうっと光った。
「オリエ!今日もとってもかわいいわ!」
そう言って、もう一度突起を押すと魔石の光が消えた。
「これで記録完了よ!それじゃあ、聞いてみましょう!」
今度は反対側の突起を押した。
『オリエ!今日もとってもかわいいわ!』
「…え!」
オリエが目を丸くした。
「今の…エリーの声?」
「そうよ!」
「でも、今は何も話していないわ」
「そうなの!今私が話した声を、この魔道具が覚えているのよ!」
オリエは魔道具をじっと見つめたあと、私の顔を見た。
「……すごいわ。本当にすごい!」
「でしょう!」
私は思わず胸を張った。とはいえ、私が作ったわけではないのだけれど。
「実はお父様とルーカスお兄様が頑張ってくれたの。私はこんなものが欲しいって説明しただけなのよ」
「それでも、こんなものを思いつくなんてすごいわ」
『それでも、こんなものを思いつくなんてすごいわ』
「よーし、今のも記録できたわ!」
「ふふっ」
オリエが口元に手を添えてくすくすと笑う。
その様子を見て、私は満足げに頷いた。
やっぱり、最初にオリエに見せて正解だったわ。
お父様とお兄様は完成したときに散々喜んではいたけれど、何しろ作った本人たちなので、達成感が強いだろう。なので贔屓目なしに初めて見る人の反応というものが知りたかった。
その点、オリエは期待どおりの反応をしてくれる。
いやあ、頑張った甲斐があった…まあ、頑張ったのは主にお父様とお兄様だけれど。
「あ、そうそう。この魔道具ね、まだ他の人には見せちゃいけないんですって」
「……え?」
「お父様が、これは世の中に出すにはまだ早いんですって。利権がどうとか、悪用されたら危ないとか……難しい話をいろいろしていたわ」
実際、父のオスカーと兄のルーカスは、完成した魔道具を前に神妙な顔で話し合っていた。
声を残せるということは、遠くにいる人へ言葉を伝えたり、大切な約束を記録したりできるということだ。
便利な反面、誰かに知られたくない話を勝手に記録することや、記録した声を本人の許可なく利用することも出来てしまう。
そうした問題を解決するまでは、家族以外には見せないようにと言われていた。
「だから、しばらくは秘密なのよ。」
私がそう言うと、オリエは少し真顔で固まったあと言った。
「…それって」
「うん?」
「私にも話してはいけなかったんじゃ……?」
「…………」
私はオリエを見た。
オリエも私を見ている。
「…やばい、よね?」
私は思わず両手を口に当てた。
オリエは一瞬きょとんとして、それから口元に手を添えた。
「……ふふっ」
「わ、笑わないでよ!」
「だって……ふふっ。エリーったら……」
「お父様に怒られちゃう!」
「それなら、私も知らなかったことにした方がいいかしら?」
「えっ!それは困る!」
「どうして?」
「だって、オリエに見せたくて持ってきたんだもの!」
オリエはまた、くすくすと笑った。
「もう。本当にエリーって面白いわね」
「お願い!誰にも言わないでね!」
「ええ、もちろんよ」
そう言って微笑むオリエに、私はほっと胸をなで下ろした。
よかった、これでひとまず安心だ。
……いや、でもお父様には、ちゃんと謝った方がいい気がする。でも、そうしたら絶対に怒られる、ううん、どうしよう。
「…何を考えているの?」
「どうやってお父様に謝ろうかなって」
「正直にお話ししたらいいんじゃないかしら」
「やっぱりそうよねえ……」
私は大きくため息をついた。
するとオリエは、また小さく笑った。
まったく、他人事だと思って。でも、そんな彼女の笑顔を見ていると、私までおかしくなってしまう。
結局、二人でしばらく笑い合っていた。
———
私が前世の記憶を取り戻したのは、七歳の頃だった。
きっかけは、高熱を出して三日ほど寝込んだこと。
目が覚めると、頭の中に知らないはずの景色や言葉が、次々と浮かんできた。
高い建物、舗装された道路、夜でも明るい街。
自動車、電車、飛行機、そしてスマートフォン。
どうやら私は、かつて日本という国で暮らしていたらしい。最初は夢でも見ているのかと思った。
けれど、記憶はあまりにも生々しく鮮明だった。
今の私とは違う名前で呼ばれ、学校へ通い、働き、日々を過ごしていた。
その人生がどう終わったのかは、はっきりとはしない。
ただ、自分が一度別の世界で生きていたということだけは、なぜか確信できた。
困った私は、ひとまず家族に相談することにした。
何しろ、当時の私はまだ七歳。
一人で抱えるには、少々大きすぎる問題だったのだ。
「お父様、お母様。私、前にも別の世界で生きていたみたいなの」
夕食の席でそう告げると、両親は顔を見合わせた。
兄も食事の手を止めた。さすがに驚かせてしまっただろうかと私は少し不安になった。
「エリー、それは、どう言うことだい?」
父のオスカーが優しく聞いてきた。
なので私は日本で生きていた頃の話や生活を話した。
次から次に溢れ出てくる不思議な話にみんな驚いた顔をしていたが、話終わると母のセシリアは優しい顔でこう言った。
「そうなのね。でも、あなたはあなたでしょう?」
「……え?」
「前にどんな人生を送っていたとしても、今ここにいるあなたが私たちの娘であることは変わらないわ」
オスカーも頷いた。
「そうだな。何か困ったことがあるなら、遠慮なく話しなさい」
兄のルーカスに至っては、
「それで、その世界にはどんな魔法があったんだ?」
と興味津々だった。でも残念ながら、前世の世界に魔法はなかった…そう説明すると、兄は露骨にがっかりした顔をした。しかし、話しているうちに私は気づいた。
魔法がなかった代わりに、前の世界には、この世界には存在しない便利なものが山ほどあったのだ。
「ねえ、お兄様。遠くにいる人とお話しできる魔道具って作れないかしら?」
「遠くって、どのくらい?」
「ええと……王都から、隣の国くらい?」
「そんなものがあったら便利だろうけど……どうやって?」
「それを一緒に考えましょう!」
「ええっ!?」
これが、私たちの魔道具開発の始まりだった。
もちろん、前世の記憶があるからといって、私に魔道具を作る技術があるわけではない。私は魔法の仕組みにも、魔石の加工にも詳しくない。
ただ、こういうものがあった、こんなことができた、と説明するだけで、それを実際に形にしてくれるのが、父と兄だった。
最初は失敗ばかりだった。
声を遠くに届けようとしたら、なぜか屋敷中に響き渡ってしまったこともある。
光を一定の間隔で点滅させる魔道具を作ったら、止まらなくなって一晩中ぴかぴか光っていたこともあった。
それでも、少しずつできることが増えていった。
昨日まで不可能だったことが、今日にはできるようになる。それがもう、楽しくて仕方がなかった。
気がつけば、私は以前ほど外では遊ばなくなっていた。幼い頃はオリエと庭を駆け回ったり、おままごとをしたりしていたのに、最近では書斎や作業部屋に入り浸っている。
と言ってもオリエと疎遠になったわけではない。
新しいものができると、私は決まって彼女のところへ駆け込んだ。
「オリエ!見て見て!」
そう言うと、オリエはいつだって嬉しそうに話を聞いてくれた。
彼女に見せることも、私にとっては魔道具開発の楽しみのひとつになっていたのだ。
———
「…それで、エリー。オスカー伯爵にはどうお話しするつもり?」
「うっ」
楽しい思い出に浸っていたところへ、オリエが現実を突きつけてきた。
そうだった…私は今、家族以外には秘密にするよう言われていた魔道具を、堂々と持ち出しているのだった。
「……正直に、謝るわ」
「それがいいと思う」
「でも、オリエには見せたかったんだもの」
「ふふっ。それは嬉しいけれど」
オリエは魔道具を見つめた。
「それにしても、不思議ね。声を残しておけるなんて」
「でしょう?これがあれば、離れていても誰かの声を聞けるのよ」
「…そうね」
「今はまだ短い時間しか記録できないけれど、もっと長く残せるようにしたいの。あと、小さくして持ち運びやすくしたり、記録した声を別の魔道具に移せるようにしたり!」
「まあ、そんなことまで?」
「できるかどうかは、お父様とお兄様次第だけどね!」
「ふふっ。お二人も大変ね」
「そうなのよねえ」
私は他人事のように頷いた。
思いつくのは簡単だけれど、それを形にするのはとっても大変なのだ。
だからこそ、当然父と兄には感謝している。
……その恩を、今日さっそく仇で返してしまった気もするけれど。
「よし!帰ったらちゃんと謝る!」
「ええ、偉いわ」
「そして、次はもっとすごいものを作るわ!」
「……その前に、秘密にしておくものは持ち出さないようにしないとね」
「うっ!」
オリエはまた、口元に手を添えて笑った。
まったく、今日はずいぶんと手厳しい。
でも、そんなふうに遠慮なく話してくれる彼女が、私は大好きだった。
「じゃあ、次に何か完成したら、また一番に見せるからね!」
「伯爵様たちから見せていいって許可を得てからね。楽しみにしているわ」
私は満足して頷いた。
さあ、帰ったらまずお父様に謝ろう。
それから、次は何を作るか考えなくては。
前世の記憶を取り戻してから、私の毎日は驚きと発見の連続だ。
この世界には魔法がある。そして、私には一緒に夢中になってくれる家族と、完成を喜んでくれる大切な親友がいる。こんなに楽しいことが、ほかにあるだろうか。私はオリエに手を振ると、魔道具を大事に抱えて屋敷へと急いだ。
今度からちゃんと秘密を守らなくちゃ。




