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ガラスの靴をご所望ですか?  作者: 夢幻
誰がためのガラスの靴

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8/12

8

 その日、レイラが工房へ着くなり、マルタは開口一番言った。


「出ますよ」


「はい?」


「足りないものがあります」


「何が」


「色々です」


 雑すぎる説明に眉をひそめる間もなく、マルタは作業台の上の紙へ必要品を書きつけていく。


 魔鉱石用の細目研磨粉。

 細工銀線。

 冷却液用の薬草。

 透明留め具の芯材。

 魔鉱石削り用の小刀。


「思ったより消耗が激しいんです。あなたの足、妙に癖があるので」


「僕のせいみたいに言いますね」


「半分はそうです」


「失礼な」


 マルタはさっさと上着を羽織る。


「留守番されても困るので一緒に来てください」


「一緒に?」


「助手でしょう」


「承諾した覚えはありませんが」


「知りません」


 レイラはマルタに半ば引きずられるように工房を出た。







 春の町は人が多い。


 荷車が通り、露店から焼いた砂糖の匂いが流れ、通りの端では子どもが追いかけっこをしている。


 レイラは思わず目を細めた。


 見慣れた町並みのはずなのに、今日は何だか違って見える。


 いつもは夫人や使用人に急かされ、頼まれたものだけ買ってすぐ戻る。

 立ち止まれば叱られるし、余計なところを見る暇もない。


 けれどマルタはまるで急がない。


 工具屋の前で足を止めて小刀を一本一本見比べ、研磨粉の粒子を指で確かめ、店主と値段のことで真顔で言い合っている。


「高いです」


「高くねえよ、専用品だぞ」


「先月より銅貨二枚高い」


「よく覚えてるな」


「職人ですので」


「マルタちゃんの口癖だろ、それ」


 思わず口元が緩む。

 工具屋の親父がレイラを見てにやりと笑った。


「何だマルタちゃん、今日は助手付きか」


「勝手についてきただけです」


「攫ってきたんじゃなくてか?」


「連れてきました」


「がはは、正直だな」


 親父の豪快な笑い声に、レイまでつられて笑う。


 次の薬草屋でも、店のおばさんが「まあ可愛い助手さん」と勝手に菓子を一つ握らせてきた。


「どうしよう」


「食べてください」


 マルタから無表情で差し出される小さな焼き菓子。


「子ども扱いですか」


「顔が欲しそうでした」


「そんな顔してない」


「してました」


 押し問答の末に受け取る。

 一口齧ると、蜂蜜の甘さが広がった。


「……美味しい」


「でしょうね」


 なぜかマルタが少し得意そうで腹が立つ。


 なおも通りを歩きながら、レイラはきょろきょろと周囲を見る。

 市場の一角、色硝子を並べた店先が目に入った。いつも荷物を抱えて通り過ぎるだけの場所だ。陽に透けて、青や赤や金の小瓶がきらきら光っている。


 レイラの足が、ほんの少し止まる。


 マルタが振り返った。


「どうしました」


「……いや」


 言いかけてやめる。


 別に用があるわけじゃない。

 ただ、昔から少し気になっていた。

 中はどんなふうになっているのか、売っているものをゆっくり見たら綺麗だろうなと。


 そんなことを口にする年でも立場でもない。


 レイラは首を振ろうとして─


「……あそこ、いつも前を通るだけなんです」


 ぽろりと零れた。

 自分でも驚くほど素直な声だった。


「中、少し気になって」


 しまった、と思う。

 こんなの、子どものわがままだ。


 だがマルタは特に笑いもせず、当たり前のように店先を見た。


「硝子細工屋ですね」


「……ええ」


「寄ります?」


「え」


「時間はまだあります」


 拍子抜けするほどあっさり言われて、レイラは目を瞬いた。


「いいんですか」


「助手が使い物にならなくなると困るので」


「言い方…」


「行くんですか、行かないんですか」


 急かされて、レイは慌ててその後を追う。


 店の中は外から見たよりずっと広く、棚いっぱいに色硝子の器や小鳥の置物、小瓶が並んでいた。

 陽射しが差し込むたびに、壁へ淡い色が揺れる。


「……すごい」


 思わず漏れる。


 こんなふうにゆっくり物を見るのはいつぶりだろう。

 レイラは棚へ顔を寄せ、小さな硝子の靴の置物を見つけて思わず笑った。


「見てください、これ。まさにあなたの─」


 振り向く。

 マルタは数歩後ろで、じっとこちらを見ていた。


「……何か?」


「いえ」


 硝子越しの光を浴びて笑うレイラの横顔に、マルタは息を呑んでいた。こんなふうに笑うのか、と場違いな感想が浮かぶ。

 屋敷で見る無表情とも、工房での仏頂面とも違う。

 子どものように目を輝かせる顔。

 ─連れ出してよかった。

 思った瞬間、自分でぎょっとする。

 何を考えている、ただの客だ。舞踏会用の靴を作っているだけの。

 なのにこのまま、もう少しだけ帰り道が長ければいいと思ってしまった。

 少し考えて、マルタは口を開いた。


「ちゃんと笑うんですね」


「え?」


「屋敷ではそんな顔しないでしょう」


「……無理言わないでください」


 思わずでたといった苦笑いも目新しく。

 店を出たあともしばらく、マルタは胸のあたりがそわそわした。


 ただ買い物に連れ出しただけのはずなのに。


 なのに今日の町は、いつもより少し明るく見える。

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