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女の靴職人というのは、存外に面倒な商売である。
採寸ひとつ取っても、相手が貴族令嬢ともなれば尚更だ。家族にも見せない足を職人に見せるのははしたない、触れられるのは恥ずかしい、少しでも痛ければ悲鳴を上げる。そのくせ誰より美しく見せろと言うのだから、職人としてはたまったものではない。
だからその日、工房の扉を勢いよく開けて入ってきた女を見た瞬間、マルタはまた面倒な仕事が来たなと内心でだけ溜息をついた。
「今度お城で舞踏会が開かれるでしょう? ぜひ、うちの娘の靴をお願いしたいの。誰よりも輝く、とびきり素敵なものを」
香水の匂いをこれでもかと振りまきながら、年嵩の女─グランヴィル夫人はそう言って胸を張る。こちらが断るなんて考えもしない、一方的な喋り方。
その背後には、ひとりの娘が控えていた。
陽を溶かしたような淡い金髪。透けるほど白い肌。伏せられた睫毛は影を落として宝石のような瑠璃色の瞳にえもいわれぬ色気を醸し、薄桃の唇は人形めいて整っている。文句のつけようもない、絵姿から抜け出したような美少女だった。
なるほど、確かにこれは舞踏会で目を引くだろう。
ただし、とマルタは眉を寄せる。
娘は立ち姿こそ優雅に取り繕っていたが、ほんのわずかに重心が不自然だった。つま先に力が入っていて、美しく見せる訓練を積んだ者の立ち方というよりもむしろ、踵の痛みを堪えている者の立ち方だ。
「よろしくお願いしますね、さあレイラ前に」
夫人に促され、娘が淑やかに会釈する。
「……よろしくお願いいたします」
鈴を転がしたような、よく通る声。
だがその響きは妙に平板で、礼儀正しい文句をただ読み上げているだけのようにも聞こえた。
嫌な予感がする。
職人の勘は、大抵こういう時当たるのだ。
内心煩わしさを感じながら、口を開く。
「ご依頼、お引き受けいたします。それでは採寸をさせていただきますので、夫人は退室を」
そっけなくいい放つマルタに片眉をあげつつも夫人が退室し、二人きりになった。レイラと呼ばれた娘は少し警戒した様子でこちらを見ている。見慣れた貴族令嬢の職人を前にした姿だ。それなのになんだろうこの違和感は、と思いながらマルタは腰かけるよう促した。
恐る恐るスカートを上げ、足を露す姿はまさに可憐そのもの。そのまま台の上に足を載せようとした彼女を、マルタは手で止めた。
「靴下も脱いでください。しっかり見たいので」
「、靴下もですの?」
「ええ」
少し躊躇う様子もあったが、一つ息をついて娘は脱ぎだした。
そこから現れるものに、今度はマルタが息をのむ。
想定内のあざや、踵のひび割れ。とても貴族令嬢とは思えない。
いや、それよりも。
太くて固そうな骨格、高い甲。
思わず足から視線を顔に移した。美少女の顔がある。足に視線を戻す。ありえない足がある。
向こうの様子も気にせず遠慮なく見比べていると、堪えられないといったように相手が口を開いた。
「滑稽でしょう」
「滑稽?」
「男がこんな服を着ているのが」
「ああ、やっぱり男なんですね。では始めましょうか」
巻き尺に手を伸ばしたマルタを、レイラはまじまじと見つめた。
「……それだけですか?」
「何がです」
「何がって」
拍子抜けしたように呟く声を聞き流し、マルタは足首を持ち上げる。
「しかしひどい。この靴、本当にあなたのですか」
足の甲には赤い圧迫痕がくっきりと残り、指先は押し込められて歪みかけている。踵のひび割れも深い。こんな状態で舞踏会用の靴を作れと言われても困る。
「……気味が悪いとは思わないんですか」
今度こそマルタは顔を上げた。
瑠璃色の瞳が、試すようにこちらを見ている。
「別に」
「私は男ですよ」
「ええ」
「こんな格好をして」
「見ればわかります」
レイラが息を呑む。
「では、笑わないんですか」
「笑ってほしいんですか?」
「そういうわけでは……」
「私は靴職人です。依頼通り靴を作るだけですよ。それより、こんな足で踊らせる気ですか」
ぴしゃりと言い切ると、レイラは完全に言葉を失った。
マルタは目を細めて改めて靴と足を見る。このまま履けば、指も踵も痛んでいくだけ。
「これなら裸足の方がましだ。失礼ですが、今度お家に伺って実際履いている靴を見させていただきます。踊る靴以前にまともに歩ける靴があるのか確認したい」
手早く長靴下を履かせ、嫌々合っていない靴も履かせる。流石にここから裸足で返すわけにはいかない。
何やら呆然としているレイラを横に、採寸を終えた旨を伝え、夫人に入るよう促す。
入室早々、夫人は口を開いた。
「で、いつできますの?」
「お待ちください。試作した物をまず3日後にお家にお持ちします。実際に踊っているところが見たい」
「あら、こちらに連れてきますわよ」
「いえ、ここには踊るほどのスペースは…舞踏会にいかれるんですよね。途中でぬげたら大変だ」
「…それもそうね。では3日後に。行くわよ、レイラ」
「…はい、お母様」
やはり生気を無くした目で付き従う親子を見送り、マルタは一息つく。
「あれで本気で舞踏会に行くつもりなら、どうかしてる」




