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第1話ブルーアンビエンス

 愛媛の穏やかな風が吹く町で、ゆずきは15歳の高校1年生として日々を送っていた。家族は、優しく見守ってくれる両親と、一つ年上のしっかり者の姉、わちを。食卓を囲む温かい時間、他愛ないことで笑い合う日常は、何の不満もない、ごくありふれたものだった。古い木造りの家は、長年の暮らしの匂いが染みついていて、いつも彼女を包み込んでくれる。学校では、成績は中の上、運動も人並み。友達とのおしゃべりも楽しく、放課後には地元の小さなカフェに立ち寄って、流行りのスイーツを試したり、くだらない話で盛り上がったり。誰もが「いい子だね」と褒めるような、絵に描いたような模範的な少女だった。

 けれど、そんな満たされた日々の奥底には、ティーン特有の漠然とした、それでいて強い「何か」が渦巻いていた。それは、まだ形にならない冒険心であり、「このままでは終われない」「自分はもっと特別な存在になれるはずだ」という、青い炎のような野心でもあった。愛媛の小さな世界に収まっているだけでは物足りない、もっと広い場所で、もっと大きな光を浴びたい。そんな秘めたる衝動が、ゆずきの心の奥底で常に燻っていたのだ。夕焼けに染まる瀬戸内の海を眺めながら、彼女は漠然と、この景色だけが自分の全てではないと直感していた。

 ある日の放課後、いつものようにクラスの友達、ここみと菜々子と並んで下校していると、突然ここみが興奮気味にスマホの画面を見せてきた。「ねえ、ゆずき!これ知ってる?最近、めっちゃ流行ってるんだって!」。そこに表示されていたのは、「ミクチャ」というライブ配信サイトのトップページだった。ゆずき自身も中学生の頃に少しだけアカウントを持っていたことがあったが、本格的に見たことはなかった。ここみは次々に画面をスクロールさせながら、目を輝かせて説明する。

「この子見てよ!ゆずきと同じ年なのに、この前のミスコンで上位に入って、TGC(東京ガールズコレクション)のランウェイ歩いたんだって!」「しかも、その子、今はモデルもやってるし、アイドルグループにも入ったって噂だよ!」

「え、マジで?この子なんて、ドラマにも出てるらしいよ!」。

 ここみと菜々子の話は、ゆずきの心に稲妻のように響いた。ミクチャのミスコンで結果を出し、TGCのランウェイを歩き、そしてモデル、アイドル、女優へと、夢を次々と現実にしていく同年代の少女たちの輝かしい逸話は、ゆずきの秘めていた憧れに、具体的な光を灯すきっかけとなった。彼女の将来の夢は、幼い頃から一貫して「アイドル」だった。キラキラしたステージで歌って踊り、たくさんの人々に夢と希望を与える存在になりたい。それは、自分とは縁のない遠い世界だと漠然と諦めていた夢だった。しかし、ここみたちの話を聞くうちに、その遠い世界が、もしかしたら自分にも手の届く場所にあるのかもしれない、と心がざわめき始める。アイドルだけでなく、雑誌の表紙を飾るようなモデル、テレビドラマで感情豊かな演技をする女優、心に響く歌を歌い上げるシンガー。どれもこれも、ゆずきが漠然と抱いていた憧れだったが、それが今、現実的な目標として目の前に提示されたのだ。

 「ミクチャ…」。ゆずきは、ここみが差し出すスマホの画面を食い入るように見つめた。そこには、これまで見てきた愛媛の景色とは全く異なる、きらびやかで刺激的な世界が広がっていた。それは、ゆずきが心の奥底で求めていた「何者かになりたい」という青い野心を、明確な形にするための、まさに「青いアンビエンス」の始まりだった。新しい世界への扉が、目の前でゆっくりと開き始めたのを感じた。


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