8.気になる異文化(中編)
この国の学院の授業は、お昼の前に三授業、それからお昼の後に一から二授業で構成されている。前世の時に過ごしていた日本のように、午前中に五十分授業を四コマ分びっちりでもなく、授業と授業の合間の休憩も十分に考慮されている。
お昼休憩。
アイリーンとノエル、それからヘレンは一緒に昼食をとっていた。アイリーンとノエルは向かい合って座り、ノエルの隣にヘレン。ヘレンは同じクラス一の女子生徒で文芸部員だという。アイリーンが文芸部に興味を持っているということをノエルが彼女に伝えたところ、非常に喜んでくれた。
「あまり人気のある部活動ではないので、とても嬉しいです」
とヘレンは言う。食後のデザートに手を出しているところ。
「こちらの言葉を勉強するために、こちらの本もいろいろ読みました。プーランジェと違って、ジャンルが豊富ですね」
「そうなんですね。私は恋愛が自由であるように、文学も自由であると思っていますので、そうやってこちらの文学に興味を持ってもらえることは、とても嬉しいです」
ヘレンはにっこりと笑う。
そして今、ヘレンは恋愛が自由と言っていた。
このアスカリッドはプーランジェよりも恋愛結婚が多い。もちろん同性婚が認められているということもあるのだが。そのようなところもこのアスカリッドの魅力でもあるし、できればそれをプーランジェでも広めたいと思っている。
「そういえば、リーンさんは、以前にもイブライム様にもお会いしたことがあるのですか?」
やはり第二王子は話の話題にあがるような人物なのだろう。なぜかヘレンの顔がきらきらと輝いている。
「ええ、父と一緒に王宮へ伺ったときに」
「まあ、王宮に?」
ヘレンのキラキラ度が増した。
「リーンのお父様は、あちらの宰相なんですって」
そこでノエルが口を挟む。
「まあ」
さらにいっそう、ヘレンのキラキラ度が増した。さすが文芸部。多分、何かしら妄想が走っていると思われる。
「ノエルさんの前でこういうのもあれですけど。やっぱり、イブライム様は素敵ですよね」
ノエルの顔が、どこが? と言っている。
「私たち、女子生徒の憧れなんです」
ノエルの顔が、なんで? と言っている。ノエルの綺麗な顔が、ちょっと不細工になっている。
なんとなくノエルとイブライムの仲が想像できた。でも、二人は同学年。双子?
「あの。失礼ですが。エルとイブライム様は双子?」
ノエルの顔がもっと不細工になった。まるで稲にたかる害虫を見ているような表情。
「あんなのと血が繋がってるってだけでも嫌なのに、双子なんて有り得ないわ。向こうの方が、少し生まれたのが早いだけよ。母親が違うの」
アイリーンは、しまった、という顔をする。が、ノエルは全然気にしていないらしい。
「ほら、この国は恋愛も自由だし。王族は一夫多妻が認められているから。あまり気にすることは無いわ。あれと母親が違って、良かったと思っているもの」
多分、それはノエルの本心なのだろう。不細工な顔が美人に戻ったから。
どこの国も王族とはめんどくさいところらしい。
「ところで、リーンにもご兄弟はいらっしゃるのかしら?」
「あ、はい。義理の弟が一人。父の弟の子です」
「もしかして、婚約者とか? そちらの国の方がまだ政略結婚が根強いですものね」
「いいえ。残念ながら、婚約者はいないのです」
アイリーン的には残念でもないけれど。
「そうなの?」
「婚約者がいたら、こうやってこの国に留学はできないです」
「それもそうね」
ノエルは楽しそうに納得していた。そして、デザートの山を崩すために、スプーンを入れた。
「ノエルさん。文芸部の新入生勧誘も考えなくてはいけないですよね」
ヘレンが言う。
「そうね。どうしようかしら」
「新入生勧誘?」
アイリーンが聞き返した。
「そうなの。ほら、一学年のみなさんが高等部に入学したでしょう? ですから、ここぞとばかりに文芸部に勧誘するわけです。でも、毎年、文芸部は人気が無いみたいで。二人入部してくれればいい方」
ノエルがため息をつく。
「でも、リーンさんが入部してくれたから、あと一人ですね」
「ダメよ。やっぱり各学年二人ずつは欲しいわ。少なくとも、一学年から二人は入部させるわよ」
デザート用のスプーンを振り回しながら、ノエルが力説する。
文芸部の勧誘か、とアイリーンは考える。どうやったら文芸部の魅力が伝わるか。本を読む楽しさ。物語を作る楽しさ。あとは、なんだろう?
「微力ながらも、私もお手伝いさせていただきますね」
「嬉しいわ、リーン。ありがとう」
「ありがとうございます。リーンさん」
そして三人は、楽しそうにデザートを口へと運ぶ。すると。
「ここ、空いてるかな」
と、昼食のトレイを持った男が現れた。
「げ」と露骨に嫌な顔をするのはノエル。「他にも席はたくさん空いていますよ」
一瞬、不細工な表情をしたノエルだが、すぐに笑みを浮かべてやんわりと断る。
「うん。でも、アイリーン嬢の隣はここしか空いていない」
アイリーンは、飲み込もうとしていたデザートを吹き出す勢いだった。口を閉じたまま目を見開き、そんな変なことを言う男に視線を向けた。
噂をすればイブライム。と、金魚のフンのジョアキナ。
「アイリーン嬢は、この学院に慣れたかな?」
「イブ。私たちは、そこに座っていいとは言っていません」
「でも、空いているよね。空いているのに座ってはいけないって言うのかい?」
言いたい。アイリーンは言いたい。隣に座ってはいけない、と。でも今、口の中には飲み込めそうで飲み込めきれないデザートが入っている。これが口の中からいなくならない限り、何もしゃべれない。とりあえず、ゴクリと飲み込む。それから急いでスプーンを動かし、残りのデザートを全て口の中に放り込む。
「私は終わりましたので、ごゆっくりどうぞ」
アイリーンはトレイを持って立ち上がる。
「ごゆっくりどうぞ」
続いてノエルも立ち上がる。ヘレンは目の前に座ったイブライムに視線を向けるものの、先に席を立った二人の後をついて、やはり席を立つ。ペコリと頭を下げる。
「逃げられましたね」
ジョアキナは手にしていたトレイをテーブルの上に置いた。そして、イブライムの隣の椅子を引いて座る。
イブライムはフォークを乱暴に肉に刺す。
「行儀が悪いですよ」
ジョアキナに咎められるものの「どうせ誰も見ていない」
「どうして、アイリーン嬢に執着するのです? まさかあの時の通訳が留学生であったことは驚きですが」
楽しそうにジョアキナは尋ねた。
「……だからだ」
イブライムは答えるものの、それがジョアキナには聞こえなかった。
「はい?」
聞き返すと。
「プーランジェの者だからだ」
「あなたも、プーランジェに興味があったのですね」
「それもあるが。プーランジェ語を教えてもらおうと思って」
「はい?」
「私はプーランジェ語が苦手だ。だから、教えてもらおうと思って」
そこでジョアキナは吹き出した。
「そういえば、あなたたち御兄妹は、外国語の授業が苦手でしたね。さきほどのエルのプーランジェ語もあまり上手とは言えませんでしたが」
私でさえ、もう少しマシなプーランジェ語を話せます、とジョアキナは言う。
「だからだ。すべての科目において、エルに負けている。あれに勝てそうな科目はプーランジェ語くらいしかない」
「王族たるもの、異国の言葉の五つくらい、覚えていただきたいものです」
その言葉にイブライムはキッと睨む。
「苦手なんだから、しょうがないだろう」
「でしたら、あなたもプーランジェに留学してみてはいかがですか?」
その言葉にもう一度キッと睨む。
「すいません。留学以前の問題でしたね。その言語力では、留学したとしても、言葉が通じなくて三日で帰国するのが目に見えています」
イブライムは毒のような言葉を吐き続けるジョアキナから目を離さない。睨まれている彼の方は、優雅に昼食を口元に運んでいた。
そんな二人の様子を遠くから見守る人物が一人。ご想像の通りのアイリーン。使った食器を片付けるべく席を立ったのだが、あの二人の怪しい様子が気になって仕方ない。
「どうかしました?」
ぼやっとどこかを見つめているアイリーンにヘレンが声をかけた。
「あ、はい。なんでもありません」
アイリーンはそう答えるものの、視線の先にはあの二人。その視線の先に気付いたのはノエルだった。
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