37.気になる動き(後編)
充実している気持ちになると、勉強もはかどる。もちろん、ノエルに教えてもらうところもあるが、苺の月のテストもいつもの如くノエル、イブライム、ジョアキナが上位三位、そして一人飛ばして、アイリーンが五位となった。ぎりぎり一桁ではなく、ベストファイブ。つまり、クラス一の中でも神ファイブと呼ばれる地位。一番驚いていたのはアイリーン本人。そして気になっているイブライムのプーランジェ語のテストの結果は、十五点アップでとどまっていた。イブライムは悔しそうな表情を浮かばせていたが、なぜかアイリーンはほっとしていた。
なぜ、ほっとしたのだろう。
さて、アイリーンはアデライードからの依頼により、例のシリーズの漫画を本格的に描き始めていた。こちらも父親に相談したところ、アスカリッドと協力して何かを成し遂げることは云々という理由ですぐに許可が出たらしい。らしい、というのも許可を出すのは国王陛下だから。
「リーン。テスト、頑張ったじゃない」
文芸部の部室で、ノエルに声をかけられた。
「はい。エルのおかげですね」
「それを言うならこっちも。リーンのおかげで、プーランジェ語もわかるようになってきたし。でもねぇ」
と不満げな声を続ける。
「イブまで微妙に点数が上がってきているのよね」
「そうなんですね」
「そうなの。ここにきて急によ。一体どんな勉強をしているのかしら」
ノエルはちらりとアイリーンに視線を向けたが、アイリーンはその視線を受け止めてニコリと笑っている。
「きっと、エルには負けたくないっていう気持ちが強いんでしょうね」
ノエルにとっては予想外の答えだったが、アイリーンにとってはそれしか思いつかない。特段、イブライムと一緒に勉強をした記憶はない。ただ、イブライムに聞かれたら答える、っていうその程度。ノエルと同じように特別な資料を作るとか、そういったことはしていない。だから、彼がテストで点数をあげたというのは、それだけ彼が勉強をしたということだ。
あの約束のために?
ふとアイリーンは思い出したが、立場上、勉強しなければならない時もあるのだろうということで、勝手に納得しておいた。
「そういえば、聞いたわよ」
ノエルがお菓子をつまみ始めた。どうやら、読書タイムは終わって休憩のようだ。アイリーンも読みかけの本にしおりを挟んで閉じた。ノエルに付き合い、お茶を飲むことにした。彼女の隣に座る。
「収穫の月に、リーンが本を出すんですって?」
「エルは相変わらず情報が早いですね」
「やっぱり本当なの? アディから聞いたときは嘘かと思ったのに。本当に月雲で本を出すの?」
「中身は詳しくは言えませんが。そうなりそうです」
「うっそー。私、幸せ過ぎる。収穫の月が楽しみ過ぎるわ」
「そうですね。月雲の七巻も出ますしね」
「その前に、新装版も六巻まで出るんでしょ?」
「そうみたいですね」
「みたいって、なんでそんな他人事なのよ。アイ先生」
新装版は発芽の月に一、二巻が同時発売した。その後、一月毎に三巻以降が発売される予定。そして七巻が発売される収穫の月までには六巻までの新装版が発売される予定となっている。もちろんイラストはアイリーンが担当する。
「表紙絵や挿絵は全部終わって渡してあるので」
「そうなの?」
「はい」
「いつの間に? 仕事が早いわね」
いつの間にと聞かれると、テスト勉強の合間に、が正解。ちょっと勉強に煮詰まった時に、イラストの下絵を描いて気を紛らわせていた。それが本気になるとモイラから注意された。ということは、モイラのおかげか。
「あと三月で二学年が終わりだなんて、信じられないわね」
ノエルがぽつりと呟いた。
「リーンが来て、そろそろ一年か」
「そうですね。もう一年。まだ一年。そんな気持ちがあります」
「そうよね。私も進級してから濃い一年だった。一年前の今頃は、こんな風になるって思ってもいなかった」
「私もです」
「きっと、リーンのおかげね」
「私もエルと出会えたからだと思っています」
「嬉しい」
言い、ノエルはアイリーンに抱き着いた。
「そうそう、リーン。テストが終わったから、来月からは生徒会の方もお願いね。卒業パーティの準備とか段取りとかがあるの」
「卒業パーティですか」
「そうそう」
ノエルは楽しそうに口元を歪めている。
「文芸部の方はどうしますか? 部長たちの送別会。って、元部長のほうです」
「はいはい。リーンが言う部長がヘレンじゃないことくらいわかってますよ」
文芸部も三年生が引退した後は、ヘレンが部長、ノエルが副部長を引き継いだ。引退といっても、そこそこ進路が決まっているルークとサラは、たまにというかわりと文芸部に遊びに来る。
アイリーンはついついルークのことを部長と呼んでしまう。ついつい。
「そういえば、サラ先輩って。リーンがあのアイであること知ってるの?」
「知っているか知らないかは知らないですけど。なんとなく気付いているのではないかと思っています。言わないだけで」
「あー。サラ先輩なら言わなそうな気がする。でもリーンが挿絵描いてることに気付いてて、一人で喜んでそう。じゃあさ、サラ先輩にはリーンのサイン本でもプレゼントしちゃえば?」
「卒業記念にですか?」
「そうそう」
ノエルに言われ、アイリーンは考え込む。本当にそれでサラは喜ぶのか?
「ああー、もう疲れましたー」
と言って部室に入ってきたのはヘレン。今日は各部の部長会の集まりがあったのだ。生徒会の方からは、主要メンバーが出席していて、お手伝いのアイリーンはお呼びでは無かった。ノエルも会長とか会計とかそんな主要メンバーではないから、出席してもしなくてもいいという中途半端な立場。しなくてもいいなら、しない。というのがノエルの方針であり、それでこの文芸部室で本を読んでいた。
「文芸部の存続の危機だった?」
冗談めいてノエルが言うと。
「それは今のところ大丈夫でした。一年生が五人もいますからね。でも、目標は新入生を三人。ただ新入生の入部がゼロであれば部室は他の部に回すとのことでした」
「誰がそんな酷いこと言ったのよ?」
「会長です」
「イブのやつー」
本人がいないにも関わらず、ノエルは口を横に広げてイーっとしてから、ヘレンにお茶をすすめる。
「はいはい、ヘレン。飲んで飲んで」
「でも、アスカリッドで今までにないくらいの甘美小説ブームが来てますからね。甘美小説で釣れば、新入生もきっと入部してくれると思うんですよね」
すすめられたお茶を一口飲んでから、ヘレンが言った。
「そうそう。それに新入生が入学するまでにはまだ四月もあるわ。ゆっくり考えましょう。甘美ならばきっとその時までにもっと盛り上がると思うのよね」
ノエルの笑みは不適だ。その笑みの先にはアイリーンがいる。ノエルの顔を見たアイリーンは背筋がぞくっとした。
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もう少し続きます。最後までお付き合いいただければ、と思います。





