36.気になる動き(中編)
イブライムは一人、街に買い物へと来ていた。お忍びと言えばそうかもしれないし、公式と言えばそうかもしれない。とにかく、そこらへんに護衛なのか警備なのかの人がいるおかげで、こうやって学院の休日には出歩くこともできる。だけど、イブライム的にはこんな天気のいい休日は、アイリーンと出掛けてみたいとも思っていた。彼女のことを考えていたからか、足は自然と書店に向いていた。
いつもより人が多い、と中に入ってから気付く。どうやら人気作家のサイン会があるらしい。イブライムはそれを横目に、参考書等のコーナーへ足を向けた。
先月、つまり樹液の月に行われたテスト。残念ながらイブライムのプーランジェ語のテストの結果は、前回よりも五点アップ程度で終わってしまった。つまり、アイリーンとのデートは叶わなかった、ということ。次のテストは二月後の苺の月。次こそは、という気持ちはある。
いくつかの参考書を手に取り、中身をパラパラとめくって見てみるものの、どれも似たり寄ったりにしか見えない。
アイリーンはどのようにしてアスカリッドの言葉を勉強したのだろうか。気になって仕方ない。気になるのはアイリーンの方? 勉強の仕方の方?
結局、参考書を買うことなく書店を出た。この書店にカフェが併設されていたことを思い出し、寄ってみようかとも考えチラリと覗く。アイリーンのことを考えていたから、だろうか。彼女の姿が視界に入ったように思えたのは。似た人かも、と思いながらもう一度視線を向ける。
何やらノートを広げて一生懸命書いている。彼女のことだから、勉強でもしているのだろうか。あの姿勢は間違いなくアイリーンだ。
声をかけたいけれど勉強の邪魔をしてはいけない。という思いもあり、ただ彼女を見ていることしかできなかった。
ふと、彼女が顔をあげた。その視線の先には見知らぬ男性がいる。その彼に向けて笑顔を浮かべている。
その男は誰なんだ? という思いがイブライムの心の中を支配した。
アイリーンはその男と親しげに話をしている様子。それから立ち上がり、どこかへ移動しようとしている。
こちらに来る、と思ったイブライムは慌てて物陰に身体を滑り込ませ、気付かれないように彼女たちの後姿を見送った。
「いっそのこと、エルを味方に引き入れたらどうですか?」
先日の休みにカフェでアイリーンを見かけたことを、ジョアキナに愚痴っていたイブライム。その愚痴の結果、そんな言葉が返ってきた。
「エルはアイリーン嬢の友達ですよ」
イブライムもそれは知っている。だから、悔しいという思いが一層強い。
「敵を欺くには、まずは味方からという言葉もありますよね?」
ジョアキナに言われものの、この場合の敵はアイリーンで味方はノエルということか? むしろ言葉の使い方を間違えていないか、とも思うのだが。
「はぁ。なぜこんなにも彼女のことが気になるのか」
テーブルに突っ伏して頭を抱える。
「まあ、好きだからでしょうね」
ジョアキナに指摘され、顔を上げる。
「好きだって? まあ、間違ってはいないかもしれないが」
はあ、と大きくため息をつく。
「私としては、そうやって一人の女性に振り回されているあなたの姿が見ることができて、楽しいじゃなかった、嬉しいですけどね」
ジョアキナがお茶を差し出した。
生徒会室。三学年は樹液の月で引退し、今ではイブライムが生徒会長になっていた。基本的には役職繰り上げ。副会長には一学年から選ばれている。
「まあ、頑張ってくださいとしか言いようがありませんね。この国の第二王子である以上、あなたの動きと言うものは注目されますからね。そういった意味では、あなたの相手であるアイリーン嬢も注目されているということになりますね」
ジョアキナのその言葉でイブライムは口を横に結んだ。
生徒会室のドアがノックされた。イブライムは返事をする気がないらしい。ジョアキナが返事をすると入ってきたのはノエルだった。
「エルだけ?」
「あら、私だけじゃ不満かしら?」
「不満なのは、私ではなくイブのほうだね」
「ふーん」
と言いながら、ソファに座る。
「ジョア、お茶」
「なんだ、こっちもご機嫌斜めなのか」
笑いながらジョアキナはお茶を淹れた。そしてノエルの隣に座る。
「何かあった?」
「別に、何も」
ノエルは言うと、両手でカップを包む。
「アイリーン嬢は?」
ジョアキナが尋ねたら、ギロリと睨まれた。
「忙しいのよ、彼女は。ま、巻き込んだのは私なんだけどね」
その言葉に反応したのはイブライム。
すっと椅子から立ち上がり、ノエルの向かい側のソファに腰をおろす。
「何に巻き込んだと?」
「あー、めんどくさいのがきた」
カップをテーブルの上に置き、ソファに深く座り直した。長期戦覚悟だ。
イブライムは腕を組む。ノエルも同じように腕を組む。
「それで。リーンを何に巻き込んだと?」
「別に悪いことではないわ。彼女のやりたいことの応援ですもの」
「リーンのやりたいことってなんだ?」
「そんなことも知らないの? リーンは、このアスカリッドの文化をプーランジェに広めたいって言っているじゃないの」
「それは知っている」
「だから、それのお手伝いってことよ」
「だったら、巻き込んだという表現はおかしいのではないか?」
その指摘にノエルは、ふん、と顔を横に向けた。
「で? エルはアイリーン嬢に何をしたんだい?」
この兄妹で会話をさせたら、会話が成り立たないとも思ったのかもしれないジョアキナが口を挟んだ。
「知人を紹介しただけよ」
「その知人って、もしかして男性?」
「そうよ。だって、叔父ですもの」
「叔父?」
「ええ。母の弟の方」
だからか、とジョアキナは思った。だから、イブライムは知らないのか、と。
「叔父は作家なの。言ってなかったっけ?」
「うん、初耳だね」
「オレも初耳だ」
「それで、その叔父の手伝いをしているの」
「手伝いって作家の手伝いか?」
イブライムが尋ねた。
「そう。出版の手伝い。叔父がリーンのことを気に入ってね。それでいろいろ一緒に仕事をしているの」
この言い方は意図的である、とジョアキナは思った。特に、リーンを気に入っているという件。ノエルもいい性格をしている。
「それは彼女が望んだことなのか?」
イブライムの声色が下がった。多分、怒りがこみあげてきているのを必死にこらえているところなのだろう。
「そうよ。リーンがやりたいって言ったの。だって、リーンも私の叔父のファンだから」
なぜノエルは火に油を注ぐのか。
ジョアキナは口を挟まない。
「そうか」
以外にもそこで話が終わった。
「え。終わり?」
ってノエルが聞いてしまったほど。
「他に何かあるのか?」
「ないけど。でもイブってリーンのこと好きでしょ?」
「な、なんで、それを」
言いながら口元を左手で押さえるイブライム。
「いや、バレバレだから」
ノエルが言うとイブライムの顔がみるみるうちに赤くなる。
「やだー、面白い」
イブライムはさらに両手で顔を覆った。
「エル。やめなさい。イブがかわいそうだ」
「だってー、面白いんだもん。あのイブがよ?」
「それはわかるが。そろそろやめたらどうだ?」
隣に座るジョアキナから優しく言われたら、やめるしかない。
「わかったわよ。それで、イブはリーンとどうしたいわけ?」
イブライムはノエルの質問の意味がわからなかった。
「告白したい、とか。そういうのがあるんじゃないの?」
「告白はした、多分」
「えー。リーンに好きだって言ったの?」
「言った、多分」
「で、リーンは? なんて?」
「ものではない、と言われた挙句。流された」
腕を組みむっとしている。
「じゃ、あきらめたら?」
「それができるのなら、とっくにそうしている」
「ふーん」
ノエルは楽しそうに頷いた。
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もう少し続きます。





