13.気になる二人(前編)
文芸部の新入生の部活動見学の内容も無事決まり、それぞれがそれぞれの本の魅力についてポップの作成に取り掛かっていた。
サラとノエルは甘美小説、ヘレンは推理小説、ルークは歴史小説の中から一作品を選んだ。アイリーンはサラからおすすめされたあの本のまま。アスカリッドにきて最初に読んだ印象的な本だからだ。簡単なイラストはアイリーンが引き受けた。人物に限らず動物や簡単な建物等のイラストも描く。
それから新入生の学院紹介と歓迎パーティに向けて、生徒会のお手伝い。どちらかといったら、アイリーンも紹介を聞きたい側なのだが。
会場となる講堂に荷物を運んだり、その運んだ荷物を設置したり、というお仕事。
「アイリーンさん。悪いけれど、これを持っていってくれないかな?」
フランシスは長尺の紙をくるくると筒状に丸めたものをアイリーンに手渡した。それでも彼女の身長の半分の長さになっている。
「わかりました」
「それから、これもお願いして良いかな? あまり重くないから」
さらに箱状の何かをいくつか渡される。重くはないけれど、視界は不良になった。アイリーンは生徒会室から講堂へゆっくりと歩く。講堂に行くためには階段を下りなければならない。このよく見えない状況で階段を下りるという行為は、なかなかのスリルを味わうことができる。そう思って、一段階段を下りようとしたとき、視界が開けた。箱状の何かがいくつか消えている。落とした、と思って焦ってきょろきょろすると、隣にイブライムがいた。いなくていいのに。
「アイリーン嬢、ここは危ないからオレが荷物を持とう」
素敵な笑みを浮かべて、さらりとそんなことを言う。その言葉を言う相手を間違っていますよ、とアイリーンは言いたい。近くに黒髪眼鏡がいないかな、と首を振る。だが、残念ながら見当たらない。
こんなとき、どのような行動をするのが正解なのだろう。だが、気の利いた解答が見つからず。
「ありがとうございます、イブライム様」
と言ってみた。アイリーンが両手で抱えていたその荷物も、イブライムの手にかかれば片手で余裕らしい。まあ、重くはないものだから。
「イブでいい」
という言葉が戻ってきた。
「はい? ええと、何のことでしょう?」
「オレの呼び方だ。愛称で問題ない」
「いえ、恐れ多いです。イブライム様はこの国の王子殿下でいらっしゃいますよね」
「ノエルもこの国の王女だが? ノエルは愛称で呼ぶのに、オレのことは呼べないと?」
そう言われてしまうと、反論できない。男女の違いというのもあるのだが、それは説得力に欠ける。
「では、イブ様と呼ばせていただきます」
「エルと同じように呼んで欲しい」
つまり、敬称はいらない、ということを言っているのだろう。
「私とエルは同性っですが、イブ様とは異性です。私の立場もわかっていただけないでしょうか」
そう言われてしまうと、イブライムの方も無理強いはできない。けして彼女を困らせたいわけではなく、目に見えない距離を縮めたいだけなのだから。
「では、オレにもあなたのことを愛称で呼ぶ許可をいただきたい」
いけしゃあしゃあとこの男は何かを言ってきた。だが、文芸部員はアイリーンのことを愛称で呼び始めている。しかも出会って二日目から。
「わかりました」
ここで断る理由も思いつかないので、そう言うしかなかった。
アイリーンはイブライムと並んでゆっくりと階段を下りた。そして、講堂に入ると、そのステージの上にはダンカンがいる。フランシスから預かった荷物をダンカンに手渡すと、生徒会室に戻っていい、と言われた。
アイリーンは来た道を戻ろうとした。来た道をそのまま戻らないと、生徒会室にたどりつけないからだ。まだ、学院の建物の位置を覚えていない。
「リーン。迷うといけないから、生徒会室まで送ろう」
後ろからイブライムが追ってきた。
「そうしてもらいなさい」
ステージ上のダンカンの笑顔が輝いていた。これは、断るに断れない、という状況だ。
「はい、ありがとうございます」
としか言いようがない。また二人で並んで歩く。
さて、困った。話題が無い。ノエルの時と同じような話題で盛り上がれるわけもない。前世では、天気やらテレビやらの話題を振ると会話が続くとも言われていたが、残念ながらこの世界にテレビは無い。ラジオと新聞はあるが。さて、どうしよう。
この気まずい空気の中、先ほどの階段を上る。あまりにも気まずすぎて、一段踏み外してしまった。体のバランスを崩し、膝をつくかと思われたとき、左脇から何かが差し込まれて、ふわりと身体が浮いた。それのおかげで、どこもぶつけずに済んだ。
「リーン。気を付けないと」
イブライムが笑っている。その左脇に差し込まれたものは彼の左腕。見事に胸の膨らみにも当たっているのだが、彼はそれに気付いているのだろうか。
「あ、はい。ありがとうございます。もう、大丈夫です」
「怪我が無くて良かった」
彼はにっこりと笑う。その笑顔、向ける相手が間違っています、とアイリーンは思っている。そして、その腕を放していただけないだろうか、と。どこからか黒髪眼鏡に吹き矢で射られそうな気がするから。
「すいません。あの、自分で歩けますから、放していただけると助かります」
「上に行くまではこのままの方がいいのではないか?」
「いえ、あの。手が当たっていますので」
どこに、とは言わない。だが、彼も気づいたようだ。
「すまない。わざとではない」
謝る彼の首元が赤く染まっていくことに気付いた。アイリーンは笑みを浮かべる。
王子だからどんなかっこつけかと思っていたけれど、こんな一面も持ち合わせているらしい。
「リーン。新入生歓迎パーティのことなんだが」
いきなりイブライムが切り出した。アイリーンの脇から抜いた腕を、今度は壁につける。これはいわゆる壁ドンではないか。
「オレにエスコートさせてもらえないだろうか」
いきなりの申し出で、アイリーンの脳内は真っ白になった。なぜ、こんな流れになるのだろう。目の前にイブライムの顔がある。そして、首元は赤く染まったまま。彼の喉仏がゆっくりと上下している。
「え、っと」
アイリーンは視線だけを動かして、どこかに助けがいないかを探す。もしかしたら刺客でもいい。とにかく、この二人きりの微妙な状況をぶち壊してくれる誰か。だが、残念なことにどちらも見当たらなかった。
「とても嬉しいお誘いではあるのですが。他に相手がおりますので」
やんわりと断る。と、同時に、断り方はこれでよかったのだろうか、という気持ちも沸いてきた。
「他に相手?」
彼が聞き返してきた。
「誰だ?」
「あの。文芸部のルーク部長です」
「ルーク? あれには付き合っている女性がいるはずだか?」
「あ、はい。もう卒業されていると伺っております。ですから、部長にお願いしました」
「エルの差し金だな?」
「いいえ、その表現は違います。私の相手がいないので相談したところ、エルが誰か適当な人を、と探してくれただけです」
「適当な人、ね」
「はい」
アイリーンが頷くと、イブライムは壁についていた手を放した。やっと壁ドンから解放された。
「リーンは、エスコートしてくれるなら誰でもいい、ということか?」
イブライムの冷たい視線が降り注ぐ。
「いいえ、違います。知っている方にエスコートしていただきたかっただけです。知らない方はお断りです。この国に私をエスコートしてくださるような男性がいなかったので、部長に頼んだだけです」
「知っている人、ね」
彼の視線は冷めている。
そろそろ反撃の狼煙をあげてもよいだろうか。とアイリーンは思う。
「もし、イブ様が。私が誰でもいいからエスコートして欲しかった、と思っていらっしゃるのであれば、私はパーティには出席いたしません。知らない国で、知らない人に囲まれて、そんなパーティに出席する私の気持ちがお分かりですか?」
イブライムの視線が揺らいだ。
「エルにもそのように申し上げました。できれば欠席したい、と。ですが、私の立場を考えたら欠席は良くない、誰か知っている人が近くにいれば安心するんじゃないかって、そう言ってくださいました」
少し興奮したからか、アイリーンの頬が赤くなる。そして、それ以上彼女は何も言わず、一段上の階段に足をかけた。
イブライムはそこから動かない。アイリーンが三段目に足を置いたとき、右手首を掴まれた。
「悪かった」
とイブライムが小さく呟く。
「あなたの気持ちも考えずに、オレの気持ちだけを押し付けていた。どうかパーティを欠席するとは言わず、楽しんでもらいたい」
「善処いたします」
アイリーンはその手を振りほどき、勢いよく階段を駆け上がった。残されたイブライムは彼女を掴んでいた右手を握りしめた。
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今日も嬉しくて二度目の更新です。
まだまだ続きます。




