78~79 始まる旅に出掛けよう
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『彩りの日』から一ヶ月半がたった。
その間、『ブリギン・グバク・ザフォル』の構成員たちはあらかた逮捕され、その犯行の全容も解明されていたため、実質的な組織の壊滅に至った。
今日付けの新聞の一面には、ベリンガールの英雄となったバーラントとアルメリアの婚約が大々的に発表されている。二人は今後とも、革命によって引き起こされた被害に尽力していきたいと発言している…… と、嘘か本当かは別にして、書くだけ書いてあった。
二面には、『ブリギン・グバク・ザフォル』に関するまとめと『彩りの日』の事象に関する考察が書いてある。
まず、犯人たちが用意していた乗り物はなんだったのか、ひょっとすると空を飛んでいたのではないか、という憶測などが色々と書かれてあった。
無論、空を飛ぶ乗り物のことや空爆のことは未発表であり、世間の人々はどういう事態に陥っていたのかを知らない。
だから、逮捕されたという事実と彩りの日の現象だけから、様々な憶測を立てていたのだった。
本来の経緯は、飛行船が海峡の方へ流れていき、丁度、海峡の崖のあいだに落ちていくように墜落した。
積まれていた爆弾などは大部分が湿気って爆発せず、気嚢も爆発していなかった。そのため、乗員はほとんど無事であった。同時に、彼らは国境警備隊によって逮捕され、全員が収容所へ送られた。
また、アル・ファームの儀典官の遺体は森の中で回収され、独り身であったため、本国の関係者のみで密葬されることとなった。そして彼の後援会を初めとした組織にも捜査の手が入り、事件に関与した人間や資金の横領をしていた人間が逮捕された。
その中で唯一、ムハクの姿が見つけられず、国際的な指名手配とされていた。
ところが昨日の夕方頃、遺体が海岸で発見され、海兵隊員が遺体を収容した。だから、その事実に関してだけは新聞にも記載されている。
これを見たライールは、一つ息を吐いた。
心配事が消えたという思いなのか、裁判を待たずに死なれたことに対する憤りなのかは分からない。
彼は次のページをめくった。
三面記事には、住人の証言などが載っていた。
その中には、王女の侍女がナザール家の次男に対して説教をしていたという噂や、彩りの日の早朝、王女の傍にいた女性が、バーラントの頬を思いっきり引っぱたき、彼が謝り、王女が二人をなだめていたという、喜劇みたいな一幕を伝える記事もあった。それらが、ライールの口角をあげさせた。
「ここにいたのか」
バーラントが部屋へ入るなり言った。
椅子に座っていたライールは、新聞を畳んで机の上に置く。
「用事はもう終わったのか?」
「ああ、資料を渡すだけだったからな。――行こうか」
「そうだな」
立ち上がりながら、ライールが答えた。
二人が部屋を出て、国防省の別館から出ていく。
大通りの近くにあるから、人通りが多かった。
「今日は混んでいるな……」
ライールが少々不満そうに言った。
「俺は任務付きの休暇っていう方がイヤだけど」
「事後処理の一環さ。これから忙しくなるお前と比べたら、長期休暇みたいなもんだ」
「まっ、楽しんできなよ。――それより一度、屋敷に戻るか? アルメリアとエリカもまだいるだろうし」
「いや、いい」とライール。「昨日、挨拶は済ませたからな」
「そうか」
と言って、バーラントが玄関口の階段を降りながら、
「じゃあ、行こうか」と言った。
「ここまででいいぞ?」
「こっちはまだまだ時間がある。暇つぶしに見送るくらい、いいだろ?」
ライールが笑みを浮かべた。
二人が大通りを歩き、脇に逸れて、馬車がたくさん並んでいる停留所にやって来る。
そこには出発時刻になるまで話をする人々が集まる、大きな待合所があった。
「少し早いから、寄って行こうか?」
「ああ」
ライールがうなずいて答えた。
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二人が待合所へ入ると、
「お二人とも!」
と、アルメリアの声がする。
それで、バーラントもライールも驚いた顔をしていた。
「こちらへどうぞ」
アルメリアが手を振って言った。護衛の兵もいるから、目立って分かりやすかった。
二人は彼女の傍へ行き、護衛兵に下がっているように告げた。
「屋敷にいたんじゃなかったのか?」
バーラントが尋ねると、アルメリアが微笑んで、
「せっかくですから、見送ろうかと」
「――エリカは?」
「飲み物を取ってくると言ってました。じきに――」
と言って、アルメリアがエリカを見つけたのか、手を振っていた。
彼女は普段とは違って、動きやすい格好をしていて、両手にコップを持っていた。
「あら、奇遇ね二人とも」
そう言って、エリカが片方のコップをアルメリアに手渡した。彼女は礼を言って受け取る。
「何が奇遇だ……」
ライールが溜息混じりに言った。
「俺は別に、遊びに行くわけじゃないんだぞ?」
「あたしも、別に遊びに行くわけじゃないのよ?」
「――何をしに行くんだ?」
「自分探しの旅」
と、イタズラっぽく笑って答える。
「本当にそうなのか怪しいが……」
「そもそも、仕事はオマケの旅行なんでしょ?」
ライールがバーラントを見やる。彼は焦って、
「俺は本当に何も言ってないぞ?」
と言うから、怪訝な顔のライールが、彼女を見やった。
「また魔導具か……」
「使ってないわよ?」
そう言って、左手首を見やるエリカ。そこには、いつも通りのお守り――魔導具が付いている。
「じゃあ、なんで分かった?」
「あたしとアルメリアの勘」
エリカがニヤリとしながら言ったから、ライールがしまったと言う顔をして黙った。
「そもそも移動中って、誰かと話してる方が楽しいでしょ?」と続けるエリカ。
「俺は風景を見ている方が楽しいんだが……」
「――生き残ったらいくらでも文句は聞く。そう言ってたの覚えてる?」
ライールが思い出したのか、頭をかく。
「騎士に二言は無いんでしょ?」
「だが」と、言葉を切ってから続けた。「俺といても退屈だぞ?」
「前に馬車で話をしたときは、そんなに退屈しなかったけど?」
「あのときは気を遣っていただけだ。普段はあんなに話し掛けたりしない」
「まぁ、いいじゃないか」バーラントが入ってきた。「せっかくだし、途中まで一緒に行ってもいいと思うぞ?」
「お前はまた、ややこしいことを……」
そう言ってから、ライールがエリカを見やる。彼女は飲み物を口にしていた。
「――あっ、欲しい?」
「いや、大丈夫だ……」
「ライールさん、エリカさん」
アルメリアが言った。
「どうかお気を付けて。そして、楽しい旅を」
「ありがとう、アルメリア」と笑顔になるエリカ。「結婚式までには帰ってくるからね」
「はい!」
「バーラントもまたね。お土産も期待してて」
「ああ、そうするよ。――じゃ、ライールも気を付けてな」
「無事に帰って来られることを祈っていてくれ……」
バーラントは苦笑って、ライールをまた激励した。それから付き添いの護衛兵を連れて、アルメリアと並んで帰っていった。
後にはライールとエリカだけが残った。
「じゃあ」とエリカが鞄を持つ。「あたしたちも行きましょうか?」
「ああ……」
「――ちょっと緊張してる?」
「私的な時間で、誰かと遠出することなんて無かったからな……」
「じゃ、お姉さんが色々と教えてあげる」
「何がお姉さんだ……」
「今は侍女じゃなくて、王女の姉なんだから。頼ってくれていいのよ?」
「言っておくがな、俺の方がずっと年上なんだぞ」
「えっ……」
「なんだ?」
「えっと…… あなた、いくつなの?」
「バーラントから聞いてないのか?」
「年齢を聞くのって、失礼だと思ってたし……」
「――二十六だ」
エリカが驚きの悲鳴をあげるから、みんなが注目した。
「そんなに騒ぐな!」
「ごめんなさい…… だって、その……」
「見ての通り、細身の童顔なんだ…… 気にしてるから、あんまり突っ込まないでくれ」
「まぁ、ほら」エリカが慌てて言った。「言動とかはしっかりしてるし、声は低めでいい感じだし、渋い大人って感じだと思うけど?」
「お前、そっち系の擁護は下手だな……」
「――皆様、お待たせ致しました」
馭者の一人が、出入り口に現れて知らせた。
「出発のお時間となりましたので、移動の方、宜しくお願い致します」
周りの人々が立ちあがって、移動していく。
「さっ、あたしたちも行きましょ」
エリカがそう言うと、ライールはゆっくり立ちあがり、鞄を手にした。
「お前の荷物は、もう馬車に積んであるんだろ?」
「そんなに無いから心配しないで」
「――じゃ、案内してくれ」
「行き先は?」
「バルバラント地方だ」
「思ってたより遠い場所ね」
「飽きたら途中で別れてもいいからな?」
「そのときになったら考えることにする」
そう言って、エリカがライールの隣を歩いた。
間も無く、停留所から馬車が何台も出て行く。
エリカとライールを乗せた馬車も、おもむろに出発した。
晴天の青空には小鳥たちが飛んでいる。
旅立つには、絶好の日和だった。
――了
次回作できました。脇役としてエリカとライールが登場します。
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最後に。
ブックマークして頂いた方、本当にありがとうございました。
お陰で、最後まで書く気力が湧きました。
それから、追ってきて下さった方々もありがとうございます。
これも読まれている実感があって、投稿の気力につながりました。
この場を借りてお礼申し上げます。
誠にありがとうございました。




