第7章 第3話 Forming a rescue party◇
状況を整理しよう。
第三区画からカルーア湖上を小舟に乗ってやっていた姉妹、その姉が怪死した。
彼女の姉が持っていて、今は私の中指にある変な黒いメノウの指輪の呪いだ。それを持ってると”何か”が所有者の魂を喰らいにきて、狂死するんだって。
この女の子はタコヤキ共和国のメンタイコ町のマヨ。
さっき亡くなった子が姉でネギ。二人合わせてネギとマヨ……?
一旦落ち着こう。うん、落ち着いた方がいい。
関係ないけどタコヤキにネギマヨっておいしいよね。ついでにカツオブシも散らしたいところだ。
水埜さんやめて、こんなタイミングで! 素民一人亡くなってるって時にギャグテイストな名前にしないでよもう……真面目にやりましょうよ27管区構築士さんたち。
第三区画はタコヤキで第五区画はメローヌ帝国とか暴君マスクメローヌとかネーミング酷過ぎるでしょ。
薄々気づいてたけどモンジャが発端か。
何でだろうって思ってたんだけど、どう考えてもモンジャのせいか。
第一、第二区画ではもう構築しちゃっててネーミングの統一間に合わなかったけど、それ以降の区画は『あ、この管区は食べ物揃いにするのね。じゃ合わせとこー』的なことになっちゃったのか。まさか他の人も便乗してくるとは思わなかったんだよ。全体的にこの管区悪ふざけがすぎるよ、……私のせいですけど。
『ネギにマヨかー。メンタイコ町のー?』
とか言って、今にも笑いたいんだろう、鼻の孔をぴくつかせてるモフコ先輩が私の視界に入る。一番の悪ふざけはモフコ先輩な気がする。
『…………明太子町のネギさんとマヨさんですか』
私はできるだけ真面目な顔を拵えて聞いたつもりだったけど、マヨから見てかなりこわばった感じになってたと思う。そんなに名前にツッコミが入るとは思わなかったんだろう、マヨは面食らって、
「そ、そうですが何か? あと、メンタイコではなく、メンターイコ町です」
明太子じゃなくてメンターイコか。……じわじわくるな。
笑わせにかかってるよね水埜さん。
水埜さんとはいつか仲良くなれそうな気がする。何となくセンスが同じだよね、私と。まあそれは後で。
『いえ、何でもないんですよ~』
「え? え?」
『マヨさんですね。はじめまして、私はアカイと申します、皆さんには赤い神と呼ばれています』
「神? 神様って、本当ですか!?」
『はいそうです』
あっさり肯定してみる、謙遜するのも否定するのもおかしい。
マヨがもじもじしだした! マヨマヨしだした!
「あ、でも……」
「赤い神様はいい神様だし、私は好きだよ」
悪い神様だったらどうしよう、とマヨが不安になってたところをコハクがすかさず弁護してくれた。やー照れますなーそれほどでもーいい神様だとは言われますけど同時にウザいとも言われるんですよねー主にモフコ先輩やエトワール先輩にーとか中途半端に照れてたら。
ぼそっと何か聞こえたよ、コハクだ。
「赤い神様も好きですけど、白い女神様はもっと好き」
『ですよねー』
うんうんわかりますそうでしょうよ。
その遣り取りを見ていたマヨは、少し警戒を緩めたみたいだった。
ところで私らって、マヨから見たら怪しいこと極まりないよね。
ロベリアさんとヤクシャさんなんて羽根生えてるよ? 私なんて全体的に真っ赤で邪神であっても不思議じゃないルックス。
「邪神じゃない神様、はじめてみたの。あんまりこわくなくていいな……」
『見た目怖くなさそう、とはよく言われますね』
「見ると死んだりするとか、そういうのはないですよね」
急に恐くなったんだろう、心なしか身構えてる。
マヨはおかっぱ的な髪型で、くりくりの垂れ目で、小動物っぽくてあどけなくてかわいい。あれだよ、肩をすくめて両手を小さく胸の前で組んでるあたり、何かハムスターに似てるよ。怯えてるのか私が怪しいからか知らないけど基本的にびくびくしてる。何だろう。髪形とか全体的にみると疎開してきた座敷童みたいなルックスだ。
私はへらっと笑って
『そういう、禍々しい感じの力は使えないんですよ』
彼女はほっとした様子で身を寄せてきたのでさりげなく祝福してみた。さりげなくね。
「よかったぁ……もっと早く会えればよかったな……ネギ姉も助かったかもしれないのに」
そうだね。ごめんよ、もう少し早ければよかったけど、第三区画が開かないと多分こういう、第三区画民がカルーア湖を越えてくる事態は起こらなかったよね。
私も何とかしたかったけど、水埜さんが”第三区画解放前に殺す”と決めてしまったら、もう構築士にはどうしようもできない。……てのは言い訳か。私たちは力対力、には備えてきたけど、意味不明な呪い、なんてものには対抗措置を知らなかったんだ。
こういうことを避けるためには、早く第三、第四区画を解放して至宙儀を絶対に使いこなせるようにならないといけない。至宙儀という超神具は全能の神具だ、死者すら呼び戻す。何より、日本アガルタの至宝が私の背中にあるんだから、持ち腐れてる場合じゃない。
『暗くなる前に漁師さんたちの捜索を開始しましょう』
その後、カルーア湖上空からいなくなった漁師さんたちを捜索しようとしたけど、湖全体に霧が渡っていて無理っぽかった。
息吹で吹き飛ばそうとしたけど、突風を起こしても全然ダメ。
霧が第三区画から湧いてきて視界が殆どゼロ。
誰だよスモーク炊いてる人! 漁師さんたちどこ消えたんだろう、亡くなったか殺されたんだろうか。もしくは第三区画に捕まった? 舟に血痕とかは残されてなかったみたい。
「我が国の漁民の保護と捜索をしなければ、国王に申し訳が立ちません」
ジェロムさんは舟を用意してる、泳いででも捜しに行く決意だという。
部下と思しき兵隊さんたちも隊列を組んで「仰る通りであります!」とか言ってる。
根性ありまくりだけど、今そんな根性求めてないよ。
『早まらないでください。あなた方も帰ってこれなくなる可能性が高い』
とにかく、グランダ軍には第三区画に行かなければならない理由ができた。
『赤井神様! ニュー神殿がでけたよー』
一方その頃、モフコ先輩はモンジャ側の空き地に拠点とするための仮設神殿を新たに建ててくれてたので私達もそちらに移動。
行ってみたら、モフコ先輩が餅まき(?)してて、それを大量のモンジャ民が下で拾ってた。
『そーりゃ! じゃんじゃん!』
『何してるんですか』
『餅まき?』
てへぺろしてる。それ、神殿が完成してからやるんじゃないでしょうよ。
テキトーだなーモフコ先輩。
まあそういうテキトーな先輩がいてくれるから和むんですけどね。
とはいえ、第三区画解放が長期化した場合に備えて、拠点は必要だ。
だって私ら湖上神殿から締め出しくらってるし。
新神殿のつくりはというと、私達の寝室と、お風呂と流しと会議室だけの簡素なもの。
一軒家ぐらいの大きさで小ぶりだ。真新しく造られた、総大理石っぽい会議室の円卓の席に、マヨ、コハク、モフコ先輩(人型)、私、ヤクシャさん、ロベリアさんが腰掛ける。神官のヒカリとイヤンさんも、神殿の拠点が移動したと聞いてこちらに出勤してきた。
イヤンさんはじっと席についているのが苦手らしく、仮設神殿の外の警備に出かけて行った。
ヒカリは頼んでないのに給仕をして、グランダのあったかいお茶と、甘いおはぎ的なおやつを出してくれた。気の利く子だ。私の分だけはないけど。
よし、本題に入ろっか。
『ところでマヨさんは、私以外にどんな神を知っているんです?』
その名前は人間には発音できないし、口に出すのも憚られて呼んではいけないんです、と言う。
「……名前のない湖の邪神です。ほかにも、邪神の眷属はたくさんいます」
『邪神、ですか?』
知ってるの、邪神ばっか?
神は知らないの? ほら、赤い神とかそういう伝説知らないの?
とか私が前のめりになってると、赤い神系の伝説は知らなかったみたいでした。
「はい。人間を狂わせたり殺したり食べたり、あやつったりします」
『そ……それは恐ろしいですね』
てか超こえー! 予想外にへヴィーモードだったよ。
冗談じゃないですよ本格的に化物系じゃないですか。この一年でフィジカルとメンタルは鍛えたつもりだけど、ホラー耐性は身につけてない! あ、それはメンタルができてないっていうのか。
参照できるようになった第三区画のマップで地形を確認しながら、マヨの話をまとめてゆく。
私はボードを見ながらカルーア湖の全周を筆記具で描き、俯瞰図を描いてマヨに見せた。
『はいっと、これがあなたの地域の地図ですね。今あなたはここにいますよ。あなたのメンターイコ町はどこですか?』
「ここ……だと思います」
メンターイコ町はタコヤキ共和国の最西端で、カルーア湖に面し、後ろには山が聳え立っている、比較的大きな町だ。モンジャの集落よりは大きいよ、多分。
タコヤキ共和国のマップをインフォメーションボードで見ると、複数の山岳集落の国だよ。内陸部は、異様に丸くて大きな山が環状に8つ連なってる。何か8個入りたこ焼きみたい。いやむしろ全体的な形としてはポ○・デ・リングかな? 山頂は全て真っ白で雪が積もってて寒そうだ。山脈の真ん中は、真ん丸な形の湖ができてる。湖の大きさはカルーア湖の半分ぐらいの大きさか。
『これは氷河湖でしょうか。これらの山脈の雪解け水が、水の逃げ場がなくて中央に溜まったのでしょう』
地球上でいうと、カナダのモレーン湖とか有名だよね。
氷河湖特有のターコイズブルーの湖が夏場は神秘的だよ、国民の皆様の次のバカンスにカナダ是非お勧め。エトワール先輩がいたら、きっとモレーン湖の魅力を語ってくれたろうに残念だ。
とにかく、このマップ上の真ん丸な湖も夏場は綺麗なんだろうなーとか思いながら眺めてた。
「この湖は、ポンデリン湖という名前です」
『ポンデリン湖!』
「ポ・ン・デ・リ・ン湖、です」
ゆっくり言ってくれたけど聞き間違いじゃなかったよ。
あータコヤキの次はドーナツ食べたくなっちゃったよ。どうしてくれるのこの食欲を。
私あと990年外に出られないの知ってて! 鬼畜だなー水埜さんてば!
あ、ちなみに私ポン・○・リングよりもポン・○・リング生の方が好きです。もっちもちしてるの。
『……そんな気がしましたよ』
「え?」
ポンデリン湖周辺の山間には、湖を避けるように大小の集落がぐるりと、窮屈そうに点在してる。
カルーア湖沿いにも、ポンデリン湖沿いにも町だか村だか集落だかがあるけど山々が湖のすぐ傍まで迫っていて、平地の面積は狭く、臨湖集落には雪積もってない。
農地と住居の確保に苦労してるのか、段々畑を山の斜面に作ってるみたいだ。
『なるほど、少しずつ分かってきましたよ。もっとあなたの国のことを聞かせてもらえますか?』
「はい、もし……もしお力があるのなら、助けてください。もう、もうあの国はだめです、人間には何もできません。父も母も、どうなったか」
マヨは何だかもう、身も心も疲れ切っていた。
緊張が解けてきたんだろう、すすり泣きながら、ぽつりぽつりと打ち明けはじめる。
途中で混乱したり、話が途切れたりしたけど休憩を挟んで粘り強く聞く。
こういうときに看破は使っちゃいけない、使わない方がいい。彼女の口から話してもらうことが重要なんだ。
「国民の半分は、人間ではありません。生きているけど、人間ではないんです」
『……人間ではない?』
彼女はまだ幼いので話が漠然としてたけど、話をまとめた感じどうやら第三区画タコヤキはこんなことになってる。
まず、ポンデリン湖には、名前のないいにしえの邪神が昔から湖底神殿に封印されている。
マヨが邪神の絵を描いて見せてくれた、無数の触手がうにょうにょ出てる、頭の大きなタコ的な軟体動物なルックスだ。
これ、まさか中身水埜さん入ってる?
マヨの絵だけでも凄まじい気持ち悪さ。
このタコが、とてつもなくでかいらしい。
ここ数年、星座の位置(?)が変わって封印が緩み始めたのでポンデリン湖から邪神の力が漏れ出し始め、邪神の眷属が封印を破って神殿の外に出てきちゃったようだ。
邪神の力を受けて操られた湖の周辺の人々が、夜な夜なポンデリン湖畔におびき寄せられ、邪神の眷属に背中に毒針を刺される。毒針を刺された人は一昼夜の後に異形と化し、邪神の奴隷となって眷属を増やしはじめ、邪神への生贄として生きた人間を湖に引き摺りこんで殺し、邪神に捧げる。
邪神の眷属は昼間は活動できない、夜になると大変なことになっちゃう。
ポンデリン湖畔の集落の住民は殆ど異形化するか生贄にされて、集落はゴーストタウンとなり壊滅。
いずれ共和国タコヤキを覆い尽くすと思しき難民が、カルーア湖沿岸に押し寄せてる。
邪神を封じる方法や、異形となった人を元に戻す方法は存在するらしい。
でもそれは、読むと発狂して死ぬという禁書に書かれていて、その書の行方は長らく知れなかった。
何かもの凄く気持ち悪い表紙の禁書らしい。
何の皮でできてるかよく分からない、黄色く湿っぽい皮でできてるやつって。
姉は、その書をどこからか見つけ出し、何も知らないまま手に取って読んでしまった。
読み進めてゆくうちに、ぶつぶつと妙なことを言い始めて幻覚を見て暴れ、最後まで読み終わらないうち彼女の指に変な指輪(印)がはまっていたんだという。
さっき私が経験した通りだよ。てか今も私の中指にあるんだけど。
そして、「印を捨てないとあいつが来る、あいつに魂を食べられる!」と喚き散らし、指輪を捨てるためにカルーア湖の沖に出ていざ指輪を捨てようとしたんだけど、どうにも捨てられない。
何故って、拳が不自然に握りこまれて手が開かなかったんだ。
マヨも手伝ったんだけど、どうやっても無理だった。
そうこうしているうちにネギはあえなく力尽きた。
姉のネギはいよいよ倒れるという間際に「来た!」と言い、それが最後の言葉になったらしい。
でも妹マヨには来訪者は見えなかった。
その後、舟は漂着し私達が彼女らを発見したってわけだ。
ほどなく、ネギは帰らぬ人となった。
湖上でグランダの漁師の舟を見たかと聞いたら、見てないって。
でもタコヤキでは昔から、月のない夜は水に近づくなと言い伝えられているらしい。
よくないことが起こるからって。
グランダの漁師さん、その眷属に襲われちゃったのかな。今となっては分からない。
『して、その禁書は今はどこに?』
分からない、とマヨは怯えた様子で首を振る。
「いつの間にか、なくなってしまいました。そもそも、姉が何故それを持っていたのかもわからないんです、気が付けばそこにあり、気が付けば消えてしまいました」
それもそれでこえーな。呪いの書物系かー。
『んー、先に禁書を捜して調べた方がいいすね。邪神のことはともかく』
ヤクシャさんがそう仰る。確かにそうだ、邪神は倒すにしても、異形になった素民を元に戻す方法はどうしても知らないといけない。
もしかしたら邪神を倒す為に手順があるのかもしれないし、手順通りにやらないと素民の命が危ないかも。ロベリアさんも異論はない様子。
「あかいかみさま! 大変です!」
「ですー!」
仮設神殿に、メグとナズがアイに乗って乗り込んできた。
あれ、第二区画解放の時もこんな感じだったよ? 何だろうこの既視感は。
『どうしましたか、メグさんナズさん』
カクさんスケさんみたいなノリだよ。
「人が来ました! たくさん!」
来客か? ってメグの緊迫度合が来客って雰囲気じゃない。
あわあわしてる。
モンジャを知り尽くすメグナズが、あわあわすることって珍しい。
『人が? 何人、どこから?』
「モンジャの集落の東側の、岩山の洞窟から、一人ずつ、たくさんの人が出てきます。何人でしょう、何十人、もっと……でしょうか? 私、ちょっと混乱してて」
メグは片手で頭をおさえてる。
「もっとだったよ! 五百人はいた!」
ナズが両こぶしを握り締め、力説する。
モンジャの東側は、険しい岩山があって物理的に第三区画と行き来できないようになってた。
そりゃ当然なんだろうけど、向こうがどうなってるんだろうと登ろうとした人はいたよ、岩山の向こうに何があるんだろうと見に行こうとする素民はたくさんいた。
でも誰かが登ろうとするたび岩が崩れるんだ。
だから私は危ないからそこ近づいちゃダメですよー、って言ってたんだよ。
第三区画解放まで開かないだろうと思ったからね。
それ以来、皆はーいと言って近づかなかった。聞き分けのいいモンジャ民たちだった。
だから岩山のトンネルの中から人が出てきてるってことは、別にモンジャ側から掘ったわけじゃない。第三区画と基点区画間のトンネルが、第三区画側から掘られて丁度開通したのか。
開通式とかやってる場合じゃない。モンジャに難民があふれかえってる。
『ということは』
『向こう側から難民がくるなんて、想定外でしたね』
ヤクシャさんも唸る。
モンジャと第三区画が地続きになってる、ってのが困る。
難民と共に、悪役もモンジャにやってきちゃう!
メグも身振り手振りで、興奮しまくっている。
「それだけではありません。皆、逃げてきたんです。恐ろしいものが追いかけてくる、と言っています」
「夜になると、恐ろしいものが動き始めるようです。タコヤキという国から来たって……」
とナズも同調する。
ナズのスケッチブックには、難民から聞き取り調査をした”恐ろしいもの”、の絵が描かれていた。
『どれどれ、見せてください』
さっきマヨの絵を見たけど、今度はシャレにならないほど写実的だ。
うわっ、エイリアンみたいなグロテスクな感じよこれ。
二足歩行で手足の長さは人間みたいなんだけど、頭から上がどう見ても宇宙人で、背中からハリネズミみたいに棘が出てる。
これで人を刺すのか、どう考えても刺しそう。うん、絶対刺すわこれ。
「こんなのがいるの? 信じられない!」
コハクも驚き、背筋からぞぞぞっと身震いしている。
「めっためたに叩き潰してやりたくなる感じだぜ、ほっとくとモンジャが危ない。俺がやらずに誰がやる」
さっき外に行ったと思ったのにどこから現れたか、鼻息荒いイヤンさんも俄然やる気だ。
『……モンジャが危ないですね!』
邪神の眷属が、やっぱしモンジャの東から攻めて来るのかな。
まずいよー、一体でも基点区画に入れちゃって人間患者さんに針さされちゃったらもうアウトじゃん。せっかく病気が治りかけてた人ももし死んじゃったら振り出しに戻っちゃうよ!
水埜さん考えてよそこらへんの事情を――!
など意味不明な事を素民たちに言えるわけもないので
『夜になる前に、こちらから様子を見に行きましょうか』
『そっすね、でも先に素民を避難させましょ』
ガタン、とヤクシャさんが背筋を伸ばして立ち上がる。
彼がうーんしょ、と伸びをすると、翼も一緒にぴよーんと伸びて、ぺし、とイヤンさんにあたった。腕と翼の神経って同じなんだろうね。
イヤンさんは、暖簾をくぐるようにヤクシャさんの翼をかき分けて顔を覗かせた。
そして私と目が合うなり変顔をする。
何それ、笑かさないでよ今! イヤンさんの中で、変顔をして私を笑かすのがマイブームなんだ。
正直やめてほしい。段々顔芸が洗練されてきてるんだよ。
『では、さっそくタコヤキに参りましょう』
ロベリアさんも同意しつつ立ち上がりながら、銀の翼は隣のコハクに当たらないようコンパクトにきゅっと折りたたんできっちりしてる。
たぶんロベリアさんは服とかもきちんと折り目正しく畳むタイプだよ。
あ、でも使徒さん二人も来ちゃったらモンジャががら空きになるよな。
どっちかだけで十分だよね、彼らの実力的には一人でもいいはず。
『ヤクシャさんとロベリアさん、どちらかがモンジャに残ってもらえますか? 何かあってはいけないので』
『御意、相談して決めます』
ロベリアさんがゆっくりと頭を垂れる。
ヤクシャさんが”俺行きたいんすけど”とかアイコンタクトしながら、ロベリアさんをチラ見する。ロベリアさんも譲る気はないようだ。
こっそりと素民に内緒で念話じゃんけんをして、ロベリアさんに決まった。
ヤクシャさん、無念のあまり”NOOO――!”と無言でのけぞる。面白いよこの二人。
「私も行かせてください。話を聞いた以上は、力になりたいです」
コハクはナズのイラスト見ちゃったから気乗りしないようだけど、素民を守るという、スオウとしての使命感があるようだ。
てかコハクって連れて行っていいの? よその子だけど。
来るっていうなら仕方ないか、いざとなったら全力で守るしかない。
そういや、悪役区画に素民を連れて行かないとイベントが成立しないんだったよ。
何人一緒に行けばいいんだっけ、厳選しないとな。
とか思ってたら、私の目の前で手を振ってるおっさんが一人、視界に入りまくって飛び跳ねて猛アピール。どこぞのご当地ゆるキャラも真っ青の動き。
言うまでもない、モンジャの誇る元ニート、イヤンさんだ。
「赤いかみさまー、俺も行くー! 行くったら行くー!」
いい年して駄々こねだした。
イヤンさんってこういう時の為にいるようなA.I.だから、普段からトレーニングしてるし、望むところなんだろう。実力もあるし。よし、イヤンさんを積極採用!
『ではイヤンさん、一緒に来てください。頼りにしていますよ』
「私も行きます! 私は戦えないけど……怪我をしている人がいたら力になれると思います」
メグもぴんと手を挙げ、背筋伸ばして志願する。メグはだめよ。
『メグさんとナズさんはお留守番です、武器を持って戦える人が優先です。ヤクシャさんと共に、モンジャを頼みますよ』
「我々の出番ですかな?」
私の背後から何かおっさんの声が聞こえる。振り返ると、仮設神殿に乗り込んできたのは、既に完全武装してるジェロムさんだ! 両腕を組んで仁王立ち。ヒュー! 決まってるー!
「水臭いではないですか。何故このようなときにグランダ軍を呼んでくださらないのか。今日という日の為に備えてきたのですぞ」
話を外で立ち聞きしてたっぽい。てか、イヤンさん、外から戻ったときにドアあけっぱなしで入ってきたから! そりゃ聞こえるよ! まあ聞こえててもいいけど。
「ネストの勇士たちも、どうぞお忘れなく。参加してもよろしいですかな」
クワトロさん率いる30人ぐらいのシツジ隊の皆さんも整列してる。
外がシツジで一面真っ青だ。
うん、君たちがこの日に備えてきたのは知ってる。確かに、グランダとネストのやる気ある人らに声をかけないわけにはいかない。効率よく戦ってくれそうだし、彼らなくしては第三区画攻略はない。
ロベリアさんとヤクシャさんを見ると、ヤクシャさんから『いんじゃないっすかねー』と、翼をいじりながら投げやりな返事が返ってきた。
ヤクシャさんいじけてるってか第三区画行けないのでもうどうでもよくなってるっぽいな。
一方のロベリアさんは力強く頷く。
『それは、ぜひ参加していただきたい』
『では、ヤクシャさんロベリアさんもそう仰いますし、あなたがたも一緒に来てください。日頃の鍛錬の成果を知っていますので、頼もしいです』
「そうこなくては! パウル王からは出陣の許可を得ております」
その遣り取りを見ていたモフコ先輩がヤクシャさんに気を回したのか
『ヤクシャさんもタコヤキ行ったらどう? モンジャのことなら私がみてお留守番してるよー、あんまり戦えないけど、防衛ぐらいなら何とかやるしー! 任せて任せて!』
とか軽いノリで言ってくれたので、ヤクシャさんも第三区画攻略に参加できることになり、『よっしゃー』と俄然やる気を取り戻した。
その後も喧々諤々、皆と色々と話し合ってひとまずの行動の予定を練る。
予定は未定というか、第三区画に行ってみないと現地がどうなってるか分からないけど、私は志願者の皆を神殿前に集め、ブリーフィングをはじめた。
スピーカーは使わなくて大丈夫、私の声って普通に話しても神通力のせると結構な範囲届くからね。
『というわけで、まず、タコヤキ共和国の生存者をモンジャに逃がします。昼間のうちに、タコヤキ共和国に生存者が残っていないかを調べます。と同時に、タコヤキ共和国のどこかにある禁書を捜します』
禁書大事よ、禁書ないと話が進まないし、邪神の眷属にされた人が人間に戻れなくなるからね。
間違って禁書捜さずに邪神倒しに行ったりしたら駄目よ。
キーアイテムって大事だからね。
「見つからなければ?」
マヨが不安そうに私に訊ね返す。
捜して見つかるような代物じゃないのかもしれない、呪いのアイテムだっていうんだから。
『見つからなければ日程を翌日に持ち越し、見つかるまで捜します。今日は夕方になるまでに切り上げてモンジャ側に戻り、夜になる前にモンジャとタコヤキの間の穴を塞ぎ、モンジャの守りを固めましょう』
「ふむ。夜間はタコヤキに踏み入らず、モンジャの防衛に全力を尽くすということですかな」
クワトロさんは熱心にメモをとっている。
『そうです。邪神の眷属がモンジャに侵入してこないようモンジャを守ります。侵入経路が一か所ならば、守ることはできそうです。翌日から、タコヤキ共和国に行って禁書が見つかるまで捜します。禁書が見つかったら、人間に戻す方法を確認して邪神の眷属となった人々を人に戻します。最後に、ポンデリン湖の神殿に眠る邪神を倒します。うまくいけば、二日から三日でタコヤキ共和国を救うことができるのですが……長引くと、防衛の意味でも不利になるでしょう』
「なるほど、異論はありません。作戦を我が隊で復唱しましょうかな」
『復唱はいりませんので、質問やご意見があれば何なりと』
クワトロさんが立派なお髭をいじりながら頷く。ジェロムさんも大きく頷いた。
「夜間のモンジャの守りですが、グランダ軍も参加します」
ジェロムさんが率先して申し出てくれた。
「半日あれば、グランダ軍とモンジャの民を総動員すれば土袋で砦を組んで塹壕を掘れます。モンジャとグランダは陸続き。モンジャの大事は、我が国の大事でもありますので、できるかぎりの協力を惜しまないつもりです」
ジェロムさんは現実的な備えをしたほうがいいと仰る。そういうのはグランダの方がノウハウがあるかもしんない。というわけで厚意に甘え、出来る限り素民でやってもらうことにした。
『それでは、土塁の建設は任せましたよ』
「必ずや!」
ジェロムさんは姿勢を正して一礼してくれた。
”てか私が防壁なんてぱぱぱーっと作ってあげるのに”
モフコ先輩はそう言おうとして、何かに気付いたのか口をむごごと押えて黙った。
そうそう、こういう場合はできるだけ素民にやってもらった方がいいですよね。
あまり構築士が出しゃばらないほうがいいと思う。
何でもかんでもやってあげてたら、素民が頑張らなくなる。
頑張って、成功する。
それって大事よ、人間も素民も。
『それから、グランダ王の許可を得て、モンジャの民とタコヤキの民を一時的にグランダに受け入れてもらえますか』
「可能だと思われます、一時的ならば。確かに、モンジャの地に何かあってはいけませんから、我が国に一時避難をした方がよいでしょう」
『モンジャは必ず守ると約束しますが、念を入れておきたいのです』
モンジャの東を、防衛ラインにしよう。
モンジャの集落は私達が死守する。
邪神の眷属に指一本触れさせない。それで、朝まで持ちこたえたら、私は素民たちと第三区画に行って例の作戦の末に、その邪神を倒すって流れでいいだろう。あ、でも待って。
『マヨさん。ところでタコヤキ共和国の領土は、どこからどこまでなんです?』
もしタコヤキ共和国がカルーア湖を半周取り囲むように繋がってたら、グランダ側から攻めて来るかも、って話もある。
「はい、ここからここまでです」
カルーア湖に面しているのは、カルーア湖北東の1/4だったよ。
よかったよかった、グランダ側は繋がってない。
じゃあ反対側から攻め込まれる心配もないね。
よかったよかった。じゃあカルーア湖沿岸の、南東の1/4が第四区画で、あのあたりにあるのかもね。
外が騒がしいと思ったら、仮設神殿前に続々とモンジャとグランダの漁師さんたちが集まってきた。どうやら漁に出れなくて暇らしい。暇ー、超暇ーとか言ってる。
「俺たちにできることはないかい? カルーア湖で漁ができなくなっちゃ大変だ」
マルマルもリソットさんもいる。
『グランダの兵士さんたちと共に、モンジャの前に土塁を作ってくれませんか』
「うーい、でも何で?」
「はーい、何故?」
『詳しくはグランダ兵士さんたちに聞いてください』
その後、モンジャの広場に集まっていたタコヤキ国の難民とその代表たちと会った。
何人いる? メグは何百人って言ってたけど、何千人って規模になってた。皆、荷物も持たず着の身着のままって感じで、とにかく精神的に疲れ果ててる。服は何か北欧の山岳民族っぽい服着てるよ、女性は紅白の横縞スカートと白いブラウス、男性は上着、ズボンと黒い帽子。民族ごとに微妙に色が違う刺繍をしてる。複数の町や集落の難民みたいだから、地域ごとにまとまってもらった。民族ごとに同じ民族衣装着てるっぽい。見分けがつきやすくていいよ。4つの民族が避難してきてた。複数の民族が集まって一つの国を作ってるから、王様とかいない。共和制なんだって。
民族の名はメンターイコ族、イクラ族、カズノッコ族、キャビアン族。
全体的に食材だね、しかも魚卵だね! とか私はもうつっこまんぞ! そこはいちいちつっこまない!
ところで、タコヤキ共和国にはグランダやネストの時と違って赤い神の伝説的なものは一切ないのな。なので私の有難がられなさときたら異常。この地域のリーダーだと思われてるぐらい。
「お願いします、この国にかくまってください」
「私達の国、メンターイコはもうだめです」
「イクラ族も残り数十名となってしまいました」
「キャビアンの民は働き者ですから、ここに置いてください。どんな雑用でもしますから」
皆、口ぐちに懇願する。
『分かりました、タコヤキ共和国の民よ。詳細は後程聞きましょう。とにかく、私達モンジャ、隣国グランダそしてネストはあなたがたタコヤキ難民を支援します。私は代表のアカイと申します』
「おお、アカイさま。恩にきます、どうぞよろしくお願いします」
マヨの話では、タコヤキ共和国では神=邪神、って理解になってるから、逆に神とか言わない方が賢明かもしんない。
なので私は全体に向けては名前だけ名乗り、素性は明かさず、とりあえずこちらには救援の用意はあり、モンジャの皆と共にグランダに避難してください、と促した。
モンジャ民にもグランダに避難してと声をかけたけど、彼らは荷作りに時間がかかってる。
すぐに移動をはじめたタコヤキ共和国に比べ、荷造り遅いよモンジャ民。
あーそれいらないから置いていこうよ、ってものも基本的に全部持っていこうとしてる。
貴重品と衣料だけでいいからもう! 食糧何日分持っていくつもりなのそれ、グランダで食糧は支給するからって言ってるのにもう。
食にうるさいモンジャ民だ、こんな国民性に誰がした。
『モンジャのみなさーん、避難は一時的なものですから、荷物を早くまとめてグランダに避難してくださいよー』
早くって言ってるじゃないー。
「あの高級パンパラの実を持っていかないことには……ちょっと畑にひとっ走り行ってくる!」
「父ちゃん、忘れずに人数分よ!」
「2個ずつ! やっぱ3個ずつ!」
「置いていくのはおしい、避難してる間に誰かが食べたらいけない!」
「カアチャン、こっちとこっち、どっちの服着ていくべき?」
「そうねえ……夜は寒くなるかもしれないから、長袖の方がカアチャンいいと思う」
もー。そんなことしてるから遅くなるー! いいから早くしてー。
そんなこんなしながら、私達は人間患者さんは言葉巧みに外して逃がしつつ、モンジャ民とタコヤキ民も忘れず避難させつつ、士気の高くて腕に自信のあるA.I.の皆さんのみで100人の選抜隊を組織した。
禁書を捜すのに、とにかく人数がいる。
その内訳は、ジェロム隊長を含む、シツジに騎乗した精鋭ぞろいの一個小隊で組織されたチームグランダ。
クワトロさんの組織する御家人集団、騎シツジ隊が中心のチームネスト。
そこそこ戦闘力あると思しき、シツジに乗れるモンジャの漁師。あとは、コハクとヒカリで組織されたチームモンジャ。
チームグランダはヤクシャさん、ネストはロベリアさん、そしてチームモンジャは私が指揮することになった。皆、手に手に「危なくない武器」と、私たち構築士の祝福した防具を着ている。鎧だったり、胸あてだったり、ヘルメットっぽい何かだったり、そこは思い思いの防具だ。
昼間の間にモンジャ側に戻ってくれば、何事もない筈だよ。邪神の眷属は夜間しか活動できないって設定らしいから。
基本的には残りの難民保護と、禁書の捜索がメインで戦闘はないだろう。
「さあて、お前ら、取り掛かるぞ!」
残ったグランダ兵とモンジャ民たちの協力によって、モンジャ防衛ラインの塹壕、土塁作りも始まった。てか半日で本当にできるんだろうか。
土嚢をベースにするっていうから案外早いのかもしれないけど。指揮はモフコ先輩に任せるしかない。
「タコヤキ遠征隊ですな! グランダ軍の初陣ですな!」
ジェロムさんが空を見上げて感極まってる!
タコヤキに遠征してどうすんの。征服しちゃだめよ、救援だよ。
『遠征ではありませんよ、タコヤキ共和国救援隊です。どうか、間違いのないように』
「そうでした、そうでした。うっかり」
ジェロムさん、額にぺし、と手をやる。
「もー隊長ったらー」
「黙れお前! たるんどる!」
「はい隊長!」
嬉しそうだな―グランダ軍。
浮足立ってるじゃないの、戦争したことない国なのに軍事大国だからなー。
出兵とか出陣、って言葉が嬉しくてたまらない様子だ。
『さて、参りましょうか。日が暮れる前に戻って来なければいけません』
『そうですね、禁書の捜索となると、あまり時間はありませんよ』
と、陽の高さを見るロベリアさんは今日はヴァルキリーの鎧を着用。
今、午後2時ぐらいだよ。
6時には日が沈むから、4時間ぐらいだ。手早くやらないといけない。
『っしゃ、じゃさっさといきましょっか』
ヤクシャさんは腕を鳴らす。金剛杵持ってるから、やる気なんだろう。
「話は聞かせてもらったぞ――!」
極め付けに、シツジに乗ってモンジャへ単騎で駆けてくるのは。聞き覚えのある美声!
「私ことスオウが民の先頭に立たねば、話になるまい。私を置いていく気か!」
あ、キララは置いていく気だったよ。
「スオウさま」
ヒカリも頼もしそうにほほ笑む。
颯爽と青いシツジにまたがり、鎧を着て現れたのは、金髪美少女のグランダ王キララ。
チームグランダに加わった。
そういやパウルさんも第三区画に行くと言ったみたいだけど、クワトロさんに止められたらしい。
パウルさんも、いい加減年だ。
というわけでいざ、未知の第三区画タコヤキに向けて、色々と不安を抱えつつ出陣!
十五分後。
100人態勢のタコヤキ救援隊は、それほど長くはない岩山の洞窟をシツジで一気に駆け抜け、第三区画に乗り込んだ。
そこで私達が見たものは――。
タコヤキ救援隊の浮かれた気分を吹き飛ばす、まさに悪夢の光景だった。




