最終シーン
夕方。
パン屋の中は、静かだった。
さっきまで客の声で満ちていた店も、今は落ち着いている。
最後の客が扉を押して外に出た。
扉の鈴が小さく鳴る。
カラン、と。
レティシアは軽く頭を下げる。
「ありがとうございました」
客は手を振り、通りへ消えていった。
足音が遠ざかる。
店の中には、焼きたてのパンの匂いだけが残っている。
窯の火はもう弱い。
赤い火がゆっくりと揺れている。
ガルドは奥で窯を見ていたが、やがて肩を回して言う。
「今日は終わりだな」
レティシアはうなずく。
棚の上には、まだ少しだけパンが残っている。
最後の一つ。
丸いパン。
彼女はそれを持ち上げ、静かに棚へ置いた。
木の棚に、軽い音がする。
それで今日の仕事は終わりだった。
レティシアは扉を開けて外に出る。
夕方の空気。
少し湿っている。
空は曇っていた。
厚い雲が広がっている。
今にも雨が降りそうな空。
けれど、まだ降っていない。
風がゆっくり通りを流れていく。
市場はもう静かだ。
店は閉まり始めている。
遠くで誰かが荷車を押している音。
煙突から煙が細く上がる。
パン窯の煙。
生活の煙。
レティシアは空を見上げる。
王城の塔も。
調整局の会議も。
帳簿も。
改革も。
すべて遠い場所にある。
それでも。
世界は続いている。
人は働き。
パンは焼かれ。
町は動き。
国はゆっくり回っている。
空は相変わらず曇っていた。
完璧な青空ではない。
だが。
それでよかった。
レティシアは目を細める。
湿った風が頬をなでる。
そして。
物語はそこで終わる。
晴れの日は少ない。
けれど、乾ききることもない。
それで十分だった。




