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悪役令嬢、婚約破棄されましたが、帳簿だけは正確でした  作者: 南蛇井


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第6章:対面

沈黙が落ちた。


市場のざわめきは続いている。


荷車の軋む音。

商人の呼び声。

子供の笑い声。


だが――


王太子の周囲だけが、静かだった。


彼は何も言えない。


言葉が見つからない。


怒りは出てこない。


非難も出てこない。


胸の中にあるはずの感情が、


どこにも見当たらない。


視界の端で、


市場の人々が動いている。


野菜を並べる農民。


布を広げる商人。


焼きたてのパンを買う親子。


誰も王太子に気づかない。


そして誰も、


困っていない。


この街は――


回っている。


整っている。


活気がある。


それが、答えだった。


レティシアは何も言わない。


ただ王太子を見ている。


穏やかな目。


責める色も、


誇る色もない。


ただ、事実の前に立っている。


やがて彼女が口を開く。


静かな声。


「遠いところを」


一拍。


「ようこそ」


王太子の胸がわずかに揺れる。


歓迎の言葉。


それは皮肉でも、


挑発でもなかった。


ただの言葉。


ただの礼儀。


レティシアは少し横へ身を引く。


パン屋の扉を示す。


そして続けた。


「お茶をどうぞ」


それだけだった。


過去の話もない。


弁明もない。


抗議もない。


ただ、


お茶をすすめただけ。


それが――


王太子には


何よりも重く響いた。

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