第23話
時はウルが犬ジイに今回の一件について相談した八日前に遡る。
「ま、落としどころはそんなとこだろ。だが、お前さんのプランにゃ根本的な問題がある。分かるな?」
狙いは悪くない。それは認めつつ、犬ジイは敢えて冷ややかな目を作りウルにそう言った。
「教会関係者が“それ”に乗っかる理由がない、ってことですね」
「そうだ」
犬ジイはウルがどこまで理解しているか一つ一つ試すように続ける。
「メリット、デメリットの問題じゃない。そもそもお前さんは奴らにとって交渉相手じゃないんだ。奴らからしたら話を聞くなら叩きのめしてから、利益があるなら磔にしてその血の一滴まで搾り取ればいい」
犬ジイの過激な表現にウルはつい顔を顰めて呻く。
「……それはホントに教会関係者の話ですか? 悪魔崇拝者とかではなく」
「正義は我に有りって連中ほど残酷で容赦のないもんもねぇぞ~」
実際、犬ジイの表現はこれでも現実よりはかなり穏当なものだった。
老人はニヤニヤ笑いながら、しかし本気の声音で提案する。
「俺が間に入りゃ全部解決するんだが?」
「それをしたら、結局あんたの一味として一生飼われ続けにゃならんでしょうが」
「命あっての物種だろう?」
「俺の人生を勝手に二択にしないでください。自由も命も諦めるつもりはありませんよ」
ウルの言葉に迷いはなかった。
犬ジイはテーブルに頬杖をつき、ウルの目を下から覗き込むようにして問う。
「言うねぇ。ならどうする? 連中を交渉のテーブルにつかせるにゃ力を示すしかねぇ。お前さんにそれができるか?」
「いくらか人手を貸して貰えれば」
その答えに犬ジイは片眉を吊り上げ、呆れたように鼻を鳴らした。
「おいおい。人の手は借りねぇと言いながら、結局俺の戦力頼りで、しかも数に任せてやり合おうってか?」
「まさか」
ウルはそんな犬ジイの反応を予想していたように肩を竦めて即座に否定する。
「別に戦力的には態々そちらの手を借りる必要は無いんです。人手を借りたいというのは、あくまで落としどころに説得力を持たせるためですよ」
犬ジイの目を真っ直ぐ見つめて続ける。
「それに数もそんなに必要ありません。そうですね──精々五、六人。迷宮に潜った経験があって、そちらとあまり関りが濃くない人を紹介していただければ」
犬ジイはウルの言葉の意味を即座に理解し、ギロリと険悪な眼差しを向けた。
「──おい。まさかそいつらを囮にしようってんじゃあるまいな?」
「いえ。囮ではなく撃退してもらおうと考えています」
しかし返ってきた言葉に犬ジイは思わず目を丸くする。
「…………正気か?」
「ええ。別に力を示すのに総力戦をする必要は無いでしょう? 同数で神殿騎士を撃退したという実績があれば、力を示すという意味では十分だと思うんです」
「待て待て待て」
犬ジイは珍しく表情に困惑を浮かべてウルの言葉を遮った。
「どうやって連中をおびき寄せようとしてるのかは大方予想がつく。昔世話した連中に声かけりゃ、お前さんの言う条件に合った人手を用意することもできるだろう。だが、流石に同数で神殿騎士を倒せるような腕っこきはいねぇぞ? 直接の部下でもなけりゃ、紹介できるのは精々お前さんに毛が生えた程度のチンピラだ」
そこで一息入れ、犬ジイは分かっているだろうがと確認するように続けた。
「お前さんに何らか考えがあるにせよ、無謀な策に付き合うつもりはねぇし、人はやれねぇ」
「勿論です」
ウルの堂々とした態度に犬ジイは幾分興味が湧いた表情で続ける。
「……ふむ。じゃあ聞かせて貰おうか。鉄壁の神殿騎士団を、同数のゴロツキでどう攻略するつもりなのか」
ウルは軽く頷き、つい先ほど思いついたばかりの作戦の説明を始めた。
「対人戦において無類の強さを発揮するとされる神殿騎士ですが、その最大の強みは何だと思います?」
「【聖壁】を活用した密集陣形による圧殺」
犬ジイの即答に、ウルは満足そうに微笑んだ。
「はい。対物理、呪文、罠の類さえほぼ完全に無効化する鉄壁の密集陣形。直接神殿騎士団の戦いを見たことのない俺でも知っている有名な戦術です。これを野戦で突破するには最低でも二倍、可能なら三倍の戦力が必要だっていうのは大軍師シゲンの言葉でしたっけ」
そして、この【聖壁】をすり抜ける毒や呪詛の類も、神殿騎士相手では簡単に治療されてしまい有効手とはならない。
歴史上、数々の軍師、指揮官が攻略を諦めた最優の一。
「逆に言えば、彼らの守りは【聖壁】頼り。どんな手で来るかが最初から分かっているなら、それに絞って対策を打てばいいんです」
──が、ここにいるのは軍師でも指揮官でもなく魔導技師。
戦術家とはそもそも持ち得る手札の種類が違った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
交代で【聖壁】を張ろうとしていた中衛二人の呪文発動が失敗し、後衛二人の【聖壁】が炸裂弾の飽和攻撃で破壊された。
突然の異常事態にあって、しかし神殿騎士ヴァンの脳は冷静に回転を続けている。
【聖壁】の守りが途切れたことで自分たちは今、敵の遠距離攻撃から全く無防備な状態にある。いくら金属鎧に守られているとは言え、このまま炸裂弾の飽和攻撃にさらされれば十秒と持たず圧殺されてしまうだろう。
彼我の距離は既に二〇メートルを切っており、突撃して接近戦に持ち込めば何とかなる。
だが背中からは振り返らずとも部下たちの動揺の気配が伝わってくる。この状況で突撃を指示したとして、果たして部下たちがついて来れるか?
一瞬のうちにそう判断したヴァンは、左手の盾を身体の前に突き出し、大声で叫んだ。
「後衛、壁を張りなおせ!!」
『──はっ!』
明確な指示が出たことで、後衛二人が再び【聖壁】の詠唱を始め、先ほど呪文発動に失敗した中衛二人はヴァンを真似て彼らを守るよう盾を掲げた。
盾で守りを固めれば例え炸裂弾で攻撃されようと数十秒は持つ。【聖壁】さえ張りなおすことができれば、多少ダメージを受けてもすぐに呪文で回復できる。
中衛二人が呪文発動に失敗したのは不可解だが、つい先ほどまで実際に【聖壁】を使用していた後衛二人なら──
『偉大なる光の大神よ、その腕をもって我ら──っ!?』
しかしその二人は、今度は神への祈りが素通りするような感覚に途中で呪文詠唱を止めて悲鳴を上げた。
「だ、駄目です! 全く呪文が発動する手応えがありませんっ!?」
「──っ!?」
驚愕しながらも、ヴァンは頭の中で即座に突撃へと舵を切り、部下たちに指示を出そうとする。
原因は分からないが、呪文が発動しない以上それしか活路はない。
その判断は正しかったが、一歩──いや、何もかもが遅すぎた。
いつの間にか炸裂弾の圧力が減っていたことに気づけなかったことも、【聖壁】の発動を阻害する存在に気づけなかったことも、罠と気づかず迷宮内にノコノコやってきたことも、何もかも。
「ヤれっ!!」
──ベチャベチャァッ!!
冒険者たちがリーダーの合図で一斉に球を投げつけてくる。サイズこそ炸裂弾と似ているが色合いの異なるその球は、ヴァンたちの盾に触れるなり大きく弾け──緑色の粘液となって全身に降り注ぎ、纏わりついた。
「な──くぉっ!?」
「ぐぅ!!」
それがトリモチだと気づいた瞬間、ヴァンは内心でいち早く『詰んだ』と理解した。
彼ら神殿騎士たちは全員が金属鎧で身を固めている。動きやすさを確保するため、金属鎧の関節部は多数の金属板が組み合わさった複雑な構造となっており、そこにトリモチが付着すればもはやマトモに動けるものではない。
そしてこれは純粋な物理的妨害だ。呪文によって回復することも解呪することもできない。
【聖壁】さえ張られていればトリモチなど弾いて終わりだったのだが……
完全に動きが拘束される前に──とこちらが考えることなど、当然向こうも読んでいる。
冒険者たちは次々と炸裂弾ではなくトリモチを投げつけてきて、あっという間に戦闘どころか満足に歩き、立っていることさえ難しい状態だ。
【聖壁】が破られてから僅か一分足らず。神殿騎士たちは同数のゴロツキたちによって動くこともままならず制圧されてしまった。
「クソッ! これを解けっ、異端者どもがっ!!」
「我らにこんなことをしてタダで──ゲフッ!?」
部下たちがみっともなく叫んでいるが、冒険者たちに蹴り飛ばされて強制的に黙らされる。
「──ったく、手間かけさせやがって」
冒険者たちは動けなくなり芋虫のように地面に転がるヴァンたちを忌々し気に見つめ、吐き捨てる。
──何が……何が起こった……!?
そんな中、騒ぎ立てる部下たちと異なりじっと黙っていたヴァンだが、その頭は混乱の極致にあった。
──我らが、こんな連中に、負け……そんな、何故……?
どうして敗北したのか理解できない。理解のとっかかりさえなく、ただただ混乱していた。
──我らはどうなる……殺されるだけならまだいい。だが、罪人として地上に引っ立てられれば、最悪実家にも累が及ぶやも──
そこでふと気づく。
──待て。どうしてこいつらは、我らに何もしてこない?
冒険者たちは自分たちを拘束し、見張っているが、自分たちに止めを刺すことも、話しかけることさえしてこない。
──こいつらは何を待っている?
ヴァンがその答えに辿り着くのとほぼ同時。
答え合わせをするように、それは飄々とした態度でその場に現れた。
「やぁやぁやぁ。これは一体どういう状況ですか?」
ワザとらしい声。傍らには困惑した様子のリンを連れている。
「神殿騎士の皆さんがこんな場所で……これは穏やかじゃありませんねぇ」
言葉とは裏腹に感情の読めない笑みを浮かべた件の冒険者──ウルがヴァンたちを見下ろしていた。




