第22話
この話を含めて後五話、この土日の投稿で第三章完結予定です。
『────!』
ヴァンたち五人の神殿騎士の姿を見るなり、目標の冒険者たちは素早く警戒態勢をとった。
その予想より速い反応に、ヴァンは予想していたより腕が立つということか、あるいは斥候役が優秀なのか──身なりから後者だろうな、とあたりをつける。
暗黙の了解として迷宮内では必要もなく他のパーティーに近づくことは推奨されない。それどころか救援や顔見知りであるケースなどを除けば敵対行為と見做されてもおかしくない暴挙だった。
元々迷宮は人目の及ばぬ無法地帯だ。かつては冒険者を専門に狙う強盗の類が多く出没しており、取り締まりにより幾分少なくなったとは言え今でもそうした犯罪者は一定数存在している。順路や安全地帯など人通りの多い空間ならまだしも、こんな場所でいきなり接近すればそのまま攻撃され殺し合いに発展しても文句は言えない。
現実にそうなっていないのは、偏に近づいてきた者たちが至高神の聖印を鎧に刻む神殿騎士だからだ。
「そこで止まれ!」
冒険者の一人が鋭くヴァンたちに警告を飛ばす。彼らの手には各々武器が握られ殺気立っていた。
神殿騎士たちはヴァンを先頭に一旦その場で停止。しかし冒険者たちが更なる誰何を行うより一瞬早く、ヴァンが悠然と更に一歩を踏み出した。
『────っ!?』
その挑発的な振る舞いに冒険者たちは身を固くする──が、それだけだ。
──悪くない……が、良くもない。
その反応にヴァンは内心ほくそ笑む。事前情報の通り冒険者たちの戦闘力は高くない。標準的な立ち回り重視の中堅冒険者だと確信する。これなら余裕をもって制圧することができるだろう。
「そう殺気立つな。見ての通り我々は神殿騎士団だ。騙し討ちなどせん」
「信じられるか、アホ! 今テメェらが近づいてきてること自体マナー違反だろうが!」
ヴァンは迷宮内のマナーは理解した上で、場の主導権を握るためワザと失笑して見せた。
「ふっ。下らん理屈だな。怯えるのは貴様らにやましいところがあるからだろう。いかにもならず者らしい怯懦だ」
「ンだとっ!?」
体格の良い男がその挑発にいきり立つが、他の冒険者がそれを抑える。
そして最初に誰何してきた男が警戒も露わにヴァンに問いかけた。
「用件は何だ! そこで言え!」
ヴァンは即答することなく、ゆっくりと彼らを見回してからそれに応じる。
「ウル、という冒険者を知っているな?」
冒険者たちはその唐突な問いかけに顔を見合わせ、訝し気な表情で口を開いた。
「……いきなり何の話だ?」
「質問しているのはこちらだ。貴様らはただ聞かれたことに答えていればいい」
『…………っ!』
ヴァンの挑発的な物言いに冒険者たちの怒気が膨れ上がるが、暴発まではいたらない。
──ふむ。ここで暴発してくれれば手間が省けるのだがな。
彼らも手を出せば負けると理解しているのだろう。簡単に挑発には乗ってこない──無意味なことだが、とヴァンは胸中で失笑した。
「まぁ、いい。その反応は知っているということだな」
『…………』
「貴様らにはそのウルという冒険者と組み、先のゴブリン事案にあたって他の冒険者の活動を妨害したという疑いがかかっている。疑いを晴らしたければこちらの質問に嘘偽りなく答えることだ。回答を拒否したり偽りを述べた場合は罪ありとして連行する」
『──は?』
その強引な理屈に冒険者たちが呆気にとられた。
言うまでもないことだがヴァンの発言はただの言いがかりである。
ヴァンには最初から冒険者たちとマトモに話をするつもりなどなく、怒らせて抵抗させることを目的としていた。
回答を拒否するようなら彼らをこの場で殺害。死体袋に入れて地上に持ち帰り、蘇生して邪魔の入らない場所でゆっくり情報を引き出せばいい。神殿騎士相手に荷物を怪しんで検めようとする者もいないだろうし、仮にいたとしても死体を見つけたので蘇生のために地上に持ち帰っているだけだとしらばっくれればいいだけだ。
逆にこの場で彼らが素直に知っていることを話すようなら少し面倒なことになる。ヴァンは自分たちの行動がただの言いがかりで、外に漏れれば敵対勢力に攻撃材料を与えかねないと理解していた。
このやり取りを表に出すわけにはいかないのだが、口止めをしたとしても冒険者たちが守るとは思えない。
──その場合は少し手間だが、【真偽判定】の奇跡で偽りの反応が出たとでっちあげ拘束するしかないか。
つまり最初からヴァンには彼らを解放するつもりなどない。
ヴァンは形式的に問答という形をとっていたが、それは対外的な名目作りのためでさえなく、この後地上に戻って行われる尋問をスムーズに行うためのものでしかなかった。
「ふざけんな! いきなり迷宮の中にまで押しかけてきて何ほざいてやがる!?」
冒険者の一人が激昂する。
もっともな言い分だ。仮に疑わしいことがあろうと、こんなやり取りをわざわざ危険で人目につかない迷宮ですべき道理はない。
それをするということはつまり。
「……そういうことか」
そしてそのことに冒険者の一人は気づいた様子で表情を険しくする。
「つまり最初から──」
「五秒以内に武器を捨てて両手を挙げろ。拒否すれば抵抗したものと見做して制圧する」
ヴァンは彼らから思考する余裕を奪うように淡々と宣言した。
「な……っ!?」
「五……四……三──」
「ふざけんなっ!!」
「二……一──」
当然たった五秒で敵意を持った相手の前で武器を捨てる選択などできようはずもない。
冒険者たちが戸惑っている間に一方的過ぎる猶予は終わり、五人の神殿騎士はヴァンを先頭に「1-2-2」で陣形を組み、ゆっくりと歩きながら進軍を開始した。
「クソッ、正気か!?」
「言ってる場合じゃねぇ! やるしかねぇだろ!」
戸惑いはあったものの、冒険者たちはその場で武器を構え迎え撃つ態勢をとった。理想は逃げることなのだろうが、砂男が巣くう砂地が邪魔でそれも叶わない。
──予想より判断が早い。これは……
ヴァンが後ろにハンドサインを送ると、後衛の二人が呪文詠唱し至高神の奇跡を願う。
『偉大なる光の大神よ、その腕をもって我らを護りたまえ──【聖壁】』
二重の魔法障壁が彼らを包む。僧侶系呪文の基礎であり、対物理・呪文の二つをたった一つでカバーする最優の防御呪文だ。
この防御呪文はリソースが低くて使いやすい上に汎用性が極めて高く、この障壁で護りを固めた神殿騎士団の進軍は対人戦闘においては無類の強さを発揮する。
それは単純に弓矢や攻撃呪文を防ぐというだけでなく──
──ガチッ……ヒュン!!
地面を抉るように張られた二重の魔法障壁の外側に反応し、仕掛けられていたトラップが起動。捕えるべき獲物のない宙を無為にロープが舞った。
「チィッ!」
──やはり罠を仕掛けていたか。
思ったよりも焦りが小さかったので、ヴァンはもしやと思っていた。
この【聖壁】戦術の強みの一つが障壁を二重に、敢えて一つを広めに張ることで罠探知・解除を行いながら進軍できる点。呪文を維持しながらなので走れないという欠点はあるが、単に護りを固めるだけでなく、唯一の欠点である斥候能力を穴埋めできるこの進軍方法は、無敵の移動要塞として敵対者から畏怖されていた。
防御呪文によって厄介な遠距離攻撃と罠を防ぎつつ距離を詰め、重装の前衛が回復・防御呪文の援護を受けながら近接戦で敵を圧殺する。
単純だからこそ強く、攻略困難な密集陣形。
神殿騎士団が対人戦において無類の強さを発揮し、各教団が皇帝にさえ不可侵を約束させている所以である。
一歩、一歩と着実に距離を詰めていくヴァンたちに対し、冒険者たちの抵抗は続いた。
「落ち着けっ! 防御呪文だって無敵じゃない!」
冒険者の一人が懐から拳大の球を取り出すと、他の者たちもつられて同じように球を取り出す。
「ヤれっ!!」
その合図で、冒険者たちはいっせいにその球をヴァンたちに向けて投げつけ──
──ドグァァァァァッン!!!
魔法障壁に触れた球が次々に爆発し、障壁越しにヴァンたちの身体を震わせる。
炸裂弾による飽和攻撃。【聖壁】の強度も絶対ではなく、物理であれ呪文であれ連続して衝撃が加われば破壊される。冒険者たちの選択は【聖壁】戦術への対処としては有名なものだった。
──やはり持っていたか。
しかしヴァンたちの表情に動揺はなかった。
ウルが炸裂弾などの消耗品を多用する魔導技師であることは調べがついている。当然、彼と繋がりのある冒険者たちが炸裂弾を準備していることは予想していた。
こうした飽和攻撃は有名な戦術であるが故に対処法も確立されている。
ヴァンは再びハンドサインを送ると中衛の二人が呪文詠唱を始める。つまり破られる前に交代で【聖壁】を張りなおせば良い。
飽和攻撃が有効なのは攻撃側の圧が防御側を圧倒している場合に限られる。同数──しかも炸裂弾という弾数に限りのある消耗品では圧倒的に圧力が足りない。
冷静に、余裕を以って冒険者たちの攻撃に対処するヴァン。
この時、炸裂弾に混じって煙幕のような何かが放たれていたのだが──爆発の影響か視界を大きく遮るようなこともなく、炸裂弾が尽きた者の悪あがきだろうと気に留めることはなかった。
──いや、仮に気に留めたところで既に彼らに出来ることなど何もなかったわけだが。
『偉大なる光の大神よ、その腕をもって我らを護りたまえ──【聖──っ!?』
最初に張っていた【聖壁】が破れる直前、完成しかけていた中衛二人の呪文詠唱が不自然に途切れる。
まるでそれは、未熟者が呪文発動に失敗した時のような──
「どうし──っ!?」
異常事態に『どうした』と問いかけるヴァンの叫びを塗りつぶすように投げ込まれる炸裂弾の圧力が増し、張られていた【聖壁】が砕け散った。




