第20話
「──と、ざっとそんな状況だな」
「…………」
自分とその周辺で教会関係者の動きがきな臭い。それを知ったウルは素直に“専門家”に相談することを選んだ。
今のところ色々嗅ぎまわられている程度で具体的な被害はない。当初はしばらく様子見で問題ないかとも考えていたが、エレオノーレたちオークへの対応を聞く限り、あまり油断していい連中ではなさそうだと判断した。
相談相手は当然、ウルが知る限りもっとも迷宮都市の裏に通じたご老体。犬ジイはウルが訪ねていくと、予め事情を察していたかのように彼を事務所に招き入れ、今彼の周りで起きている教会関係者の動きとその思惑について詳らかに解説してくれた。
「……話をまとめると、例のゴブリンヒーローの混乱に合わせて色々企んでいた教会関係者が予想より早く事件が収束したせいで色々損害を被った。どこのどいつが自分らの邪魔しやがったんだと調べてみると、緘口令が敷かれてて詳しくは分からないけど怪しい奴がいるじゃないか。しかもそいつは自分たちと因縁深いスラムの顔役と色々関係があるらしい。ハニトラしかけて情報を抜こうとしたら、やけに腕の立つ冒険者の妨害にあった。それをスラムの顔役がガードしているんだと勘違い。こんなにガッツリガードしてるってことは、そいつにはスラムの顔役にとって重要な何かがあるに違いない。こうなったらもう手段は選んでいられないぞ、と?」
「ああ。まとめたにしちゃ話が長いが、概ねそんな理解で間違いない」
胡乱な目つきで滔々と語るウルの言葉を、犬ジイは実際に自分が彼の周辺をガードさせていたことは語らず肯定した。
ウルはしばし苦い顔で沈黙した後、ポツリと。
「……つまり、俺が目を付けられてるのは原因の五割ぐらいはそっちにあるってことでは?」
「バカ言うんじゃねぇ」
半眼で睨みつけるウルに、犬ジイはキッパリと否定する。
「精々一、二割程度だろ」
本音では三、四割以上。
結果論ではあるが、ウルと自分の間に関りがなく、また自分が念のためにとガードをつけていなければ、ここまでややこしい状況にはなっていなかっただろうという確信を棚に上げ、犬ジイは堂々と言い切った。
しかしウルは更に目を細めて追及する。
「責任があることは認めるんですね」
「──ほ。言うようになったじゃねぇか」
「おかげさまで」
楽しそうにニヤニヤ笑う犬ジイから視線を逸らし、ウルは彼の部下が出してくれたお茶に口をつけ溜め息を噛み殺した。
──思ったより面倒くさそうなことになってるな。
自分を取り巻く現状について情報が入ったこと自体はありがたいが、その内容は全く喜べない。単に注目されて勧誘か嫌がらせをされる程度かと思っていたのに、目の前のご老体の身内扱いされてしまっているとは。それはつまり、教会関係者が最悪こちらを排除する方向で動きかねないということではないか。
──いや、待てよ? 教会関係者が俺を犬ジイの身内扱いしてるってのは犬ジイがそう言ってるだけだ。嘘を言っているって可能性は…………いや、それは自惚れ過ぎか。俺がスラムの住人と組んで色々やってるのは普通に知られてることだもんな。
一瞬、犬ジイが自分を完全に取り込むために嘘をついている可能性を疑い、すぐさまかぶりを振ってあり得ないと否定する。
彼は孫娘と同じで、裏の住人だからこそ敵対者以外には騙し討ちのような真似はしない。ウルはそのことをこれまでの付き合いから理解していた。
「で、どうする?」
「……どうする、とは?」
犬ジイの曖昧な質問に顔を上げると、老人の目にはこちらを試すような光が宿っていた。
「若干とは言え、俺と関わったことでお前さんに迷惑をかけたことは事実だ。連中がお前さんにちょっかい出さんよう、俺が間に入ってやろうか?」
「…………」
「どうした、そんな胡散臭そうな顔して。別に後から金だ貸しだのと小せぇことを言ったりしねぇよ」
その言葉自体に嘘はないだろうが──
「……遠慮しときます」
「ほう? 理由を聞こうか」
「それをやったら俺は対外的に完全にあんたの部下だと見做されちまうでしょ。あんたは敵が多い。そうなったら結局、俺はあんたの庇護下でしか生きてけなくなっちまう」
ウルの言葉に犬ジイは気を悪くした様子もなく、むしろ満足そうにニヤリ唇を吊り上げた。どうやらこちらを試していたらしい。
「くくっ。ならどうするつもりだ?」
こちらの苦労を面白がるように顔を覗き込んでくる犬ジイ。
今まさにそれを考えていたウルは、考えを整理するように選択肢を口にする。
「……情報を欲しがってるなら素直に教えてやる──ってのは悪手ですよね?」
「ああ」
犬ジイはウルの日和った意見を鼻で嗤った。
「何の条件もなくお前さんから歩み寄れば、連中はそれを弱気からくる譲歩と取るだろう。そうなったら全部むしり取るまで放しちゃもらえんぞ」
「……ですよね」
言ってみただけだ。どのみちギルドから緘口令が敷かれていて勝手にそんなことはできないわけだし。
だが逆に強硬な手段に出るのも上手くない。自分にちょっかいを出してきているのが『教会関係者=過激派』であるとしても、そのメンツを潰すような真似をすれば至高神の信徒そのものを敵に回しかねない。冒険者を続けていくならそれは絶対に避けなくてはならなかった。
そもそも神官──特に神殿騎士は対人戦においては最強の職業だ。怒らせて直接的な武力行使に出られるのは遠慮したい。
──いや。逆に言えば、落としどころさえ見つけられるなら、それはそれで交渉材料になる、か……?
ウルの頭の中でバラバラのピースが浮かび上がり、朧気ながら一つの像を形作っていく。
「何か思いついたみたいだな?」
「……まぁ」
言ってみろよと顎で促す犬ジイに、頭の中の像を壊してしまわないようにゆっくりと口を開いた。
「今回の件はそちらにもいくらか原因があります。これは確認ですけど、いくらか手を貸してもらうことは可能ですか?」
「条件次第だ」
ウルの言葉を否定も肯定もせず、犬ジイは次の言葉を待った。
この条件という言葉をもし利益や対価について言っているのだと解釈すれば、恐らくとんでもない条件を付きつけられて話は破綻するだろう。
「つまり、落としどころをどこに持ってくるか、って話ですよね」
「分かってるならいい」
第一関門はクリア。
「俺が考えてるのは──」
ウルの語るプランに犬ジイは時折質問しながら耳を傾ける。
その作戦はアイデアこそ光るものがあるが、長年この迷宮都市で暗闘を繰り広げてきた老人からすれば粗く穴も多い。
だがウルが目指すゴール──落としどころは、とても彼好みのものだった。
「……悪くない。だが連中は情報収集にかけちゃ専門じゃない。いっそ大袈裟に──」
結局、ウルのプランは犬ジイによる若干の修正を加えた上で実行に移された。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「──件の冒険者と繋がりのあるパーティーを見つけました」
前回の話し合いから四日後。
神殿騎士ヴァンの執務室に、顔に喜色を浮かべたリンが飛び込んできた。
これ以上時間が空けばまた上司から経過報告を求められ詰られるだろうと考えていたヴァンは、内心の喜びを押し殺し、冷静を装って部下に報告を促した。
「指示のあった通り、中堅以下のパーティーで羽振りの良い連中を探っていました。ただ今は需要が増して一時的な好景気ということもあり、浮かれた冒険者が多く中々ターゲットを絞れずにいたのですが──」
そこでリンは一呼吸空け、無意識だろうがもったいぶるように続く言葉を口にする。
「そうした羽振りの良いパーティーの一つと、件の冒険者が宴席を共にしていました」
ヴァンはあくまで慎重に、その情報を頭の中で精査する。
「……ふむ。そのパーティーが例の騒動に関わっていると考える根拠は当然それだけではないのだろう?」
「はい。まず周辺の聞き込みをした限り、件の冒険者は『犬』の孫娘やオークとパーティーを組んでおり、他の冒険者たちと組んで仕事を行ったという情報は出回っていません。当然、そのパーティーと件の冒険者が組んだという話はなく、プライベートで繋がったと考えるのも彼の日頃の行動を鑑みるに不自然です。また件の冒険者は『犬』との関係から他の冒険者から距離を置かれていますので、縁の薄い者たちから偶々飲みに誘われたとは考えにくいかと」
なるほど、確かに匂う。
「そのパーティー自体は無名で、実力的にはせいぜい中堅どころだそうです。周辺に聞き込みしてもあまり情報は出回っていませんでしたが、酒場での振る舞いを見る限り実力の割に羽振りがよく、それもここ最近のことだと」
指示した条件にも合致している。
それに情報があまり出回っていないということは、冒険者によくいる飯のタネを外に漏らしたがらない閉鎖的なパーティーということだ。それが自分たちから外部の人間を誘ったとなると、よほど気を許しているか、積極的に繋がりを持ちたいと思っている人間。
例えばゴブリン騒動で世話になり、大きく儲けさせてもらったとか。
「……そのパーティーの背後関係は?」
「確認した限り、特に気にしなければならないようなものは見つかりませんでした」
「…………」
ヴァンはリンの報告を受け、瞑目し、しばし黙考する。
沈黙はたっぷり一分ほども続いただろうか。彼は目を開けると、覚悟を決めたように宣言した。
「……司教をこれ以上お待たせするのは上手くない。私が直接その者たちに話を聞きに行くことにしよう」




