第22話
本日中に第二章のラストまで投稿予定です。
どうぞよろしくお願いします。
「順調、だな」
「…………」
目の前で繰り広げられる仲間たちとゴブリンたちとの戦闘を見ながら、エレオノーレが後方に控えるウルに話しかける。
戦況は前回とは打って変わって一方的な様相を呈していた。
優勢に戦いを進めているのはもちろん冒険者たち。元々上級冒険者のフルウたちを中心に個の力ではゴブリンを圧倒している。ゴブリンたちの数はこちらの倍以上。しかし実力差を埋めるにはその程度の数では全く足りていない。
元々このゴブリンの一団が厄介だった要因の一つが、実力差も死も恐れず襲い掛かってくる『狂化』バフ。しかし今のゴブリンたちはすっかり正気に戻ってしまい、未だ逃亡者こそ出ていないものの、怯えて本来の力しか発揮できていない。
それでも何とかゴブリンヒーローがこちらの行動を牽制し致命的な崩壊こそ防いでいたが、ハッキリ言ってジリ貧だ。
前回、あれほどゴブリンヒーローが猛威を振るっていたのは、狂奔する周囲のゴブリンたちが最高の隠れ蓑になっていたため。今のゴブリンたちは動きが鈍く、こちらに対する圧が全く足りていない。この中で前回のような派手な動きをすればゴブリンヒーローの位置は丸わかりだった。
岩の上からこちらを狙っているゴブリンの射手たちだけは狂奔状態のままだが、如何せん数が少なく、また射手にとって狂奔はメリット足り得ない。
──パシュン!!
『ギィッ!?』
興奮して身を隠すことも忘れ攻撃してきたところをロットたち遠距離攻撃組に狙い打たれ、ほどなく全滅した。
戦況がこれほど一方的なものとなっている要因は大きく二つ。
一つはウルが準備した【鎮静】の効果を範囲にまき散らす弾丸。
もう一つは迷宮構造と魔物の生態を熟知したレーツェルがゴブリンたちの拠点を推測し、そこからゴブリンたちの襲撃地点を誘導できたことだ。
前者については元々エレオノーレに持たせた腕輪の【鎮静】の効果を短時間でも広範囲に及ぼす魔道具があれば、何かあった時オークの暴走を止めるのに役立つのではないかと思い付きで作っていた代物。
今回の『ゴブリンヒーロー討伐作戦』の骨子は、この鎮静弾によってゴブリンたちの『狂化』バフを解除し彼らをただのゴブリンへと引き戻すことにあった。
仮にゴブリンヒーローがリーダーとしてどれだけ優れていようと命令を受けていたのは所詮本能優先のゴブリンたちだ。元々完璧な指揮統率など望むべくもなく、『狂化』バフさえなければ烏合の衆。もはや周囲のゴブリンたちはゴブリンヒーローの足手まといにしかなっていない。
唯一、作戦立案時にウルが頭を悩ませたのは、この鎮静弾を効果的にゴブリンたちにぶつける方法。鎮静弾自体は乱戦に持ち込まれても使用可能だが、それではこちらの被害も馬鹿にならないし効果的な追撃も難しくなる。
そしてそれを解決したのがレーツェルの知識と戦術。
彼女はゴブリンたちにワザと地形の優位を取らせることで襲撃地点と戦術を限定させ、鎮静弾を最大限に活かす状況を作り出した。
また作戦を提示した時、レヴからは鎮静弾で『狂化』バフが解除できなかった場合を懸念されたが、それはウルだけでなく魔術に造詣のある複数の者から否定された。
『グォォォォォォッ!!!』
『────!』
戦場に鳴り響くゴブリンヒーローの咆哮。その大音量と迫力に冒険者たちが一瞬身を固くする。しかし──
『…………?』
──バタリ
ゴブリンヒーローの意に反し、ゴブリンたちの中から地面に倒れ伏すものが現れる。一匹、二匹──いや、倒れこそしていないものの、ゴブリンたちの大半はフラフラと身体が泳いでいた。
「リーダー、あれは……?」
「……多分、改めて『狂化』バフをかけなおそうとして失敗したんだろ」
エレオノーレの質問に、ウルは戦場から目を逸らすことなく淡々と答えた。
「狂戦士症候群もそうだけど、『狂化』って要は精神異常だからな。強制力を高めれば当然かけられる側の脳には強い負荷がかかる。鎮静弾の干渉力を突破して『狂化』させようとした結果、ゴブリンの脳がそれに耐えられなくなったんだ」
『ギャヒゥ!?』
『ギャギャァッ!!』
ゴブリンヒーローの援護が逆効果となり、ゴブリンたちが次々と命を落としていく。ゴブリンヒーローは何とかそれを食い止めようと妨害を試みるが、位置もタイミングも丸わかりでしっかり警戒されていてる状態では、流石に一撃でこちらの命を刈り取るような神業は不可能だ。
「ぬぅ……っ!」
それでも遠目にも冗談としか思えないような動きで何とか冒険者に手傷を負わせるが──
「ガーヴィー!」
「助かるわい!」
即座に後衛が回復呪文や霊薬を飛ばし、その傷を癒してしまう。
そしてゴブリンヒーローが足止めされている間に他の場所では確実にゴブリンたちが数を減らされていく。もはや誰の目にも戦いの趨勢は決したものと思われた。
ウルから見てゴブリンヒーローは、確かに奇跡のような確率で望む結果を引き寄せる超人かもしれないが、決して不可能を可能にする化け物ではなかった。
ゴブリンヒーローの知識や想像の外にある事象には対応できないし、何でも思い通りにできるわけではない。
言うなればゴブリンヒーローは骰子の目を自在に操る博打師のようなものだ。勝ちたいのなら本人以外を狙うか、骰子の出目以外のところで勝負すれば良い。
「後はいかにゴブリンどもを逃がすことなく網を手繰り寄せるかだが……その際、大物をどう扱ったものか」
エレオノーレが戦況を見ながら呟く。
「無理に収めようとすれば網ごと食い破られるかもしれないが、この好機を逃すのは惜しい。当初の予定とは違うが、いっそプランCに切り替えゴブリンヒーローを直接狙うべきではないだろうか?」
プランCとはウルが大量に用意した炸裂弾を中心とした範囲飽和攻撃によるゴブリンヒーローの圧殺だ。いくらゴブリンヒーローが呪文抵抗や生死判定に成功し続けようと、判定が無意味なまでの火力で押し切れば殺せる。
周囲のゴブリンを削るという作戦は想定以上に完璧にハマっており、既に十分な成果を得た。いっそこの機にゴブリンヒーローまで殺しきってしまおうというエレオノーレの判断は正しいし、前線で戦っている幾人かも同様のことを考え始めていた。
しかし──
「…………」
「リーダー?」
エレオノーレが反応のないウルの顔を覗き込むと、圧倒的優位にありながらウルの表情はこわばり、その身体は微かに震えていた。
「うっせ、油断してんじゃねぇよ」
ウルに叱責され一瞬面食らったエレオノーレは、直ぐにムッとした表情になり言い返そうとする。
「なに──」
「エレナ、何のためにお前がここにいると思ってる」
ウルの視線はエレオノーレではなくゴブリンヒーローに向けられ離れない。
「忘れたのか? この程度で終わるような相手ならわざわざお前を護衛役に回したりしねぇし、俺は地上でノンビリ結果報告を待ってるよ」
「…………」
エレオノーレは作戦会議の内容を思い出し口ごもるが、内心『まさか』との思いでいっぱいだった。
確かに理屈は分かる。可能性は否定できない。だがあの状況からゴブリンヒーローが逃げる以外の選択肢を見つけることができるかというと──
「──アレは必ずこの状況からでも勝ち筋を見つけ出す」
エレオノーレの心の声を見透かしたようにウルは断言した。
「…………」
エレオノーレもまたウルの視線の先にいるゴブリンヒーローを見やる。
既に多くのゴブリンが倒れ伏し、多勢に無勢の状態でボロボロになりながら仲間を庇っている。その働きは敵ながら天晴れとしか言いようがない見事なものだったが、しかしそれだけに余力があるようには全く見えない。
この状況で戦場全体に視界を広げ、戦術に思考を巡らせる余裕などある筈が──
『────!』
「────!」
──目が、合った。




