第21話
敵が現れた──見張りからの報告を聞き、ゴブリンヒーローは『やはり』と『ようやく』の二つの感想を同時に抱いた。
前回人間たちの襲撃を追い払って以降数日間、こちらを警戒したのか人間たちは迷宮内にとんと姿を見せなくなっていた。
だが人間たちが迷宮を諦め自分たちを見逃すとは考えにくく、いずれ準備を整え再襲撃してくることは予想できていた。一方、同胞──特に非戦士たちはそうは考えなかったらしく、怖気づいた人間たちを駆逐しろと騒ぎ始めていた頃合い。決して人間たちの襲撃を喜ぶわけではないが、これ以上内なる敵の相手をしなくて済むとホッとしたのは事実だ。
『ギ、ギギィ、ギヒャ(敵の数と位置、侵攻ルートは?)』
見張りからの報告内容は予想の範疇ではあったが、あまり芳しいものでもなかった。
敵の数は十数名。位置はまだこの仮集落から離れているが、真っ直ぐこちらに向かって移動してきている。彼らがこちらの襲撃を警戒しながら移動したとしても、恐らくあと半日とかからずここに到着してしまうだろう。
偶然か?──と考え、ゴブリンヒーローはすぐにそれを否定した。
あれだけ手痛いダメージを与えた敵が迷いなく侵攻してきている。その事実を甘く見るのは危険だ。敵は自分たちの行動パターンからこちらの拠点を割り出したと考えるべきだろう。
敵の人数は決して多いとは言えず、こちらは仮集落に護りを残しても倍以上の戦士を迎撃に回すことができる。だからこそ敵が無策で攻めてきたとは考えにくく、油断できないとゴブリンヒーローは気を引き締めた。
しかし仲間たちはそうではなく、先の戦勝を経験した戦士たちを中心にすぐに叩きのめしに行こうと興奮している。ゴブリンヒーローはそれを窘めようかと一瞬迷い──下手に怯えさせるよりこのまま突っ込ませた方がいいと考え思いとどまった。どのみち自分たちの勝機は乱戦にしかない。敵の罠も策も自分が潰せばいいのだ。
幸いと言うべきか敵の侵攻ルート上には迎撃に有利なポイントがある。
そこを上手く利用すれば乱戦に持ち込むことは難しくないし、乱戦に持ち込めば大体の策は潰せるはずだ。
ゴブリンヒーローはそう判断し、およそ三〇名ほどの戦士たちを連れて迎撃に向かった──胸の奥底で鳴り響く微かな警鐘を無視して。
ゴブリンヒーローが迎撃地点として選んだのはちょっとした丘ほどの高さがある大岩がいくつも転がるポイント。ここを通過するには人間たちはどうしても岩の隙間の隘路を通過せざるを得ない。当然彼らも襲撃は警戒しているだろうが、どれだけ警戒していようとこの地形において主導権は迎撃側にある。
『ギギッ!』
人間たちがやってきた。
人数は全部で──十四名。皆一様に警戒した面持ちで奇襲を警戒しながら慎重に進んできている。
顔の区別ができるほどの距離に近づいて、ゴブリンヒーローは人間たちの顔に見覚えがあることに気づく。全員、つい数日前に撃退した者たちばかりだ。
一度痛い目を見た者たちが援軍もなく自分たちだけで進んで攻めてくるとは考えにくい。何か考えあってのことだろうが──あるいは彼らにも自分のように思い通りにならない事情があってやむを得ず再侵攻してきたのかもしれないと、ゴブリンヒーローは妄想染みた共感を抱いた。
ただしそれはほんの一瞬だけ。
ゴブリンヒーローは大岩上部の陰に隠れた弓使いたちにハンドサインで合図を送る。
人間たちと自分たちの距離は約五〇メートルほど。
攻撃系であれ感知系であれ、一般的な呪文の射程はおよそ三〇メートルほどであることが多いと、ゴブリンヒーローは数多くの実戦経験から理解していた。これ以上近づかれれば敵にイニシアティブを握られる恐れがある。
──ヒュン!!
「いたぞ、敵襲だ!」
大岩の上から四人の射手が矢を放つと、人間たちは即座に警戒し守りを固める。
しかし射手同士の戦いは地形で上を取った方が圧倒的に有利。ゴブリンの弓使いの腕はお世辞にも上手いとは言えないが、射線・射程の問題から人間たちは守りを固めて突撃してくるしかない。
「怯むな! 狙いは甘いし威力もない! 余程運が悪くない限り死にはしない!」
予想通り頭上に盾を掲げて突撃してくる人間たち──
『ギギィ!!!(突撃!)』
それにカウンターを合わせるように、岩陰に分散して隠れていた仲間たちが人間たちめがけて突撃していく。
距離は少し離れていて何人かは接敵前に倒されてしまうかもしれないが、射手の攻撃で呪文詠唱は牽制しているし、先日この身で味わった爆発する球を警戒して仲間たちには皆盾──木の板に簡単な取っ手をつけただけの粗末なもの──を持たせている。人間たちが何を仕掛けてこようと、損害は最小限で抑えられるはずだ。
「──投擲部隊!」
『応っ!』
後ろにいた男の合図で、四、五名の人間が一斉に仲間たちに向けて球体を投擲する。
自分たちが分散して隠れていたとはいえ、ある程度距離を空けた状態から突撃したため四方から襲い掛かるというわけにもいかず、仲間たちの突撃位置は人間たちの前方に偏っていた。いや、それでも範囲呪文の一発や二発に収まらない程度には分散していたが、範囲呪文か以前見た爆発する球を四、五発も投げ込まれれば、ギリギリ範囲に収まってしまう程度の位置関係。
──だがそれこそがゴブリンヒーローが人間たちに仕掛けた誘いだった。
確かに範囲攻撃は厄介だが、盾を持って直撃さえ防げば一発で戦闘不能になる可能性は低い。怖いのは二発、三発と集中攻撃されることだったが、敵は群れ全体に満遍なくダメージを与えようと考えたのか、投擲を分散させた。
その球が爆発物ではなく以前喰らった刺激性の煙幕という可能性もあったが、あれが有効に作用したのは全身に傷を負っている状況だったからこそ。この状況なら数秒息を止めるだけで突破できる。
あらゆる状況を想定して集団の後方に紛れていたゴブリンリーダーの目の前で球体が爆発する。
──パシュゥ!!
球体からまき散らされたのは爆炎ではなく、仄かに輝く霧に似た粒子。
『ギギャ!!(息を止めろ!)』
──煙幕だ。
そう判断したゴブリンリーダーは鋭く叫んで息を止め、既に戦の興奮で狂奔状態にあった仲間たちも、彼の言葉にだけは反射的に従い息を止めて突撃する。
まき散らされた煙幕はゴブリンリーダーの肌や目に触れるが、痛みや刺激は特に感じない。むしろ少しひんやりして気持ちいいぐらいだろうか。油断はできないが、少なくとも即効性のある毒や催涙弾などではなさそうだ。
周囲を見回しても、痛みなどを訴えている仲間はいない。
──行ける!
煙幕の範囲を突き抜け、人間たちの集団まであと一〇メートル。
「仕上げだよん!」
敵の女の一人が少しタイミングを遅らせて集団の中心に球を投げ込んでくる。
──ドヴァァァン!!
今度は爆弾。接敵間近ということもあって範囲内に三分の一近い仲間が巻き込まれたが、キチンと盾で直撃は防いでいる。無傷とはいかないが、問題はな──
『ギヒャァ!?(痛ぇ!?)』
『グギャ、グギィ……(ひ、ひぃ……)』
──唐突に。夢から醒めたように。仲間たちの動きが止まった。
『グギィ!? ギギィ!!(どうした!? 突撃しろ!)』
ゴブリンヒーローはそう檄を飛ばすが、勇敢だった戦士たちは見る影もなく怯え、人間の戦士たちを前に立ち竦んでしまっている。
──マズい!
理由も原因も分からない。
だが、この隙を人間たちが見逃すはずがない。
ゴブリンヒーローは自分たちが死地に誘い出されたことを今更ながらに理解した。




