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ひよっこ魔導技師、金の亡者を目指す~結局一番の才能は財力だよね~  作者: 廃くじら
第二章

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第16話

虚空から突然現れたヒューマンの女──カナン──に混乱するゴブリンの一団。


しかしその混乱は意識朦朧としたエレオノーレを連れて離脱できるほどではなく、また先ほどまでカナンの姿を消していた魔道具は事前に製作者ウルから説明があった通り、連続使用ができない。


カナンは焦っていた。

しかし決して無策でこの場に突っ込んできたわけではない。


「──エレナ! 寝るな! 意識を保て!」

「カナ……ン?」


カナンは気で一時的に全身を強化しながら、左腕でエレオノーレの背を支え、右足の蹴りでゴブリンの群れをけん制。更に並行して右手で紅い精石で出来たペンダントを取り出し、エレオノーレの首にかけた。


『────!』


その様子を見ていた一匹のゴブリンが、再び姿を消す可能性を警戒し持っていた短刀をカナンに投擲、動きをけん制する。


「──ぐっ!?」


カナンは手甲で辛うじてそれを受けたが、運悪く刃は手甲の継ぎ目に命中し彼女の右手首を浅く抉る。


これでしばらく右手は使えない。攻撃力は削いだ。仮に姿を消されても血の匂いを辿ることができる。敵の手札は封じた、と判断したゴブリンは、混乱から立ち直っていない仲間たちの隙間を縫ってカナンに接敵。鋭い爪を手刀のように振るいカナンの急所を狙った。


徒手空拳はカナンの領分だったが、エレオノーレを庇いながら、しかも右手を負傷した状態では防戦一方。首や目といった致命的な部位への攻撃こそ防いだものの、肩と腹部に浅からぬ裂傷を負い、体勢が崩れた。


そこに止めを刺すべくゴブリンは右腕を弓のように引き絞り──カナンの口元に薄い笑みが浮かんでいるのを見て、その脳を一瞬で冷ます。


「──目を閉じろ!」


叫んだのはカナンではなく遅れて現場に到着したウル。横にはガーディアンの背に乗ったレーツェルと、召喚した妖霊ジンに自分を抱えさせたエイダの姿もある。


この場にいるゴブリンに共通語は理解できない。

だがカナンに襲い掛かっていたゴブリンは、彼らと彼らが投げ込んだ球体を視界に入れた瞬間、ウルと全く同じ警告をゴブリン語で発していた。


『──ギギィ!(目を閉じろ!)』


そのゴブリンは冷静だった。

乱戦──ボロボロの仲間がいる状況で、範囲攻撃はない。五感──仲間に与える影響を考えれば、あれは恐らく閃光などで視覚にダメージを与えるものだろう。念のため大きな音や催涙効果も警戒して両腕で口元と耳を覆う。


それは間違いなく、この状況から予測しうる限り完璧な対処。


──しかし。その場に投げ込まれた炸裂弾・・・は、その爆炎で容赦なく味方ごとゴブリンたちを薙ぎ払った。




時は少し遡る。


エレオノーレと思しき白いオークが衛兵の制止を振り切って一人迷宮に入っていった──カナンたちから話を聞いたウルとレーツェルは、情報の確認も後回しに、すぐさまエレオノーレを追いかけることを選択した。


同時に、現状どんな異常事態が起きているか分からない迷宮に潜るのだからと、ウルは自分が作った魔道具を惜しみなくカナンたちに預けた。


それはただ炸裂弾や煙幕などの従来からあったアイテムの在庫を補充しただけではない。ここ一〇日間以上バイトに行けず、迷宮にも潜れなくなっていた彼が、時間と、プチ成金化していた財を惜しみなく使って作り上げた試作品の数々。


例えば今の彼の技量では製作不可能な【透明化インヴィジリティ】の効果を持つ腕輪を、核となる魔石を使い捨ての交換式カートリッジで実現したものだったり。


エレオノーレに持たせた腕輪の【鎮静カーム】の効果を範囲にまき散らす弾丸であったり。


本来雀の涙ほどの効果しか持たない属性耐性の護符アミュレットを使い捨てにすることで、瞬間的に完全耐性を付与するしろものだったり。


ウルはその性能や彼が想定する使い方の説明と共にそれらをカナンたちに預けたのだが、それを聞いた彼女たちの反応は──


『……馬鹿じゃないの(ねーの)?』


という呆れと慄きが混じったモノだった。


レーツェルは更に『絶対に売る相手は選びなさいよ。テロリストに売ったらマジで国が傾くからね!』と厳しく注意していたが──




──ドヴァァァァ、ドヴゥゥゥン!!


ウルが投げ込んだ炸裂弾の爆発に、カナンが隠し持ったまま使う隙の無かった炸裂弾が誘爆し、二重の爆発が周囲を薙ぎ払った。


近くにいたゴブリンたちは爆炎に焼かれて吹き飛ばされ、離れていたゴブリンも衝撃に動きを止める。そして使い捨ての属性耐性護符を装備していたカナンとエレオノーレは──


「──ぶあっはぁっ!?」

「────!!」


炎の熱によるダメージは完全にシャットアウトされていたものの、至近距離で放たれた二重の爆発の衝撃までは完全には殺しきれず、ゴロゴロともつれ合うようにウルたちの方へ転がってきた。そこに慌てて駆け寄るウル。


「大丈夫ですか!?」

「~~っ、大丈夫な訳あるか!!」


カナンが大声で文句を言う。

しかし衝撃の大部分は防げていたようで、派手に吹き飛ばされた割に目立った負傷はない。しかも彼女はエレオノーレの巨体を庇いながら転がっていたのだから、頑丈と言うか律儀と言うか。


「何が『炎のダメージは完全シャットアウトです』だ! しっかり痛かったぞ!?」

「それはあくまでカタログスペック上の話なので……」

「人に使わせる前にテストぐらいしとけっ!!」

「モニターありがとうございました」

「ざけんなっ!?」


興奮するカナンとやり取りしながらウルは二人に霊薬ポーションをかけて傷を癒す。カナンの負傷は大部分目立たなくなったが、エレオノーレは先の衝撃で完全に意識を失っていて目覚めそうにない。呼吸や脈拍はしっかりしているので一先ず命の心配はなさそうだが、早く地上に連れ帰って治療師に見せる必要があった。


だがしかし──


『ギィ……ギィィ!』

『グギィィィ……!』


先の爆炎で約半数が焼け死ぬか、戦闘不能に陥ったゴブリンたちだが、未だ半数は戦闘可能な状態。仲間を殺された怒りでとてもこちらを逃がしてくれそうには見えない。しかも先ほどカナンを追い詰めていた個体は至近距離で爆炎に焼かれながら五体満足で立っている。流石にダメージはあったようですぐには動けそうにないがどういう理屈だとウルは顔を顰めた。


ウルたちの戦力はカナン含めて四人。

ゴブリンの戦力は動けそうなのがおよそ七、八匹。

普通に戦えばウルたちが負けるはずのない戦力差だが、目の前のゴブリンたちは爆炎に焼かれながら逃げ出す素振りも見せず、明らかに普通ではない。それに加えてあの見た目には普通のゴブリンにしか見えない異常個体イレギュラー


「──二人はエレナをお願い!」


ウルが判断に迷っている内に、そう言って脇をすり抜けゴブリンたちの方へ駆けていったのはレーツェルとエイダ。


ウルとカナンはその意図を正確に察し互いに顔を見合わせ頷き合う。そして左右から意識を失ったエレオノーレの肩に腕を回し、ゴブリンたちと逆方向に先んじて逃走を開始した。


『ギヒャヒィヒィィ!!』


逃がすものかと追いかけようとするゴブリンたち。それに対しレーツェルとエイダはそれぞれガーディアン、妖霊に移動を任せながら、先ほどウルが投げ込んだ炸裂弾とよく似た球体を二人同時にゴブリンたちに向かって投擲した。


『ギィィ!』


同じ手は二度は食わない。

ゴブリンたちの対応は冷静で迅速だった。炸裂弾の爆炎を経験した彼らは、それは確かに強力ではあるが間に何か障害物を挟めば大幅に威力は減衰し、即死はしないことを既に理解していた。


ゴブリンたちは地面に転がる同族や冒険者の死体を盾にすることで爆炎を防ごうとする──が、同じ敵に同じ手を二度使うほど彼女たちは甘くなかった。


──バフゥゥンッ!!


『ギ? グギ…………ギャィィッ!?』

『──グギャギャァァァッ!!?』


ゴブリンたちの予想に反して、地面に衝突した球体から広がったのは爆炎ではなく白い煙。


──煙幕か!?


咄嗟に口元を覆ったゴブリンたちだったが、これはその程度で防げるものではなかった。


ゴブリンたちは皆、先ほどまでの戦闘や爆発で大なり小なり全身に傷を負っている。そして煙がその傷に触れた瞬間、傷口に刺激物を塗り込まれたような激痛が彼らを襲い、その場でのたうち回った。


レーツェルとエイダは煙幕に巻き込まれない位置でそれぞれガーディアンと妖霊から飛び降り、距離を維持してゴブリンたちを警戒。ガーディアンと妖霊に地面に転がる二つの冒険者の死体を回収させる。


「……凄い効き目だけど、これ何なの?」

「濃縮した辛子を混ぜた煙幕だってさ。皮膚が弱い人は凄いことになるから絶対素手で触るなって言ってた」

「……ひどいね」


大人しそうな顔をしてエグいアイテムばかり作っている少年の顔を思い浮かべ、エイダは呆れた様子で溜息を吐く。


そして大惨事となっているゴブリンの群れの中から死体を回収してきたガーディアンと妖霊が近づいてくるのを見ながら、レーツェルに確認を取った。


「この状況なら私たちだけでも倒せそうだけど──どうする?」

「やめときましょ」


レーツェルは即答した。


「どうせこの場にいるゴブリンが全てじゃないだろうし──」


彼女の視線の先にいるのは、他のゴブリンと同じように煙幕を浴び、全身に激痛が奔っているはずなのに、微動だにせずこちらを睨みつけている一匹のゴブリン。


「──あれがいる限り、多分勝てない」

「…………」


エイダから反論はなく、結局二人は追撃を警戒しながらゆっくりと撤退していった。

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