第15話
オークの女戦士──エレオノーレは、迷宮でゴブリンの一団に襲われ半壊状態にあった冒険者たちを発見するなり、自身の危険も省みず突撃した。
少し前までの自分なら戦いの熱に当てられ暴走状態に陥ってだろうが、ウルがくれた【鎮静】の腕輪がその狂奔を抑える。胸の中で燃え盛る炎はそのままに、頭は冷静さを維持していた。お陰で今、自分は人を助けるために槍を振るえるのだと、胸の別の部分が温かくなるのを感じる。
「──オーク!?」
逃げ遅れ、ゴブリンの一団に取りつかれそうになっていた若い戦士がエレオノーレを見て悲鳴を上げる。そして、彼女──オークをゴブリンの仲間と見做したのだろう。
「うわぁぁぁっ!!」
「──ぐぅっ!?」
若い戦士が放った剣の横薙ぎがエレオノーレの肩を切り裂き、鮮血が飛び散る。
咄嗟に放たれた雑な斬撃であり、種として厚い皮と肉に覆われたエレオノーレにとってはかすり傷、行動を阻害するほどではない。彼女はギロリと攻撃してきた戦士を睨みつけると、
「ひ──っ!?」
「──速く仲間を連れて逃げろ!」
そう言って、彼に目もくれずゴブリンの一団に槍を振るった。
『ギャィ!!?』
オークの剛腕から繰り出される大振りの攻撃が、ゴブリンの集団の統制を崩し混乱させる。ゴブリンに取りつかれていた冒険者たちも、その隙にゴブリンを振り払うことに成功していた。
「…………は?」
「──おいレヴ! 何ボサッとしてる! 逃げるぞ!」
「あ、ああ……」
オークの救援という予想外の事態に茫然とする若い戦士を仲間が怒鳴りつけ、正気を取り戻させる。
彼は一瞬、地面に倒れた仲間に視線をやり──
「──ギルは諦めろ! 死体を回収していく余裕はない!」
「~~っ!! 全員、撤退だ!」
仲間の死体を打ち捨て、謎のオークを囮に、若き冒険者たちはゴブリンの前から逃走した。
冒険者たちの姿が小さくなっていくのを背中に感じ、エレオノーレは最低限の役割は果たせたと胸をほっと撫でおろしていた。
エレオノーレは迷宮を訪れた時点で死ぬ気であった。
死ぬことで、人々から同胞にかけられた疑いを晴らそうとした。故に、人を救って死ぬこの結末は、彼女にとって望み通りのものだった。
エレオノーレはエンデの半迷宮に棲みつくオークの氏族、その族長の一番下の娘だ。勇猛果敢な性格で勇者を好み、人との関りにおいても開明的で公平。技量こそ未熟だが戦士としての才能は一族の中でも随一で、いずれ族長──オークは女系種族──になるのではと目されていた。
そんな将来有望なエレオノーレだが、幼い頃──といって現在もまだ十二歳だが──は暗い洞穴の中でコソコソ隠れ住む自分たちの生き方に反発し、荒れていた。か弱い人類に怯える大人たちに不満を抱き、血の気の多い子供たちを引き連れて迷宮都市に攻め込もうとしたことさえある──結局、マザー一人に鎮圧され丸一日吊るされただけで終わったが。
しかしその後、ことの顛末を聞いて大笑いした族長の友人──ヒューマンの老人がコッソリ彼女を地上へ連れ出してくれた。そのたった数時間の出来事が、その後の彼女の価値観を一八〇度変えることとなる。
地上は美しかった──暗い迷宮とは比べ物にならないくらい。
街は活気に満ちていた──か弱い人類が作ったとは思えぬほどに。
人々は輝いていた──戦い以外の喜びや価値を彼女は生まれて初めて知ることになる。
言葉を飾ることなく言えばエレオノーレは人類に魅了された。族長に頼んで人類の文字を学び、文化が分かる本を読み漁り、その虜となった。
そして自分も彼らの仲間になりたいと心から願った。
ウルと初めて会った日、彼の前で『迷宮都市に住む以上、オークも積極的に冒険者と関わっていかなければならない』などともっともらしいことを語ったが、あんなものは後付けの建前だ。ただ自分が彼らと関われればそれで──
一方で夢見がちではあるがエレオノーレは聡明な少女だった。
自分たちオークが人類からどのように思われており、自分がそう望んだからと言って簡単に受け入れられるものではないことも理解していた。
だから望みはしても期待はせず、焦ることなく少しずつ受け入れて貰えるよう努力しようと考えていた。
しかし彼女のそんな考えは、良くも悪くも裏切られる。
──あっさりと仲間ができた。
臨時で、しかも頼りない少年たった一人だけ。色んな思惑が絡んだかなり強引な展開だったし、彼も決して望んで自分と組んでくれたわけではあるまいが、少なくとも仲間となって以降の彼の態度は誠実であり、自分に対し何の差別も偏見もなかった。
それどころかこちらの怪我を心配し、高価な霊薬まで使ってくれた時には、思わず誤魔化したが生まれて初めて女として胸が高鳴ったりもした。
初めての探索では暴走して迷惑をかけてしまい、次からどうしようと考えていたら、彼は【鎮静】の腕輪なるものを作り出し、アッサリとその悩みを解決してしまう。彼は難しいことじゃないと謙遜していたが、血の気の多さは自分たちオークが人類と関わる上での最大の壁だ。それを解決したことが凄くないはずがない。
それでも街で人々から注がれる視線は変わらず厳しいままだし、決して受け入れられたわけではない。彼が特別なだけなのだと、エレオノーレは冷静さを保とうとしていた。
──しかし、彼以外にも自分を受け入れてくれる人間が現れる。
元々、顔見知りだったレーツェルは別として、カナンとエイダ。二人は当初自分を忌避していたが、しかし想像していたよりずっと簡単に自分を受け入れてくれた。
彼女たちもまた特別なのだと自分に言い聞かせる。オークが人類に受け入れられることが、そんな簡単であるはずがない。
──だが、希望を見てしまった。
オークであっても本当に人の仲間になれるのかもしれない。これ以上の何かを。あるいは自分だけでなく、望めば誰もが同じ世界を見れるのかもしれないと。
そんな彼女を襲ったのは、想像もしていなかった妨害。
冒険者たちを襲うゴブリンたちの背後にオークがいるのではないという根も葉もない憶測だ。
無論、根も葉もない憶測とは言え、人々がそう考える理由は理解できるし、それ自体はやむを得ないことだと思う。
仲間たちは自分を信じてくれたし、無関係の人々から向けられる懐疑と敵意の視線にも耐えられた。
そう、仲間たちは信じてくれた。仮に本当にオークが関わっているのだとしても、自分は無関係であると。
──怖くなった。
──本当にオークが関わっていたらどうしよう? そのせいで、万一、彼らの信頼に僅かでも濁りが混じりでもしたら。
その想像にエレオノーレは耐えられなかった。
何としても自分は潔白だと証明しなくてはならない。その為ならばこの命など惜しくない──いや、命を捨てればきっと信じて貰える。
そしてその稚拙な論理を、彼女は『オークと冒険者の融和のため』という欺瞞で塗り固め、正当化した。
自分が命を懸けることで、オークの潔白を証明できる。
自分が命を捨てることで、仲間たちに恥じることのない自分でいられると。
『ギ、ギィ!!』
『ギャヒッ!?』
エレオノーレ──いや、オークという突然の乱入者に戸惑い、混乱を見せていたゴブリンたちだったが、槍を振り回して暴れる彼女の姿に身の危険を感じ、反撃を始める。
彼らの錆びた刃が自分の肌を傷つけることも気にせず、エレオノーレは大声で注意を引き付けた。
「どうした! その程度か!?」
自分の目的はここでゴブリンを足止めし、先ほどの冒険者たちの逃走を助けること。彼らが無事地上に戻り、自分と、このゴブリンたちの情報を伝えれば状況は改善する。
──死角から斬りつけてきた刃が左腕の肉を大きく抉り、槍が握れなくなるが、右手だけで振り回し、近づいてきたゴブリンを突き放す。
「はぁぁぁぁぁっ! まだまだ!」
──左側からの攻撃を意識しすぎ、今度は右太腿に槍の穂先が突き立てられる。刺さった槍ごと足を振り回し、ゴブリンを振り払った。
「ぐ……だぁっ!!」
──背後から小柄なゴブリンに取りつかれ、耳を齧られる。痛みより先に強烈な熱が脳にはしるが、戦いに支障はないとそれを無視した。
「──ぁ、ぁぁぁぁぁぁああっ!!!」
──どれだけ時間が稼げただろうか?
全身至るところを傷つけられ、血塗れで、ゴブリンに取りつかれ満足に動くことさえできなくなりながら、それでもエレオノーレは止まることなくもがき続けた。まるでその一分一秒が、自分の誇りであるかのように。
だが当然、それにも限界が訪れる。
──もう、いいかな……?
血を流し過ぎたからか、痛みよりフワフワとした心地よい感覚に包まれている。
自分は頑張った。戦い抜いた。これで仲間にも胸を張れる。
もう彼らに会えないのは少しだけ寂しいけれど──満足だ。
微笑み、エレオノーレは意識を手放そうとした──
「──その娘を離せぇっ!!」
──その時、何もなかったはずの空間から突然、見覚えのある黒髪の女性が出現し、エレオノーレに取りつくゴブリンたちを殴り飛ばした。




