第23話
──てっきり、仲間に誘われるもんだとばかり思ってたな……
打ち上げを終えて自宅に戻り、簡単に身体を拭き清めてベッドに横になったウルは、月明りが差し込む寝室でぼんやり天井を見上げながらそんなことを思った。
慣れない酒を飲んだせいか、あるいは昼間の探索の興奮からか、横になっても寝付けず、やけに目がさえている。
充足感の中に差し込むドロリとした澱のような感情を誤魔化すように、ウルは大きく溜め息を吐き出した。
──あ~……なんだろ、これ……ショック? フラれた? いやいや、別にそんなんじゃねぇけど……
栓のない思考が止まらずどうにも眠れそうにないので、ウルはベッドの上で上半身を起こし、諦めて自分の感情と向き合った。
──俺はレーツェルが仲間に誘ってくれるんじゃないかと期待してた。
第一に、自分の胸に刺さったしこりの原因を自覚する。
別にそれ自体は恥ずかしいことではない自然な感情だ、とウルは誰にともなく自己弁護した。恥ずかしいことがあるとしたら、自分から誘おうとしない受け身の姿勢だろうが、それは心の棚の奥深くにそっとしまって見なかったことにする。
──そりゃ期待もするだろ。お互いソロで、仮とは言え組んで最高の結果が出せたんだからさぁ。その流れで『これからも組んで活動しませんか?』って誘うのは自然な成り行きって言うか、むしろ礼儀じゃね?
繰り返すがウルの脳内に『ならお前が誘えよ』とツッコむ者はいない。
──俺はまだ絶対冒険者やってくんだって覚悟が固まったわけじゃないけどさ。向こうから誘われりゃ、別に組むこと自体は吝かじゃないって言うか……
繰り返すがウルの脳(以下略)。
──何で誘ってこなかったんだろ……?
これはあくまでウルの所感だが、レーツェルは今日偶々誘いの言葉を口にしなかったわけではない、と思う。彼女は決断も行動も速い。もしパーティーを組む気が少しでもあったなら、あの打ち上げの場で話題に出していたはずだ。
つまり現時点で自分は、彼女にとって仲間に誘うに足る存在ではなかったということ。
そう自覚しウルの胸の辺りに更にズンと重苦しいものが宿る。
だが自分と組むことがレーツェルにとってもメリットがあることは間違いない。自分にはレーツェルの望む魔道具を作る能力が──勘違いかもしれないが──あり、彼女にはそれを最大限に活かす能力がある。
その有用性はまさに今日の探索で証明されたばかりだ。
──いや。それがそもそもの勘違いなの……か?
元々レーツェルが必要としていたのはウルが作った魔道具であり、ウル本人ではない。今日の探索でウル本人がさして役に立たなかったように、別にウルとパーティーを組んで迷宮に連れていく必要は無いのだ。
そう考えてみると、彼女が今日わざわざレーツェルがウルを迷宮に連れ出したのは、思うような成果を出せずにいたウルに自信を取り戻させるためではないか、という推測が頭に浮かぶ。あるいは今後ウルに気持ちよく魔道具を作らせるために敢えて利益を分け与えた、とか。
そもそも今日打ち上げで本人も言っていたことだが、今回のカーバンクル狩りのような案件はそうそう挑めるものではない。普通に冒険をする分には、経験の浅いウルはむしろ彼女の足手まといなのかもしれない。
──別に、組みたいと思ってたわけじゃないんだけどさ…………
いじけるように頭をかいて、ふと気づく。
そうだ。自分はまだ本気で冒険者で食っていきたいと思っているわけではないし、レーツェルと組んで何か為したいことがあるわけでもない。ましてや彼女に個人的な感情があるわけでも勿論ない。
では何故誘われなかったことにショックを受けているのか?
──なんだ。つまりはただの承認欲求か。
自覚する。
誰かに求められたという事実が欲しかっただけで、自分にはその先に続くものがない、と。
──そりゃ、誘わねぇか。
その在り方が醜いから誘われなかったのだ、などとは思わない。少なくともレーツェルはそんなことを気にする人間ではない。
だが一方で一つだけ確かなことがある。
それはただ便利だから、お互いにメリットがあるからとか、そんな理由でレーツェルが誰かを仲間に誘うことはない、ということ。
短い付き合いではあるが、ウルは彼女に関して、根は誠実な人間だと確信している。その誠実さは自分にも他人にも適用され、ある種の潔癖と言い換えてもよい。
──うん。あいつは誘わないな。
まだ方向性の定まっていないウルを仲間に誘えば、自分に都合良く染めてしまいかねない。そういったやり方を、彼女は好まないだろうという確信があった。
──俺も、本腰入れて今後について考えるべきなのかね。
胸のしこりが少し取れ、空いた隙間に別の思考が潜り込む。
ウルは冒険者になって迷宮に潜り、金と修行機会の両方を得るためにこの迷宮都市にやってきた。
だが、冒険者としての現実は彼が思っていたよりずっと厳しく、逆に迷宮に潜らずとも魔導技師としてやっていけそうな基盤は徐々に出来上がりつつある。
もはやウルが冒険者を続ける必要は無い。それこそ、つまらない意地やプライド以外には。
何を悩んでいるのか、悩む必要があるのかも分からないまま、その夜ウルはぼんやりと自分に問いかけ続け、静かに眠りに落ちていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「…………」
『────』
エンデの大迷宮。
ごく限られた者だけが立ち入りを許されたその最深部で、一人の少女が壁に埋め込まれた巨大な水晶を見上げていた。
迷宮は一〇層までを浅層、更に二〇層までを中層、五〇層までを下層、それ以降を深層と大雑把に区分されている。かつては中層で活動できれば一人前、下層に進出すれば一流、深層に到達すればただそれだけで英雄と呼ばれていたが、冒険者の大半が浅層で小金稼ぎに勤しんでいる現代では、もはやあまり意味のない区分だ。
迷宮ごとに階層数や広さはまちまちで、一般に五〇層以上の深層が存在する迷宮は特に大迷宮と呼ばれ区別されている。
エンデの大迷宮において公式に確認されている最高到達階層は六二層。しかし、今少女がいるのはその遥か先。古の英雄でさえ立ち入ることが叶わなかった迷宮の最下層だ。
「……やっぱり、また膨張してる」
少女が水晶の下にはめ込まれた青いプレートに触れると、奇妙な駆動音を立てて眼前に光の立体図が浮かび上がる。それがこの迷宮の全体図であると知れば、多くの冒険者は目を疑い狂喜しただろう。
「抑制も間引きもまるで追いついてない。っていうか、またどこかの小迷宮が破綻した……?」
立体図を前に少女の声音は重く悲観的だ。
少女はプレートを操作して立体図を消し、代わりに横棒と数値で構成されたグラフを呼び出し、マジマジと見つめる。
「……構造部に少し負担がかかってるけど、これは膨張による一時的なものね。今のところ大きな異常は出てない、か」
ホッと安堵の息を吐くが、しかし少女の顔色は変わらず暗い。
それは“まだ”最悪の事態が起きていないというだけで、状況は確実に悪化していることを理解しているからだ。
いずれこの箱庭は破綻する。
一年後か、十年後か、百年後か、あるいは千年維持されるのか、それはだれにも分からない。
だが少女には、その結末を待つつもりも先延ばしにするつもりもなかった。
「絶対に救い出して見せる……待っててね、お祖母ちゃん」
今回を以って第一部終了となります。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
宜しければブクマなど何らか反応いただけますと幸いです。
第二部についてはヒロイン役を変えて明日から投稿してまいります。




