第20話
レーツェルという少女について、ウルが知っていることは案外少ない。
年齢は彼の一つ年上の一六歳。
肩のあたりまで伸ばしたやや癖のある栗毛と琥珀色の瞳、小柄で体型に凹凸が無いという点を除けば──それが良いという意見は否定しない──まず魅力的と言っていい容姿の持ち主だ。
約一年前からこの迷宮都市で活動する現役の冒険者。
秘儀詐術師と呼ばれる簡単な呪文を使える斥候職で現在はソロ。若手ながら他パーティーの臨時メンバーを頼まれることも多く、噂で聞きかじった限りでは斥候役としての評判は悪くないそうだ。
ウルが借りている一軒家の家主でありスラムの顔役“犬ジイ”の孫娘。戸籍上は他人ということになっているそうだが、彼女と犬ジイの関係は冒険者界隈や裏社会を中心に広くこの街で知れ渡っており、彼女にちょっかいを出そうとする者は少なかった。
この街に来る以前は帝都に住んでいて両親も健在。両親は帝都で役人だか軍人だかとにかくお堅い職に就いているらしく、犬ジイとは絶縁状態。犬ジイのいるこの街で冒険者をやると家を飛び出した時は、当然ながら両親とはかなり揉めたそうだ。
犬ジイの仲間に師事していた時期があるそうで、彼──あるいは彼女──らが昔住んでいたというウルの借家にちょくちょく遊びに来ている。
──とまあ、ここ最近親しくしている印象があったが、実際レーツェルについて知っていることと言えばこれぐらい。
何故わざわざ親元を離れて冒険者をしているのか、ソロで活動しているのか。犬ジイを慕う理由や、彼女の祖母──犬ジイの妻にあたる人物が今どうしているのかなど、コアな部分は何も知らないし、聞いたこともない。
それでも唯一、ウルがレーツェルについて確信していることと言えば──
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……何で俺はこんなところにいるんだろう?」
「何それ、哲学?」
迷宮の新たな階層の入口で立ち尽くし、思わず呟いてしまったウルに、前を歩くレーツェルのツッコミは素っ気なかった。
言っても詮無いことだと理解してはいたが、ウルは反射的に両腕を広げ訴える。
「いや、だってさ。俺まだダンジョンに潜るの三度目で、この間だって六層で引き返して、死にかけて赤字で──」
「最後のは関係なくない?」
「関係あるわ!──いや、やっぱないかもだけども!」
自分でも何を言っているのか分からないぐらい混乱している。だがそれも仕方のないことではないかと、ウルは胸中で誰にともなく弁解した。
ここは迷宮十一層──人類の支配領域を外れた、迷宮中層の入口なのだから。
「何で俺ここにいるの!? ねぇ、おかしいよね!」
「ここにいるのは歩いてきたからだし、おかしいのはそんな当たり前のことに疑問を抱いてるところかな」
「いや、そういうことじゃなくて──」
至極冷静にツッコミを入れるレーツェルにウルは『あれ? ひょっとしておかしいのは俺か?』と頭を抱える。
「……はぁ。一体何がおかしいって?」
レーツェルが溜息を吐き、やれやれと肩を竦める。彼女にこんな『突然駄々をこねだした子供をあやす』ような態度をとられることは大変遺憾だったが、それはさておきウルは自分が抱える疑問を吐き出した。
「何がって言うか全部だよ! 何の説明もなく迷宮探索に付き合わされてることも、それが中層だってことも、ここまでノコノコついて来ちまった自分も!」
「ふむ…………」
ウルの言葉にレーツェルは指を唇に当てながら少し考えこみ。
「概ね最後の一つが全ての元凶じゃないかしら」
「その通りだよ! 俺の馬鹿野郎!」
「それと、あまり大きな声を出すと魔物が寄ってくるから気を付けてね」
「────(ひゃい)!」
どこまでも冷静で素っ気ないレーツェルのツッコミに、ウルは口を手で押さえながら情けなく叫ぶ。
──どう考えても俺は被害者なのに、何で俺が悪い感じになってるんだ……!?
目の前の女は当てにならない。
レーツェルからマトモな答えが返ってくることはないと判断したウルは、自力でなぜこのような状況に陥っているのか、ここに至る経緯を思い返した。
『──ねぇ、ウル。一度私と組んで迷宮に潜ってみない?』
そう。始まりは確か、レーツェルのそんな言葉だった。それまでの話の流れから、自分が作る高価な使い捨ての魔道具を期待されているのだろうと感じたウルは、即座に断ろうとした。都合よく負担を押し付けられて、いいように使われるのは御免だ、と。
『もちろん、魔道具作りにかかった経費はパーティー負担。何なら私が立て替えてもいいよ』
しかしそんなウルの疑念を否定するようにレーツェルはそう提案する。
突然の不可解な提案に困惑するウル。レーツェルは良いとも悪いとも返事をしない彼に、ニヤリと笑って魔道具を注文した。
『一先ず要求したいのは■―■■■■のような■■を■■できる魔道具。予算は金貨一〇枚以内で──できる?』
その魔物の生態を知らないので、できるともできないとも言えない。そう反応を返したウルに、レーツェルはこの家に彼が入居する前から残置されていた本棚から魔物辞典をポンと投げ渡した。
『とりあえず、それで調べてできるかどうか試してみてよ』
予算とテーマを与えられ注文があった以上、ウルとしても無碍に断る理由はない。
与えられたテーマが興味深い内容であったこともあり、ウルはすぐさま商品開発に没頭した。既存の魔道具のレシピから使えそうなものを見つけ出し、対象の魔物の生態に合わせて成分を調整、他のレシピと組み合わせて機能を最適化する。
結局、三日三晩をかけて──いや、たったそれだけの期間で──ウルはレーツェルの注文通りの品を作り上げた。
──そう、そこまでは完璧な流れだった。
雲行きが怪しくなったのは出来上がった品をレーツェルに見せてから。物を見て説明を聞くなり、レーツェルは『明日空けておいて』と具体的な要件も告げず要求。開発で疲れていたウルは明日一日休むつもりだったので予定は空いてはいる。なので面倒なことは御免だぞ、とだけ答え軽くそれに応じた──応じてしまった。
今から思い返せば、疲労と寝不足で全く頭が働いていなかったのだろう。
『オッケオッケ。ウルの分も含めて準備は全部私がするから、任せといて』
そして翌日──今朝。
起きてみればリビングにはレーツェルが待っていて、その横には迷宮探索のための装備や物資が詰まった自分の背負い袋が準備万端。
『さ、行くわよ』
『どこにさ?』
『いいからいいから、早く着替えて』
困惑しながらも、彼女が準備してくれていた朝食のサンドイッチを胃につめ込み、言われるがまま着替えを済ませて家を出る。
後から振り返ってみれば、これが立ち止まる最後のチャンスだった。だがこの時はまだ、レーツェルが本気でダンジョンアタックをするなど思いもせず、きっと浅い層で何か実験とかお試し的なことをするのだろう、なんて甘いことを考えていたのだ。
その後はもうあっという間。
レーツェルに先導されるがまま、ウルはガーディアンを連れて迷宮の順路を何のトラブルも危険もなく踏破。あまりにスムーズ、魔物の気配すらなかったので口を挟む余裕もないまま、気が付けば浅層と中層の狭間にあたる一〇層の安全地帯に到達、幾ばくかの休憩を挟んで現在に至るというわけだ。
ウルは自分の行動を振り返り、そして一つの結論に至る。
──俺は馬鹿だ……!!
本当に、ノコノコこんな危険な場所まで付いてきてしまった自分の間抜けさが情けないやら恥ずかしいやら、地面に膝をついて頭を抱えた。
「ちょ、今度は何? いきなりどしたの?」
「ぅぅっぁぁ~……っ!」
困惑するレーツェルを無視し、ウルは後悔を絞り出すように細く長い呻き声を吐き出した。そして気持ちを切り替えるように大きく息を吐き、すっくと立ちあがると普段通りの様子で宣言する。
「──よし。行くか」
「……いや、突然奇行を見せつけられて『行くか』って言われてもさぁ」
半眼でツッコミを入れるレーツェルを真っ直ぐに見返し、ウルはやたら力強く宣言した。
「文句があるなら、今のと同じ反省をもう二、三セット続けることになるが?」
「……まぁ、それで気が済んだなら別にいいけどさ」
納得が得られたようなので、ウルは改めて話を建設的な内容に戻した。
「うん。ともかくそろそろ説明してくれよ。今日は具体的にどこまで潜って、何をするつもりなんだ? このまま行けるとこまで潜るとか言い出したら──」
「なに、一人で帰るって?」
「馬鹿野郎。一人で何て怖いし危ないだろうが。あそこの一〇層の階段のところで『もう帰ろうよ~!』って恥も外聞もなく泣き喚くぞ、俺は」
「それは……少し見たい気もするけど、実際にされたらいやだなぁ」
真っ直ぐな瞳で情けないことを宣言するウルに、レーツェルは腰に手を当ててやれやれと溜息を吐いた。
「……心配しなくても、もうこの階層が今日の目的地よ」
「ここが?」
言われてウルは改めて目の前に広がる中層の入口、十一層をグルリと見渡した。
そこは一言で言うと荒れ果てた大地。
土肌が剥き出しになった地面の上を、迷宮の中にも関わらず轟々と音を立てて強風が吹きつけている。左手奥を見れば大きな水源地が点在している一方、右手奥に広がるのは草木一本生えない灼熱の荒野。
その光景に、バランスが悪い、とウルは率直な感想を抱いた。
十一層は迷宮の中でも、特に精霊力が強いエリアとして知られている。火や水といった特定の精霊力が強いエリアは他にも多くあるが、ここは地水火風の四大精霊が混在し、そのどれもが強い。順路を外れて奥に行けば、強力で厄介な精霊がわんさかいるという話だ。
強すぎる精霊力は真っ当な生命活動を阻害し、ここに棲むのは精霊か、精霊と深いかかわりを持つ幻獣や魔獣が大半。
精霊由来の鉱石や幻獣魔獣の肉体の一部など稀少な素材には事欠かないが、その分リスクや難度は浅層とは桁違いで、ここで活動できる冒険者はほんの一握り。いくら中層の入口とは言え、そんな場所に自分とレーツェルの二人だけで挑むことにウルは改めて不安を感じ立ち尽くした。
「大丈夫よ。別に目的もなくこんな危ないところうろつこうなんて考えてないから」
そんなウルを安心させるように、レーツェルは微笑みながら続ける。
「目的地までのルートは確保してあるし、ターゲットも事前に確認済。それを狩る準備もしてきた」
「狩る準備って……」
何かに気づいた様子のウルに、レーツェルは彼のベルトポーチを指さし、ニヤリと笑って続けた。
「そ。あんたが準備した“切り札”の出番よ」




