第18話
今さらですが主人公はD&DとかのTRPGで言うとLV3ぐらいのイメージ。
完全なひよっこではなく、初歩は一通り修めているけど、一人前と呼ぶにはまだ足りないといったところです。
「買い取りお願いします」
「こ、これは……」
冒険者ギルドの素材買い取りカウンターの一角。
鋼の獣──ガーディアンに背負われ、引きずられた状態で持ち込まれた大型の灰色熊の死体にギルドの男性職員は目を丸くした。
ウルと顔見知りのその男性は灰色熊とウルを交互に見つめ、困惑した様子で口を開く。
「一体、どうされたんですか……?」
「狩りました、俺が」
聞きようによっては失礼なギルド職員の問いかけに、予めその反応を予想していたウルは疲れていたこともあり端的に愛想なく答える。
「あ。す、すいません……!」
「いえ。逆の立場なら俺もそう言うと思いますし、正直事故みたいなものなんで」
慌てて頭を下げるギルド職員に、ウルは気にするなとかぶりを振るが、疲労のせいで表情や態度からは素っ気なさが拭えなかった。
「とりあえず、査定をお願いします」
「は、はい。少々お待ちください!」
灰色熊を撃破することに成功したウルだったが、その時点で完全に窮地を脱したわけではなかった。
撃破の代償は金貨五枚の魔弾と半壊状態のガーディアン。財政的には前者の方がダメージは大きいが、後者はこれから帰還する上で差し迫った問題だ。
ガーディアンは灰色熊のベアハッグと噛みつきで見るも無残な状態。蓄積されたウルの魔力を使って緩やかに機能を修復しているが、損傷が大きく完全復旧には本格的な整備が必要だろう。この探索中、移動はまだしも先ほどのような戦闘はまず不可能だ。
少しの逡巡の後、ウルはガーディアンの修復機能をフル稼働させる一方、ナイフで灰色熊の厚い皮下脂肪を何とか切り裂き血抜きを実施。ガーディアンの歩行機能が最低限回復した段階で灰色熊の巨体をガーディアンの背に乗せ、ずるずる引きずりながら地上への帰路についた。
苦労して解体した三体の悪魔犬は勿体ないが物理的に持ち帰れないので放置。マナー違反ではあるが、遺体は他の魔物が食べてくれるだろう。
ウルの戦闘能力は半減しており、安全を考えれば灰色熊の死体は諦めるべきだったのだろうが、流石にこれだけの対価を支払って成果無しは精神的に堪えられない。死にかけて一時的に怖いものなしの精神状態となったウルは、据わった目つきで周囲を睨みつけながら順路を帰還。彼の目つきに怯えたわけではあるまいが、幸いにも帰路他の魔物に襲われることはなかった。
「査定結果出ました。全部で金貨二枚と銀貨七枚。内訳は毛皮が金貨二枚で、薬師向けに卸す胆や爪の部分が銀貨七枚となります」
「…………なるほど」
ギルドのロビーで一時間ほど待機した後、提示された買取査定にウルは感情の読めない声音で、ただ一言絞り出した。
受付の中年男性はその反応を買い取り結果に不満や疑問があるものと勘違いし、ベラベラと査定の詳細について説明し始める。
「メインとなる毛皮部分ですが、これは損傷の少ない一般的な灰色熊の基準となる値段が金貨二枚です。今回の個体は頭部に大きな損傷があったのでその部分がマイナス査定となっていますね。それが無ければ、このサイズでしたら金貨三枚は堅かったでしょう。次からは喉から胸元を狙って仕留めていただくと良いかもしれません」
「…………はぁ」
『そんな余裕ねーよ!』とツッコむ気力もなくウルは相槌を打った。
「胆の方はすぐに血抜きしていただいているおかげで大変状態が良かったです。この部分は通常銀貨五~六枚のところ、少し色を付けさせていただきました」
「…………どうも」
この手の素材は卸や小売価格はもっと高いのだが、販路が限られているためギルドでの買い取り価格はあまり高くない。かといってウルも薬は専門ではなく自分で使おうにも持て余してしまうため、不満があろうと売却する以外に選択肢はなかった。
「お肉については計測した魔素が基準値を超え、完全に魔物化していたため、買い取りは出来ません。希望されるのであれば自家用として持ち帰ることも可能ですが、いかがいたしますか?」
「…………いえ。肉は廃棄、他は全て買い取りでお願いします」
魔物肉は食べ過ぎると有害だとされているが、通常の獣より肉質が良く、好んで魔物肉を食べる好き者も存在する。魔物肉への耐性に個人差が大きいこともあり、数十年に渡って魔物を食べ続け『魔物食健康法』なる著書を発表した冒険者もいたほどだ。生憎ウルは食事に関しては保守的でお子様舌なため、その手の特殊嗜好からは距離を置いていた。
ちなみに魔物肉は自家消費こそ認められているが、売買や流通に関しては原則禁止されている。以前は認められていたのだが、究極の美食を求めた天才料理人がこっそり素材に魔物肉を使用し、貴族や王族に振る舞っていたことが判明して以降、禁止された。
「かしこまりました。代金の受け取りは現金か振込、どちらになさいますか?」
「……振り込みでお願いします」
「はい。それでは、領収書を作成しますので少々お待ちください」
受付の男性が手書きで領収書を作成しながら、沈黙を埋めるように話しかけてくる。いや、あるいはこの話をするタイミングを最初から探していたのかもしれない。
「それにしても今回の灰色熊は大物でしたね。お一人で狩られたんですか?」
「ええ、まぁ……」
ウルは曖昧に言葉を濁した。
灰色熊を持ち込みギルドに帰還した時から感じていたことだが、周囲の冒険者たちの耳目が自分に集まっている。迂闊なことは言えない、とウルは胸中で溜息を吐いた。
現代の冒険者にとって戦闘は手段であって目的ではなく、ベテランであっても戦闘力の低い者は実は珍しくない。その為、パーティー単位でならともかく、今回ウルが持ち込んだような大型の獣をソロで狩れる冒険者は全体の二、三割程度しかいなかった。
この場に居合わせた冒険者の多くは、有望な若手冒険者に関し情報を集め、場合によっては仲間に引き込むことを検討しているのだろう。
「ウルさんは後衛職でしょう? あまりソロで無理をされるのはおススメできませんが……」
「無理するつもりはなかったんです。六層を移動してたら襲ってきて、やむを得ずですよ」
順路を外れて積極的に魔物を狩ろうとしていたことは伏せ、言い訳する。案の定、受付の男性はウルに都合よくその言葉を解釈してくれた。
「それは災難でしたね。順路近くまで大型の魔物がでてくるとは……」
「まあ、ソロだと襲われやすいってのもあるんでしょう」
「かもしれませんね」
受付の男性が領収書を書くペン先が、完了までもう少しのところで止まる。
「──それで、一体どうやって仕留めたんですか?」
ギルド職員としても、所属冒険者のスペックは把握しておきたいのだろう。本来、こうした手の内を探るような質問はマナー違反だが、彼は何の気なしを装ってサラリと聞いてきた。ウルが咎めれば、そこでさも今非礼に気付いたかのようにシレッと謝るつもりなのだろう。
──さて、どう答えたもんか。
周囲の冒険者たちの話し声が少しだけ小さくなり、こちらの会話に耳をそばだてているのが気配で分かる。
これが素の実力による成果なら、武勇伝を語って周囲の冒険者たちの勧誘を待つべきなのだろう。
だが今回ウルが灰色熊を仕留めたのは実力というか金の力。金貨で魔物をぶん殴ったようなものだ。そんな馬鹿みたいな話を大っぴらに語る気にはなれないし、それを実力と勘違いされて期待されたら最悪だ。
「あ~……何と言うか、お互いにとって事故みたいなもんだったんですよ」
「事故……ですか?」
首を傾げる受付の男性に、ウルはワザとらしく苦笑して見せた。
「ええ、まあ。俺にとっても恥ずかしいことなんで、詳しくは勘弁してください」
「はぁ……」
腑に落ちていない様子の男性に、ウルは領収書を書く手が止まっていることを視線でやんわり咎める。受付の男性はささっとサインを記載して、完成した領収書をウルに手渡した。
「ありがとうございます」
「いえ……またのお越しをお待ちしております」
ウルは慇懃な態度で話を打ち切り、早歩きでその場を去ろうとする。
「なぁ、あんた! ちょっといいか?」
「あ。すいません、この後用があるんで」
途中、ウルの手続きが終わるのを待っていた若い冒険者が話しかけてきたが、ウルはガーディアンをさりげなく間に割って入らせガード。そのまま立ち止まることなく冒険者ギルドを後にした。
──勧誘は嬉しいけど、この戦果を期待されるのは困るんだよな、マジで……
今、ウルに話しかけてくるのは『灰色熊をソロで倒せる戦闘力』を期待した者たちだ。だがそれは高価な代償あっての成果であり、彼らが期待しているものとは異なるだろう。
いやひょっとしたら、そうした代償ありの切り札でも、お守り代わりに連れていきたいと考える冒険者もいるかもしれない。だがその場合、平時に十分な役割が果たせなければどうしたって居心地は悪いだろうし、ピンチの際に成果を出しても、それは平時役に立っていないから当然と割り切られて終わり。その切り札のためにかかった費用も、ウル個人の負担とされてしまう可能性が高いだろう。
少し悲観的に考えすぎかもしれないが、身の丈に合わない期待を背負わされた状態での勧誘などそれぐらい警戒して置いた方がいい。
結果的にそうしたウルの態度が冒険者たちの間で話題となり、尾ひれがついて『とんでもない実力を秘めたルーキーが現れた』と噂され、当人を困惑・赤面させることになるのだが……
【今回の収支】
<収入>
金貨2枚 銀貨7枚
・灰色熊の素材代金
<支出>
銀貨5枚
・ガーディアン整備材料費
<収支>
+金貨2枚 銀貨2枚
<所持金>
(初期)白金貨 1枚 金貨2枚 銀貨10枚 銅貨10枚
(最終)白金貨 1枚 金貨4枚 銀貨12枚 銅貨10枚




