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狐とその嫁  作者: 笹椰かな


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1/1

その1

 冬。寒さがより厳しくなってきた一月の上旬。

 居間に置いてあるテレビ。そこに映る番組内で明日は雪が降るかもしれない――そんな、あいまいな天気予報が発表された。

 雪、か……。もし降ったら嫌だ。積もったら寒いし、歩くのも大変だからだ。思わずしかめっ面になる。


 そんな私とは反対に、一緒にテレビを観ている美羽根(みはね)は天気予報なんてどうでもよさげな顔をしながら、こたつテーブルの上に突っ伏してしまった。肩の上で揃えられている茶色の髪がだらしなく広がる。


「ねっむー」


 言葉通りすごく眠そうに言ってから、わずかに顔を上げて大きなあくびをした。開いた口を手で隠そうともせずに、向かい側に座る私へと向けてくる。


「美羽根、みっともないですよ」


 注意をしてから溜め息を吐いた私を見て、美羽根は口をへの字にひん曲げて見せた。


「ぶー」

「『ぶー』って。豚ですか、アナタは」

「だってー」


 不満げな態度。こたつの中で脚をバタバタさせて私の脚に攻撃してくる。


「こら、やめなさい」

「やめなーい」

「あくびを注意されたのがそんなに不服だったんですか?」


 私の問いかけに美羽根は小さく首を横に振った。


「そうじゃなくてー、奈々狐(ななこ)にあくびが移らなかったのが不服なんだよー」

「え?」


 あくびが、移らなかった? 意味が分からず首を傾げる私に彼女は説明してくれた。

 あくびをした時、すぐ側にいる人にあくびが移る場合があるという事。そうなるのは、移された相手に気を許している証であると言われている事を。


「ほうほう。そんな伝承があるのですね」

「伝承っていうほど大げさな話じゃないと思うけど。自然現象っていうかー」

「で、美羽根が不服だったのは結局どうしてなんですか?」


 私の質問に美羽根はガクッとうなだれた。続いて、「分かんないのー?」とうめくような声で言った。


「ごめんなさい。分かりません」


 笑顔で返す私に美羽根は、「もーう!」と大きな声を出した。とても不服そうに。


「美羽根、今度は牛のマネですか?」

「ちがーう! あくびが移らないってことはさぁ、奈々狐はあたしに気を許してないってことでしょー。それが不満なのー!」


 言い終えてから、美羽根は拗ねたようにまたこたつテーブルに乗せた腕の上に顔を突っ伏してしまった。

 ……あらまあ。どうして機嫌が悪くなったのかわからなかったけれど、フタを開けてみたらずいぶんと可愛らしい理由だこと。

 思わずにんまりと口角を上げてしまった。


「ふふふふふふ」

「むー、笑ってる」

「そりゃあ笑いますよ。だってあなたが言っているのは、人と人の間に起きる現象のことでしょう?」

「そうだけどー」

「私が何者かお忘れで?」


 クスクス笑いながら問うと、美羽根は「あっ」と勢いよく顔を上げた。


「そっかー! 奈々狐、人間じゃなかった!」

「そうですよ。私、人間じゃありませんから」


 深くうなずく。すると美羽根は、ぱっと立葵の花が開いたように笑顔になった。相変わらず単純な子だ。素直とも言うかしら。

 のんきに微笑ましさを感じていたら、美羽根はとんでもないことを口にした。私を凍り付かせる一言を。


「うん! 奈々狐はえーと、タヌキだもんね!」


 ……は? 信じられない発言のせいで、顔の筋肉が一瞬で凍りついた。


「み、美羽根、今、なんと……?」

「だからー、奈々狐は人間じゃなくてタヌキだもんねーって」


 タ……!? タタタタ――


「タヌキぃ!? 私がタヌキ!? 美羽根、そこに正座なさいっ!!」


 怒りのあまり思わずこたつから素早く抜け出し、瞬時に立ち上がって声を荒らげると、美羽根は「えー?」と心底不思議そうな声を出した。キー!!


「『えー?』じゃないっ!! この(わらわ)のどこをどう見ればタヌキに見えると申すかっ!!」


 右手でバンッと自らの胸を叩く。タヌキなどという、丸くて薄汚くてあちらこちらの森や林にウヨウヨいる毛だるまと一緒にされるなんて自尊心が許さない。

 私はキツネ。長い長い時間を生きてきた、気高き妖狐(ようこ)なのだから。

 私は呑気にこたつに入ったままの美羽根の首根っこを掴むと、ずるずると引きずり出した。慈悲などない。


「寒いよー! やめて奈々狐ー!」


 その後、抗議の声を無視した私は満足するまでお説教をした。

 説教をされた側である美羽根は最初こそ「足がしびれたー」などと余裕そうに文句を言っていたものの、最後には「ごめんなさーい」と頭を下げて真面目に詫びたのだった。


「奈々狐、怒ると怖いよぉー」


 半泣きになりながら、くずした足を労るように撫でる美羽根。けれど、少しも同情心は湧かなかった。


「アナタなんか怒られて当然です。私はタヌキなどという気高さの欠片も持たない生命体なんかじゃありませんもの」


 私がツンと顔を背けると、美羽根は「タヌキだって可愛いよー? タヌキ差別はよくないよー?」などと返してきた。


 ……ふむ。なるほど、美羽根にはまだお説教が必要な様子。キツネがタヌキなどよりも、どれほど美しく気高いのかをみっちりと教えてあげようじゃありませんか?

 さあ覚悟なさい、美羽根。


 私は顔面にはっきりと笑みを浮かべて、あやかしと知りながらも私と契りを結んでくれた可愛い可愛い人間の顔を見つめた。

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