03
一週間が経過した。
明るく振る舞うリンナは、男女問わずすっかりクラスの人気者となっていた。
ただ、面白くないのは、リンナの正体についてクラス中で俺に隠し事をしている事だった。
事実を確かめるべく俺がリンナに近づこうとすると、パナミ達女子が妨害する。リンナまでもが、それに加担しているらしい。
この件に関しては、チームの奴らまでノリノリで、俺はすっかり孤立していた。
学級委員長権限で強引に口を割らせるのはさすがにやり過ぎだろう。横暴な権力者の末路は常に哀れなものだというのが、社会科の教科書の教えである。
――どこで会ったんだっけ?
周囲の何気ないやり取りから、確かにどこかで会っているのは分かるのだが、なかなか答えにたどりつけない。正解は俺の記憶の中にのみあるらしいというもどかしさが、どうにも歯がゆかった。
事態が大きく動いたのは、その日の四時間目、体育の時間の事だった。
男女対抗ドッジボールというオーソドックスな授業内容も、暴君ビビコにかかればなんのその。
ビビコ発案の超理不尽ルールに、俺達男子チームは苦しめられることとなった。
使われるのは赤と青二つのボール。
女子をアウトにするには赤のボールをぶつけなければならないが、男子をアウトにするには両方が許される。しかも、女子達には二度の生存の権利が与えられる。
明らかに女子側に優遇された超理不尽ルールの中で、俺達は困難な戦いを強いられていた。
当然、一番張り切って楽しんでいたのは、ビビコ本人である。
学生時代に国体に出場したという剛腕を惜しげもなく披露し、次々に男子達を撃墜していく。
ソフトボールという競技に、スポーツマンシップという概念は必要ないらしい。
さらにはパナミ達までもが悪乗りし、男子の股間めがけてボールを投げつける。
「ビビ子のやつ、またカレシと喧嘩だぜ……」
尻にボールの直撃を受けた男子の一人がぽつりとつぶやいた。
――ああ、半熟目玉のカレシね……。
ふと昨年の悪夢を思い出す。
ある朝、不機嫌な表情で現れたビビコは、朝礼でいきなり奇妙な質問をした。
「目玉焼きは、半熟か固焼きか?」
どういう訳だかいきなり指名され、訳も分からずうっかり『半熟』と答えてしまった俺は、その日の一時間目、ずっと立たされることになってしまった。
『目玉焼きが固焼きになったくらいで、機嫌を損ねる器量の小さな男になってはいけません!』
見せしめとして立たされている俺の姿に、クラス中の男子達が有無を言わさず頷かされた。
それ以来、目玉焼きが嫌いになってしまったのは、苦い思い出だ。
そんな暴君ビビコ率いる女子チームに、俺達男子チームも只、手をこまねいているわけではない。
負けたらトラックを走らされるという罰ゲーム。それを回避すべくあの手この手を模索する。
――正攻法でダメなら、搦め手で。
赤のボールだけ気を付けていればいい女子達の目の前に、わざと青のボールを優しく放ってやる。気を取られているところを本命の赤のボールで狙い打つ。
俺の秘策は、面白いように当たり、ゲームは再び均衡へと戻りかけた。
「よーし、いける!」
誰もがそう確信し、さらなる追撃をしようとしたその時だった。
不幸にも赤いボールが、一人の女子の顔面にさく裂した。
「痛ーい!」
ボールに当たった彼女は、その場に座り込み泣きだした。
彼女への同情が顰蹙の視線に変わり、クラス中の女子達がボールを当てた男子生徒に敵意を向け始めた。
「リンちゃん、お願い!」
青いボールがリンナへと渡った。
「さすがに、今のはちょっと許せないな……」
それまで周囲と同じようにキャッキャッとはしゃいでいたリンナの様子が、ボールを手にした瞬間、変わった。
長い髪を後ろで一つに束ねた体操着姿のリンナ。
ゆったりと右足をあげ、しっかりとタメを作ってからの左投げのオーバースロー。完璧なモーションで放り出されたボールのスピードは、どの男子生徒のものよりも速かった。
リンナの放った剛速球は、見事に命中し、ボールをぶつけた男子生徒をあっさりと撃墜した。
瞬間、俺の脳裏である一つの光景が蘇り、眼前の光景と重なった。
それはつい数日前の出来事。
皆が俺に隠そうとしていたリンナの正体がようやく判明し、俺は思わず叫んでいた。
「あー、思い出した!」
素っ頓狂な俺の声に、二人の視線が合わさった。
不幸は突然訪れる。
白熱するゲームの最中、うっかり動きを止めてしまった俺の股間と顔面に、パナミとビビコの一撃が同時に命中し、俺は生まれて初めて気絶という経験をしたのだった。
2019/05/06 初稿




