4・言葉の使いよう…詩歌の効能、まとめ
ところで、構成や読書量、執筆量のほかに、やはり小説家ならではと思われるものに「言葉の使いよう」があると思います。
同じ言葉でも自由なイメージで発想力豊かに表現し、しかもそれがジャンルごとに違う味わいをもって読者にしっかり伝わるのは、小説家だからこそでしょう。
センスだよ、の一言で片付けられてしまいそうですが、感性は磨けますから方法はあります。
一つの言葉にいろいろな角度から光を与え、表情を変えさせるのが作家の仕事といっていいかもしれません。
なかでも詩歌は柔軟な発想力で言葉からいろいろな連想を引き出します。
谷川俊太郎さんの「朝のリレー」では、地球の自転によって世界中の人に等しくめぐってくる夜明けが、人から人へバトンを渡すイメージで描かれています。
山村暮鳥の「風景 純銀もざいく」では、「いちめんのなのはな」という言葉をしきつめ、見渡す限りの菜の花畑へと鑑賞者を連れて行ってくれます。
在原業平は「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」と、「世界から桜が消えたなら」と逆説的に桜を賞賛する歌を詠みました。
同じ言葉を使っていても、イメージの力によって魅力も説得力もある作品が出来上がる例は枚挙に暇がありません。
詩歌だけではなく、音楽やスポーツなど、感動できるなにがしかを鑑賞し、たくさんたのしむことが結局その人の個性、感性を磨くよすがになると思います。
自分が感動できないのに人を感動させることはできない、とよく言われます。また、人を楽しませたい、人に自分の感動を伝えたいといった感情を文章に載せて伝えたい意気込みがとてもだいじなのではないかと思います。
私はこういう部分が割と薄くフラットなので、書かずにいられないという衝動がありませんから、小説を書くのはほぼ挫折してしまいました。
まとめますと、以下の通りになります。
・語彙とは単語の集まりであり、ある一定範囲内の言葉の総量である
・執筆する作品のなかで表現に行き詰まることがあるときは次のことに注意する
・構成は問題ないか
・設定は足りているか
・設定を物語で生かせるよう考え抜いたか
・ある場面を描く際に演出、脚色を考えたか
・読書して情報を仕入れているか
・執筆して文章の練習をしているか
・発想力の訓練をしているか
・感動できる何かを持っているか
思い出づるままに書き散らしてしまいました。読みにくい部分、意味の通らない部分、わかりにくい部分、言葉が足りていない部分などございましたら、ご質問くだされば幸いです。
また、自分はこう考えるなどのご意見もお待ちしております。もっとも、プロの作家の本を読むのが最も良いです。また小説のノウハウ本や脚本の書き方の本もちまたにたくさんありますから、素人のこうした一意見を考察するよりも遙かに価値があるのでは、とも思っています。
「作者の皆様、良き旅を」
ありがとうございました。




