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第二章。口は災いの元

 翌朝。

 宿を出た僕達は、再びテヘペロ村へと向かっていた。

 御者台に座っているのはニーヤとモミさんで、僕とペロ様は荷台の後ろに腰掛け、ボーっと通り過ぎる景色を眺めていた。

「もうちょっとだね」

「うん。もうちょっと」  

 この先にはムルアラットと言う小さな町があり、その先はもうテヘペロ村だ。

 一晩宿に泊まっても、二日もあれば到着するだろう。


「そう言えば――あの子達まだいるのかな」

 懐かしい景色に、ふと思い出した。

 僕が魔族にさらわれた先で出会った、三人の少女。

 この先の宿で当分お世話になる話だったが、何しろ四ヶ月も経っているから、もうどこかに行ってるのかもしれない。

 そんな事を考えていると、ペロ様がジーっと僕を見つめていた。

 しまった! と思った時にはもう遅い。

「初めて――」

 ペロ様が、忘れていた疑問を口にする。

「何した?」




 それは四ヶ月前、僕は魔物に捕えられた牢の中で、三人の少女に出会った。

 彼女達の協力によって無事脱出出来たのだが、その協力方法が――問題だった。

 セクシーソードは女性の精を力に変える。

 だから、彼女達に僕は――キスを迫ったわけだ。

……今考えると――とても有り得ない。

 フェロモンがあればいいわけで、三人に囲まれてくんかくんかするだけでよかったのだ。

……それもどうかと思うが。

 とにかく、わざわざキスをする必要はなかった。

 自己保身のために言っておくが、別にキスをしたかったわけじゃない。

 あの時はまだセクシーソードの仕組みも良く分からず、それが一番だと思っていたわけだ。

 しかも、彼女達はその時がファーストキスだった。

 これは本当に申し訳ないとしか言えない。

 まぁ、そこまではいいだろう。過ぎた事はしょうがないだろう。


 そこからが問題だ。

 僕達が宿を後にする時、去り際にかけてくれた別れの言葉の中に、『初めてをあげた』的なニュアンスの言葉を投げつけてくれた。

 いや、間違ってはない。事実なのだが、その言い方にちょっと悪意があった。

 多分、わざとニーヤやモミさん。そしてペロ様に聞こえるように。

 誤解させるように。

 そして、のちにペロ様に尋ねられたのだ。

 今のように。

 その時は華麗にスルー。

――したかどうかは忘れたが、とりあえず有耶無耶にして事無きを得た。

 それを蒸し返すというのか! 今ここで!



「何したんだったっけ……。わ、忘れちゃったなー」

 そんな言い訳に、ペロ様は何も言わず僕を見つめる。

「嘘です。ごめんなさい……」

 真実の神の末裔、ペロ様に嘘は通じない。

 僕も男だ。正直に言おう。あの時はそうするしかなく、やましい気持ちでしたわけじゃない。

「き、キスを――しました……」

 ペロ様は、何も言わない。

 何も言わず、顔色も変えず。

 視線を真っ直ぐ前に戻し、足をぷらぷらさせている。

 どうやら、そこまで関心がないらし――。

――ガン!

 突然大きな音が響き、馬車が僅かに揺れた。

 岩にでも乗り上げたかと思ったがそうではない。ペロ様は平然としている。

――ガン!

 またしても大きな音。その音の正体に気づいた時、血の気が引いた。

――ガン!

 音を出していたのは、ペロ様の足。

 ぷらぷらと振り子のように揺れるその足が、戻ると同時に木枠を蹴りつけている。


……これは……怒ってる……?

――ガン! ガン!

 完全におこです! 激おこです! 

「ち、違うんですよ! 別に特別な気持ちじゃなくてですね! セクシーソードのために仕方なく、泣く泣くそうせざるをえなかったんですよ!」

 敬語になってしまうほど、慌てて言い訳をする。

 キスで子供が出来ると信じていたペロ様にとって、その行為がどれほど特別な意味を持つのか。

 何が男だ。正直に言おうだ。

 デリカシーの欠如もはなはだしい。


「誰とでも――する?」

 何処か寂しげなトーンで呟いた言葉に、適切な答えを返せない。

 誰とでもするわけじゃない。かと言って、『好きな人とだけ』なんて言えるほど純粋じゃない。

 チャンスがあれば飛びつきたい。

 軽薄で不誠実。情けない話だが、それが僕だ。

「嫌いな人とは――しない」

 だから、そう答えるのが精一杯だった。


 嫌われただろうか。

 愛想を尽かされただろうか。

 沈黙が――とても重苦しい。

「好き?」

 彼女が発した、たった一言。それが何を意味するのか、一瞬判断に迷った。

 キスをした少女達を指すのか、それともキスと言う行為そのものを指すのか。

 Do you like me? なのか。


「好き――です……」

 僕の言葉に、彼女はゆっくりと後ろに倒れこむ。

「証拠」

「え……?」

「言葉じゃ、分からない」

 そう言って、彼女はその青い瞳をゆっくりと閉じる。

 その仕草が、何を意味するか分からないわけがない。

 心臓の鼓動に促されるように、彼女に覆いかぶさる。

 透き通るような白い肌に、小さな唇。

 吸い寄せられるがまま、ペロ様との――二度目のキスまでもう少し。

 馬車が止まっていた事なんて、全く気づいていなかった。


「アンタ……何してんの……」

 背後から聞こえた声に、心臓の鼓動が、危険を知らせるモノへと変化した。

 恐る恐る振り返ると、口に手を当てたモミさんと、腰に手を当てたニーヤ。

「何か変な音がすると思って来てみれば……」

 いや、違うんです。あれはペロ様がおこで!

 そんな言い訳も出来ない。言葉が出ない。

 何せ目の前の人物は激おこぷんぷん丸。もしかしら、それ以上――。

「昼間っから何してんのよおおおおお!」

 カムチャッカファイヤー!

――ズガン!

 強制的な前方宙返りの末、馬車が大きく揺れた。

『口は災いの元』とは、よく言ったもんだ。


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