第二章。真実。
「みっ、耳にタコが出来る位聞いていたからな。王子様に助けてもらった話は。だからあれだ――つい感情移入してしまっただけだ」
威厳を取り戻すかのように、ぶっきらぼうに喋ってはいるが、その目は真っ赤に腫れている。
……ミーちゃんかわいいな。名前もだし。
「えっと――そうだ! モミさんは? ペロ様、ニーヤはどこだ!?」
何から切り出そうかと思った時、ふと思い出した。
いや、決して忘れていたわけじゃない。
展開が急すぎて情報の整理に支障をきたしていただけだ。
「金髪の女なら――そっちだ。連れてってやりな」
ミーちゃんは動く気がないらしい。
少女に手を引かれ部屋をでる。改めて周囲を見渡してみると、それなりに広く、古い屋敷のようだ。
「ここです」
案内された部屋の扉を、僕は勢いよく開く。
気を失うほどの衝撃を受けた――モミさんが心配だった。
「モミさん!」
そこには、手枷をつけられたモミさんが――裸で。
その身体には粘性のある液体が大量にかけられていて。
見知らぬ人物が傍にいた。
「きゃあっ!?」
恥ずかしそうに身体を隠す。
「すすす、すいません!」
そして、僕は慌てて扉を閉めた。
今見た光景を整理しよう。
モミさんは手枷をはめられていた。
――裸だと思ったけど、上半身だけだった。
粘性のある液体は緑色で、背中部分に集中していた。
――それを塗っていたのは――女性だった。
モミさんのあげた「きゃあっ!?」と言う声は、
――いやぁ! 穢された私をみないでぇええええ!
では無いと判断した。
だからすぐ扉を閉めたのだ。
惜しむらくは、身体の角度が悪かった。
もう少しこっちを向いていたら――てっぺんも見えていたのに!
「ケンセイさんいますか? もう入ってきてもよろしいですよ」
向こうから聞こえたモミさんの声で中に入る。
若干顔が赤くなっているのは、多分お互い様だ。
やはり僕の思ったとおり、背中に薬草を塗ってもらっていただけらしい。
手枷はされていたものの、危害は何一つ加えられてないとか。
「申し訳ありません。私がふがいないばかりに」
「いえ、僕の方こそ。モミさんが来てくれなかったら、今頃ここにはいませんよ。ありがとうございます」
「ところで、一体どうなっているんですか? ペロ様とニーヤも一緒ですか?」
「そうだ、ペロ様――」
モミさんに状況を説明するより先に、ペロ様の居所を聞き出し、その部屋の扉をあけた。
そこで僕達が目にしたものは、
まるで眠っているかのように安らかな顔をした、床に転がるペロ様だった。
いや違う。
ペロ様だけじゃない。他にも幼女が転がっていた。
皆同じように、安らかな顔で――眠っていた。
「何だこれ……天国か……? 幼女パラダイスか……?」
「確かに、子供は寝る時間ですけど……」
とりあえず他の幼女を起こさないように気をつけながら、僕達はペロ様を救出? した。
未だに状況が読めない様子のモミさんと、眠い目をこするペロ様を連れ、ミーの居た部屋へと戻る。
――ん? ニーヤはどこだ?
「え? だからさっきも言っただろ。赤髪の女は見ていない。罠にでもかかっているんじゃないかって」
「……あのニーヤが簡単にはまるとは思えませんが、これだけ時間が経っているのはそういう事なんでしょうか」
「ハハッ。舐めてもらっちゃ困るな。そこらの野党のアジトとは違う。俺の罠をすりぬけられるのはせいぜい鼠くらいだろうよ」
大げさに足を組み、自慢げに語る。が、ミーの目は真っ赤だ。
「じゃあ探しに――」
行こう。と言おうとした瞬間。ドン! と大きな音がなった。
「なっ、何だ!?」
背後からの音に、真っ先に反応したのはミーだ。気のせいか、ちょっと飛び跳ねた気もする。
そして、壁の隙間から突然人の手が現れた。
「ひいいいいいいいいいいいいいいっ!?」
素っ頓狂な声を上げたのはミーだ。
確かに暗闇から手が伸びてくる光景はホラーだったが、すぐに現れた姿に、僕達は胸を撫で下ろす。
「ちょっとアンタ! セクシーソード使ったでしょ!? 馬鹿じゃないの!? 危うく真っ二つにされるとこだったわよ!」
現れるなり、ニーヤは怒りの形相でまくしたてる。
「ニーヤ。一体今まで何やってたんですか?」
「いや、途中まで後をつけてたんだけどさ。以外に罠が多くてね。うっかりひっかかっちゃったのよ」
ニーヤの言葉に、ミーが満足そうに一人頷く。
「でもあれは異常ね。病気と言ってもいいわ。相当な心配性なのよ。普通なら絶対置かない場所にも無駄に仕掛けられてるし。多分仕掛けた本人でも通れないわよ。あれなら素人の方がよっぽどマシだわ」
ニーヤの言葉に、ミーがうつむいた。多分通れないんだろう。
「で、罠に引っかかってどうしようかなって思ってたところに突然アンタのセクシーソードよ! アタシじゃなかったら絶対死んでたわよ! まぁ。お陰で罠は外れたんだけどさ。
――ところで、凶手はどこ? もう倒しちゃったの?」
僕は、意気消沈しているミーを指さした。
「形勢逆転か――くっ! 殺せっ!」
僕達の視線に耐え切れなくなったのか、ミーが両手を投げ出した。
僕は知っている。これは――昔流行った「くっ殺」だ。
まさかリアルで見れる日がくるとは。
「そもそも何なんだよお前ら! 何しに来たんだよ! 意味わかんねーって顔してるけどこっちが意味わかんねーよ!」
ついには両手をバタバタと振り出した。もう人喰らいの凶手の面影はどこにもない。
「僕達は、トートさんの娘を取り返しに来ただけだ。少し前、デカフグリで女の子を連れてきただろ?」
その言葉に、ミーはピクリと反応した。
「そうか――あの貴族に雇われたんだな? いくらでも金を払うって最後までごねていたからな」
「いや、別に僕達は雇われたわけじゃ――」
「だが――断る。娘は渡さない」
ミーの瞳が、再び鋭さを取り戻す。
「どうしても連れて行きたければ――俺を殺せ」
その迫力は、軽々しく言葉を発するのを躊躇わせるほど、重い威圧感を放っていた。
何かを命がけで守るような――そんな覚悟。
「理由を聞かせてもらってもよろしいでしょうか」
「逆にこっちが聞きたいな。俺は仕事をした。その対価に娘を受け取ったんだ。娘を取り返す? 別に奪ったわけじゃない」
「それはそうかもしれない。けど、ヴィクトラードさんに渡す気は最初からなかったんだ。彼女はヴィクトラードさんの親友の娘で、今も心を痛めているんだよ」
僕は説明した。
トートさんとヴィクトラードさんの間に起こった出来事を。
彼女なら、きっと分かってくれると信じて。
「それがどうしたって言うんだ?」
でも、彼女の反応は違った。
「どんな理由があれ、一度は金に代わった。その親にとって、その娘は金よりも大切では無くなったんだ。
今は金があるから買い戻す。それなら、金が無くなったらまた売り払うんだろ?」
「そんな事――」
僕の言葉を遮るように、テーブルに拳が落とされた。
「あるんだよ。俺はソレを――何度も見てきた!」
怒りに燃えるような彼女の瞳。
全てを焼き尽くす、憎悪の炎。
「この家にいる娘達を見ただろう? 分かっているとは思うが、あいつらは全員ドラーシュだ。さらわれたやつも居れば、親に売られたやつもいる。
――なぁお前、一体この家にいるどれくらいの奴が親に売られたと思う?」
親に売られる。
そんな事、あまり考え付かない、考えられない行為だ。
「半分くらい……か?」
僕の答えに、彼女は鼻を鳴らし「甘いな」と呟き、
「八割だ。ドラーシュはな、さらわれるより。売られる事の方が多いんだよ」
八割。その多すぎる数字に、僕は驚きを隠せない。
「言っちゃあ悪いが、さらわれる奴はマシだ。たまたま偶然悪い奴に捕まってしまっただけ。言ってみれば病みたいなものだ。運が悪かったと神を恨める。
だが、親に売られる奴はそうじゃない。どんな理由があろうと、どんな過程を辿ろうと、強制的に自分の価値を知ってしまう。自分が金よりも劣る事を、他でもない親に教わるんだ。もっとも悲惨なのは、子供は親を恨めないって事だ。もちろん口では何とでも言える。怒りだってする。だが、心の底から憎む事は出来ない」
「そして、金を手に入れた親が、娘を買い戻す話は珍しい事じゃない。お前が言ったように、仕方なく、どうしようもなく、泣く泣く売ったんだ。余裕が出来たら買い戻すのは当たり前かもしれない。
親元へ帰れると知った子供がどんな顔をするか知っているか? 親に売られたと言う事実も、今までの辛い生活も、背中に捺された焼印の痛みも! 全てが幻だったと! 無かった事だと! この世は幸福で満ち溢れているんだと! そんな笑顔を浮かべるんだ!」
「だが、一度捺された烙印は消えない。一度決められた優先順位は変わらない。幸せだと思っていた世界が、一瞬でブチ壊される。
再び親に売られた娘の顔を知っているか!? 深い暗闇のような、光の消えた瞳を見た事があるか!?
神を恨み! 世界を恨み! 親を恨み! 自分の存在さえ恨み! 絶望に染まった娘がどうなるか知っているか!?」
彼女の目には涙が浮かんでいた。
「俺のようになるか――死ぬかだ」
彼女の話が辛くて、悲しくて、恐ろしくて、情けなくて。
気づけば――僕も泣いていた。




