第二章。暗殺者現る。
「ちょっと風に当たってくるね」
出来ればお酒なんて一滴も口にするつもりはなかったが、流れに逆らう事は出来ず。
このままじゃまずいと思った僕は一旦外に出た。
「モミさん……何処かにいるのかな……」
周囲を確認するが、それらしい姿は見えない。
何だか心細くなった僕は、セクシーソードを確認する。
僕が持つ武器、セクシーソードだが、そもそも普通の剣ではない。
いや、剣ですらないと言っても過言ではない。
何故なら刀身がないからだ。
剣なのに、剣だからこそ、標準装備されているはずの刀身がない。
これを作ったのが普通の鍛冶職人なら、そんな職人のいる店はとっくに潰れているだろう。
だけど、これを作ったのは鍛冶職人じゃない。
魔界の王であり。
魔族の王である。
魔王、パララ・アミル。
彼女が有する、その強大な魔力をもってして生み出した魔装具だ。
刀身は、女性の精を魔力に変えたもの。
眩いくらいに輝くその刀身は、幸いにも娼館に行ったおかげでほぼフルパワーだ。
でも、やはり心細さは変わらない。
ワーワルツに来てからずっと彼女達と一緒だった。
今みたいに一人で行動するのは殆ど無い。
もし彼女達が居なくなってしまったら――僕はどうなるんだろう。
――どうすればいいんだろう。
「――何て考えても仕方ないよな」
不安を拭い去るように呟くと、身体の芯が震えた。
これは――尿意だ。水分を取りすぎたんだ。
幸いにして、これが便意では無かった事。
鎧を解除できない今なら――確実に漏らしてしまうからだ。
当初はおしっこの度に鎧を解除してもらっていたが、もうその心配はない。
もちろんファスナーをつけたわけでもない。ではどうするのか。
簡単だ。隙間からするのだ。
股間と鎧の間にある僅かな隙間。そこに指を差し込み、レバーを左右どちらかの方向に入力。
指を差し込んだ反対側から放出するという高等テクニックを身に着けていた。
この技を習得するまでには大変な苦労があった。一度レバー操作をミスれば大惨事になるのだ。
鎧の中で『アバババババ』と悲惨な目にあった事もしばしば。
それを考えると、これも成長の証だろう。
「――ってどんだけ低レベルな成長だよ」
自分の言葉に突っ込みつつ、鎧の隙間に指を突っ込む。
この時、僕は完全に気を抜いていた。
暗殺者の事などすっかりと頭から抜け落ち、
尿意を開放するために、
いつものように、
人気の無い場所へ移動した。
全身から嫌な汗が噴出す。
背中にひしひしと感じるこの空気は、間違いなく殺気だった。
――剣をとれ!
全身がそう告げる。
――指を離すな!
既にカウントダウンを始めた尿意がそう告げる。
今すぐレバーをニュートラルに戻して剣をとれば間に合う。
だが、間違いなく鎧の下はアババババだ。
――剣を取れ! 死ぬぞ!
――指を離すな! もう出るぞ!
どっちだ! 僕はどっちに従えばいいんだ!?
いや、答えは決まってるはずだ! 何故動かない! 優柔不断もいい加減にしろ!
その時、第三の声が聞こえた。
――振り向け!
「なにっ!?」
自然と身体が動いた。
鎧の隙間から、綺麗な放物線を描いて飛翔する。
月明かりを反射させたそれは、天から降り注ぐシャワーのよう。
そして、背後の男の顔面に降り注いだ。
助かったあああああ!
心で叫びつつ、距離をとって剣を抜く。
どうやら目に入ったらしい。少し同情する。
「くっ! よ、よくも!」
「あっ! お、お前は!」
目の前にいる男には――見覚えがあった。
顔面を覆うように巻かれた黒い布。突き刺すような鋭い瞳。
特徴的な外見だった。忘れるはずもない。
この町に入る前に出会った。
飢え死にしそうな僕達を助けてくれた。
その男だった。
「まさか――どうして!?」
どうして人殺しなんだ。
困ってる人を助けるような人が、どうしてこんな事をしているんだ。
「どうしてだと? ああ、お前は道で死にそうになっていた奴だったな」
「そうだ。お前は――僕達を助けてくれたじゃないか! なのにどうして人殺しなんてするんだ!」
「ふ、ははっ」
目の前の男が笑う。
「人殺しが人を助ける事はありえないか? 人を助けるものが人を殺す事はありえないか? 違うだろう? 行動などその瞬間の気分にしか過ぎない。お前は機嫌がいい時も悪い時も同じ行動をとるのか?」
何も言い返す事が出来ない。
「お前も俺と同じだよ。貴族の娘に随分恨まれたみたいじゃないか。一緒に旅をしていた女はどうした? 三人いてもまだ足りなかったらしい。人の事を言えた義理か?」
「そっ、それは――!」
そうか、僕はそういう設定になっているんだった。
「――おしゃべりが過ぎたな。殺す相手に口を開いたのは久しぶりだ。心配するな。一瞬で終わる」
そう言って男が構える。
相手の武器が見えない。何を持っている? 短剣か? 勝てるか?
――万が一襲われたら逃げなよ。アンタじゃ絶対敵わないから。
ニーヤの言葉を思い出す。
もしかして――ニーヤは知っていた?
こいつから食料を貰ったとき、ニーヤはどこか不機嫌そうな顔をしていた。
見抜いていたんだ。こいつが悪人だって事を。
そして、もしかしたら人喰らいの凶手かもしれないと思った。
だから言い切ったんだ。
実力を見抜いた上で、僕じゃ敵わないと。
――やっぱニーヤはすごいよ。
セクシーソードを鞘に収める。
「どうした? 覚悟を決めたのか?」
「いや、そうじゃない――」
ニーヤの観察眼に間違いは無い。
だったら信じるだけだ。
「――逃げる!」
走った。ひたすら走った。
とりあえず何処か人気のある場所へ――。
その時、突然身体が宙に浮いた。
つまづいた! そう思った瞬間、勢いよく地面に転がる。
――だせぇ! 僕めっちゃダサい! つまづいてる場合かよ!
だが立ち上がった直後、つまづいたわけじゃない事に気づく。
足首を締め付ける違和感に。
「逃がすと思ったか?」
僕の足首から伸びる一本の線は、男の手元へと繋がっていた。
これは――鞭!?
「甘いんだよっ!」
強烈な力が足首にかかり、身体が地面から離れる。
遠心力が速度を上げていく。なすすべもなく、そのまま壁に叩きつけられた。
「がはっ!」
高所から突き落とされたような衝撃が、鎧の防御力を貫通して全身に伝わる。
「一度は助けておいて――悪いな。これも仕事なんでね」
身体が動かない。視界が霞む。
男が何かを振り上げた。
もう――ダメか。
ズン! と衝撃で地面が揺れた。
僕の目の前には、鼻先には、見覚えのある鋼鉄のメイスが地面に突き刺さっている。
「モ……モミさん……」
「チッ! 外れましたか。ケンセイさん、大丈夫ですか!?」
モミさんが悔しそうに顔を歪ませる。来てくれたんだ。
「なんとか……大丈夫……です」
でも、後数センチずれてたら殺されてました。モミさんに。
「邪魔をするな女。そんな屑をかばったところで良い事などない。お前も一緒に殺すぞ」
「その前に、貴方の骨が砕ける音を聞かせてもらえませんか?」
モミさんが浮かべた微笑からは、慈愛の面影が消えていた。
勢いよく飛び出すと、男の脳天にメイスを振り下ろす。
地面をえぐる音。飛び散る破片。
かわされた!
だが、すぐさま振りかぶり猛攻をしかける。
かすっただけで肉をえぐり、直撃すれば骨を押しつぶすメイス。
だが男を捕らえることは出来ない。
振り下ろしたメイスに、モミさんが苦悶の表情を浮かべた時だった。
「中々だな――だがそこまでだ」
地面にめり込んだ一瞬の隙に、鞭がそれをからめとった。
だが、モミさんはすぐさま手を離し、胸の間から短剣を抜き取った。
ってそんなとこに!?
「単調すぎますわよ!」
一瞬で距離を詰める。
男の鞭はまだメイスに巻き付いたまま。
――やった!
そう思った瞬間だった。
まるで見えない壁に遮られているかのように、短剣は男の首元で止まっている。
「単調なのはどっちだろうな?」
短剣――いや、モミさんの手は鞭で縛られていた、
「一本だけかと思ったか? 残念だったな」
そう言って、もう一本の鞭をモミさんの足に絡ませる。
「止めろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
彼女の身体が宙に浮く。
壁が鈍い音を響かせた。
「モミさん! モミさん!」
激しく壁に叩きつけられた彼女は、意識こそなかったものの、かろうじて生きている。
「どうして女と言うのはこれほど馬鹿な生き物なんだろうな。こんな男、救う価値などないただの屑だと気づかない。哀れなものだ」
「この野郎――」
柄にかけた手が、鞭によって束縛される。剣が――抜けない。
「もう諦めろ。心配するな、殺すのはお前だけだ」
その言葉は多分嘘じゃない。敵ながら――そう感じた。
「ははっ」
僕は笑った。これから殺されるのに、何故か笑いがこみ上げてきた。
「何がおかしい?」
「馬鹿はお前だよ。モミさんが騙されてる? 騙されてるのが自分だって事にまだ気づかないのか?」
「……何だと?」
「僕が貴族の娘に恨まれてるって? そんな娘がどこにいるんだ? 童貞の僕が弄んだ金髪の美女はどこにいるんだよ。会ってみたいよ。連れて来てくれよ」
――出来る事なら弄ばせてくれよ。
「なっ! まさか!」
「そうだよ。お前も知ってるだろ? 僕達は四人でいたんだ。そこにいるモミさんと、小さい女の子。そして赤毛の女の子。お前のアジトが今どうなって――」
もう一本の鞭が、僕の首を絞めつける。
「貴様等……何が目的だ!」
「お前に……さらわれた女の子……ドラーシュの子達は……きっと彼女達が助け出してるはずだ……」
ニーヤ達なら大丈夫。きっと皆を助けてるはずだ。
「かっこ……悪いぜ……お前……。何が人喰らいの凶手……だよ……。顔を隠してるその布……僕のしょんべんまみれだって……忘れてるのか……?」
頭がボーっとする。男の姿はもう見えない。
「しょんべん……小僧に……改名しやが……れ……」
バッドエンド?
いや、これでいい。
誰かを助けられたなら――悔いはないさ。




