第二章。作戦決行。いけるときにイク。
目印を立てに行った従者が戻ってきた。
もちろんニーヤは一緒ではない。今頃張り込みの真っ最中だろう。
従者はとりあえず昼と夕方に確認をしにいくと言った。
実際今の僕達に出来る事はなにもなく、貴族ごっこで時間を潰すなど(何故か僕が奴隷役で、新たな性癖に目覚めそうになった)呑気に過ごしていた。
そう、ニーヤがアジトを見つけて戻ってくると信じていたのだ。
だが、やはりそんな簡単に事は運ばない。
「ゴメン。見失っちゃった」
日が暮れかかった頃、二回目の確認に向かった従者と入れ違うように戻ってきたニーヤが、開口一番にそう言った。
これに一番驚いたのはモミさんだ。
「本当ですか? 無駄に素早い山猿のようなニーヤをまいたって言うんですの?」
「ちょっとモミ……何か性格変わってない?」
どうやら貴族ごっこの余韻が抜けてないようだ。我に返ったモミさんが顔を赤らめる。
「で、でも、ニーヤをまくとは相当に用心深い相手ですね」
「いや、正確にはまかれたわけじゃないんだよね。そもそも、多分来たのは本人じゃないと思う」
「どういうこと?」
「来たのは小さい子供だったのよ」
「子供? 暗殺者は子供だって事?」
「何聞いてんのよアンタは。多分本人じゃないって言ったでしょ。本人だったら雰囲気や仕草で分かるわよ。だから多分、あの子はドラーシュで、命令されて確認に来たってところかしら」
「やっぱり本人がのこのこと現れるわけありませんものね。でも、どうしてニーヤが見失ったんですか?」
相手が手だれならともかく、子供なら簡単に追跡できそうな感じはする。
モミさんの質問に、ニーヤは少し顔をしかめて言った。
「途中で岩の切れ目に出来た隙間に入っていったのよ。子供一人がやっと通れるくらいのね。多分、そのために子供を使いに出してるんだと思うわ。あんなとこ普通は通れないもの」
粗暴なイメージがあるから忘れてしまうが、ニーヤも身体だけで言えばやはり女の子のソレなのだ。
単純な面積なら中肉中背の僕よりも狭い。
彼女が通れないとすると、普通の男ならまず無理だろう。
やはり、一筋縄では行かないようだ。
「って事は――」
ニーヤがアジトを見つけられなかった。それは第一の作戦が失敗した事を意味する。
そして、第二段階に移行するのだ。
第二段階はモミさんが敵と接触。ペロ様をドラーシュとして引渡し仕事を依頼する。
その標的は――僕だ。
あれ? 僕死んじゃう?
いや、そんな事はない。死ぬはずがない。
「その――凶手と戦う時はニーヤもモミさんも一緒にいるんだよね?」
「え? アタシはいないわよ。引渡しには本人が来るだろうし、ドラーシュを運ぶのに馬車も使うだろうから、もう一度後をつけるわ。ペロを一人には出来ないしね」
ふむ。確かにニーヤの言うことは正しい。
まぁ。モミさんがいれば安心か。
まるで害のなさそうな外見のモミさんだが実は違う。
戦闘中、飛び散る血しぶきを浴びながら恍惚に笑う彼女を初めて見たときはちょっと引いた。
完全に別人だった。変身したと言っていいかもしれない。
「私はあと二回変身を残している」と言われても驚かない。
だから――大丈夫だ。
「あ、ちなみにモミもいないからね」
「ええっ!?」
「だって殺そうとしたやつの傍にいたらおかしいじゃない。だから動くのはアンタ一人よ」
終わった。絶対終わった。
ああ、僕はやっぱり大人の階段を上り終わる前に天国の階段を上がるんだ。
これも運命。運命なのか。ならば受け入れよう。
散りぬべき、時知りてこそ世の中の、花も花なれ人も人なれ――。
「何悟った顔で訳わかんないこと言ってんのよ。死にはしないわよモミもいるんだし」
呆れ顔でニーヤが言った。
「そうですよケンセイさん。傍にはいませんが、ちゃんと近くにはいますから。本当に危険な時はすぐ参戦します」
「モミさん……!」
そうだ。そう簡単に終わるわけがない。辞世の句を詠むにはまだ経験が足りない。
僕はまだ女体の神秘を追求していない。
「ま、一瞬で殺されちゃったら意味ないんだけどね。暗殺者だし」
さらっと言ったニーヤの一言に、回復しつつあった僕のテンションが下がったのは言うまでもない。
それから約一時間後、食堂に漂う空気は張り詰めていた。
その理由は、テーブルに置かれた一枚の紙。
時間と場所だけが書かれたその紙は、確認に向かっていた従者が持ち帰ってきたものだ。
「まさかこんなに早く来るとは思いませんでしたね」
「まぁこっちとしては好都合なわけだけど」
僕達の目的は少女の救出。確かに一刻も早く救い出してあげたい。
だけど何だろう――僕にも心の準備ってものがあるんだ。
「ふむ。場所は私の時と同じだな。時間を考えると、そろそろ出発した方がいいかもしれん」
「では早速向かいましょうか。幸いにも準備は出来ていますしね」
「そうね。後はアンタだけど――」
ニーヤが僕に視線を移す。
「隠れててもしょうがないし、わざと目立つように酒場で騒いでてもいいかもね。人が多いところじゃそう簡単に手は出せないと思うし。とりあえずアタシらが戻るまで、出来るだけ時間を稼ぐのよ。それくらいなら平気でしょ?」
「まぁ、多分それくらいなら……」
戦って勝てるとは思わない。でも、時間を稼ぐくらいなら出来るはずだ。
ニーヤの言うとおり酒場なら人も多いし、相手からすればやりづらい状況だろう。
人混みに紛れて襲われる可能性もあるが、それは対象に警戒心がない場合だ。
気を張って周囲を観察していれば、不審者はすぐに分かるはず。
「よし、じゃあ決まりね。それと、もし――万が一襲われたら逃げなよ。アンタじゃ絶対敵わないから」
「うん。分かった。ニーヤ達も――気をつけて」
今までだって何とかやってきたんだ。
――大丈夫。きっと上手くいく。
馬車に乗る彼女達を見送りながら、そう願った。
「――君達は強いな」
馬車を見送ると、ヴィクトラードさんが呟いた。
「見ず知らずの人間のために危険を冒してまで――中々出来る事じゃない」
「多分――彼女達が強いんだと思います。僕も助けてもらってばかりで。情けない話ですが、僕は何も出来ないですから」
そう、僕は何も出来ない。
敵を軽々となぎ倒す強さも。
生活を豊かにする知識も。
何も無い。
テレビを見る事が出来ても、パソコンを操作する事は出来ても、それがどういう仕組みで動いているのかは知らない。
当たり前のように使っていた電気が一体何なのか、どうすれば電気を作れるのか分からない。
ライターが無ければ、火さえ起こす事は出来ない。
ワーワルツよりずっとずっと科学が発展している世界から来たのに、何一つ役に立つ知識はない。
僕は――本当に役立たずなんだ。
「確かに――彼女達は素晴らしい」
ヴィクトラードさんが言った。
「だが、君が何も出来ないと言うのは違うな。もし君がいなかったら、多分彼女達はこの件に関わらなかっただろう。君達がどれくらい旅を続けているのかは分からないが、何度かあるんじゃないかね? こういう面倒事に首をつっこむのは――いつも君だったりするんじゃないかね?」
考えてみれば――そうかもしれない。
「彼女達の行動力は、君がいてこそのものだと私は思う。他人の面倒に本気で関わろうとする君だからこそ、彼女達は動いているのではないかね。
君が彼女達を認めているように、彼女達も君を信頼しているんだよ」
「そ、そうですかね」
何だか照れくさくて、僕には笑ってごまかすしかできなかった。
「――で、誰と付き合っておるのかね?」
「ふぁっ!?」
「男と女の旅路だ。そうならないのが不思議なくらいだろう? もしかして三人ともか!?」
ヴィクトラードさんがぐっと身を乗り出す。
つい今しがた語っていた、良い台詞の面影は全く無い。
ダンディーな貴族も、一皮剥けば普通の男。おっさんだ。
「いやいや、そんな事ないですよ! 誰とも何も無いです!」
「なん……だと……?」
何をトチ狂った事言ってるんだコイツ。みたいな目で僕を見る。
「……男が好きなのかね?」
「んなわけあるかー!」
ついついノリでつっこんでしまった。
「では――あれか。あっちの方も相当ご無沙汰なのか?」
「まぁ――そうですね……」
ご無沙汰どころか、会ってもいない。
だが、流石に「童貞です!」と言えるほどオープンな性格ではない。
「そうか、それは辛いな……」
「ええ……とても辛いです……」
蛇の生殺し状態がずっと続いているのだ。辛くないはずなんてない。
男なら誰でも分かるであろうこの辛さ。ヴィクトラードさんも心底同情しているようだった。
「よし。ちょっと待っていてくれ」
そう言って一人屋敷に入っていき、そしてすぐに何かを持って戻ってきた。
「何ですかそれ?」
「魔法の手紙だよ」
そう言って、怪しげな笑みを浮かべる。
「これを町の娼館に持って行けば、最高のもてなしを受けられるだろう」
「娼館!?」
娼館ってアレだよな……。僕の記憶が確かなら……アレを……アレする……。
「どうせ町に行くんだろう? 少し遊んで、それから酒場に行けばいい。私が馬を出してやる」
そう言って、丸めた書状と金貨がつまっているだろう袋を僕に押し付けた。
「い、いや、いいですよ! 悪いですよ!」
「遠慮はするものじゃないぞ! 太陽は毎日昇るが、旅人に明日が来る保証などないのだ! いける時にイク! それは大事な事だ! 何より我慢は良くないぞ!」
――旅人に明日が来るとは限らない。
深い言葉だ。それにもしかしたら、最悪の場合僕は今夜死んでしまうかもしれない。
後悔はしたくない。
チャンスは目の前に来た時に掴まなければ消えてしまう。
彼女達の居ない――今しか。
「ヴィクトラードさんっ……!」
「少年よっ!」
僕達は、固い握手を交わした。
それは肩書きもなにもない、男同士の熱いモノだった。




