第二章。呪いの先。白い兎。
戻ったヴィクトラードに案内されて部屋に入る。
きらびやかな室内には少し落ち着かなかったが、風呂がついてる事に歓喜した。
川で身体を洗ったのが三日ほど前で、ちゃんとお風呂に浸かったのは一週間も前。
だから嬉しかった。疲れを癒すのには風呂が一番。今すぐこの鎧を脱いで、風呂に飛び込みたい。
でも、僕にはそれが出来ない。
ただ鎧を脱ぐだけなのに――出来ない。
それは――これが呪われし鎧だからだ。
――なんて仰々しい言い方をしてみたが、教会で呪いを解いてもらうとか、解呪の魔法が必要なわけじゃない。
そう、この鎧セクシーアーマーは――。
…………。
この鎧、名をセクシーアーマーと言う。
この輝く白銀の鎧! その名もセクシーアーマー!
…………。
…………。
いや、分かってる。
どんな言い方をしても、格好なんてつかないって事は知ってる。
剣がセクシーソードだから鎧はセクシーアーマーかなとか、そんな安易な考えを口に出した事を、僕は未だに後悔しているんだ。
剣は決まっていたから仕方ないとして、鎧だけでも、もう少しマトモな名前を考えておけばと、悔やんでも悔やみきれない。
もしも一度だけ好きな時に時間を戻せるなら、何を差し置いてでもその時に戻るだろう。
少し脱線したが話を戻そう。
どうして脱げないのか。
それは、この鎧の性質が大きく関わっている。
魔装具と呼ばれる、魔力で作られた装備。
魔力を触媒として、力を発揮する装備。
その性質から当然、使用者は魔力を有している事が前提となる。
だが、僕にそんなものはない。
この装備には二つの形態がある。
鎧か、腕輪かだ。
腕輪の状態から鎧に代えるには、腕輪にあるくぼみを押すだけでいいのだが、鎧から腕輪にするためには、魔力を使い『ある部分』に触れなければならない。
だが、やはり僕には魔力がない。
そのため、鎧を脱ぐには、魔力を持つ他人の力を借りなければならないのだ。
何だ、そんな事か――なんて思ってはいけない。
確かに言ってみれば簡単だ。世の中には、一人で着たり脱いだりするのが困難な服を誰かに手伝ってもらう事だってあるだろう。
問題はソコじゃない。誰かに手伝ってもらう事ではない。
解除のスイッチとなる『ある部分』
ソコが問題なのだ。
そしてそれこそが、このセクシーアーマーの呪いの一つ。
そのある部分と言うのは――アソコだ。
アソコって何処だよ。何て野暮なツッコミをいれてはいけない。察していただきたい。
あそこと言ったら。言葉を濁したら。
もうそこしかないだろう。
股間しかないだろう。
どうしてその部分に大事なスイッチの役割を持たせたのかは不明だ。
大事な部分だからこそかもしれない。
まぁとりあえず、この鎧を解除するには『他人に大事な部分を触ってもらわなければならない』と言う事だ。どうだろう、これを呪いと言わず何という。
股間を触るって言っても鎧でしょ?
鎧の上から触るって事でしょ?
直接触られているわけでもないし、別に問題なくない?
どこかからそんな声が聞こえてきた気がする。
甘い。甘すぎる。
そんな甘い考えじゃいつかきっとひどい目にあうだろう。
確かに、股間と言っても鎧だ。そこには金属がある。
思いっきり蹴飛ばしてもらっても、僕のセクシーソード、及びゴールデンボールには傷一つつかないだろう。
だが、優しく触れられると、まるで鎧なんて着ていないかのように敏感になるのだ。
どれくらいの感度かと言うと、もう直接触られているのと同じだ。
さらに、これは後出しのようで申し訳ないが、魔力を使って触れれば、ハイそれで解除ってわけでもない。
こするように、さするようにしないと解除されないのだ。
だから僕は、鎧を解除するたびに毎回毎回股間を直接さすられている感覚に陥るわけだ。
そうなるとやはり――反応してしまう。
どんなに頭で拒否しようと、持ち合わせるありったけの理性をフル稼働させても、外的要因が加わると、自ずと化学反応は起きる。勃起きてしまう。
そして、解除された後は裸だ。
露になる。現れてしまう。
お分かりいただけただろうか。この呪い。悲惨である。
辛く苦しい呪いだが、ずっと鎧を着ているわけにもいかない。
普段は、一番最初にこの呪いを知ったモミさんに頼む事が多い。
いつまで経ってもなれる事はないが、それでもニーヤやペロ様に比べると多少は気が楽だ。
でも――今部屋の中にいるのは僕とペロ様。
ヴィクトラードさんが二部屋用意してくれたのだが、女性陣の密談の末、何故かこの組み合わせだ。
当然――ペロ様に解除を頼むしか選択肢はない。
「あ、あの……鎧解除してもらってもいいかな……?」
僕の言葉に、ペロ様がコクリと頷く。そして、ゆっくりと手を伸ばす。
ペロ様の小さな手が、穢れを知らないその指が、優しい刺激を連れて来る。
圧倒的背徳感と絶対的快感。
背徳感があるから快感が生まれるのか。
快感があるから背徳感が生まれるのか。
どちらかがなければどちらかが生まれないのか。
分からない。僕には分からないよ――。
身体の軽さに、閉じていた目を開ける。
生まれたままの姿の僕を、ペロ様が見つめていた。
いや、違う。正直になろう。正直に言おう。
ペロ様が見つめていたのは、『生まれたて』なんて可愛い表現が似合わないソレ。
完全に無駄な臨戦態勢をととのえたソレを、彼女はただじっと見つめていた。
照れるわけでもなく、恥じるわけでもなく、かといって全く気にしていないわけでもなく。
ただ見つめていた。
そして、その小さな手がそっと伸び――。
「あ、ありがとう! お、お風呂いってきます!」
僕は逃げるようにその場から離れる。
危なかった。流石にダイレクトタッチは洒落にならない。
「純粋ってこわい……」
そんな事を呟きながら、禊をするように、火照った身体を鎮めるため、冷水を頭からかぶった。
僕の後を追うようにして、ペロ様もお風呂に入ってきた。
当初こそ驚き、慌てていたものの今ではすっかりなれたもの。
そもそもペロ様は、僕と一緒にお風呂に入ることを何とも思っていないのだ。
ニーヤやモミさんと一緒に入るのと同じように、ごく自然な行動。
僕が変に意識するのは逆に失礼であり、不謹慎である。
だからと言って、タオルすら巻かないペロ様を凝視したりはしない。
ナチュラルに視線を外すスキルを、僕はこの旅で身に着けた。
ペロ様が僕の頭を洗い、僕もお返しに洗う。
「そういえば、部屋に入る前に何か話してたみたいだけど、何かあったの?」
「部屋の事」
僕の質問にペロ様が答える。
宿に泊まる時、広い部屋なら四人で泊まれるが、そうでない場合は部屋を二つとる事もよくある。そんな時は、大抵モミさんと僕が同室になる事が多い。魔装具の扱いに慣れている、と言うのがその理由だ。
時点でニーヤ、その次にペロ様といった感じで、ペロ様と同室になる事はあまりない。
だから、この部屋割りを少し不思議に思っていたのだが、ペロ様の一言によって、その真相の断片が見えた。
「二人――毛がぼうぼう」
「毛っ!?」
何だ!? 今ペロ様がさらりとすごい事を言った気がする! 多分聞いてはいけない事を聞いた気がする!
お手入れがあるからか!? だからこの部屋割りなのか!?
部位は!? 部位は何処!?
「つるつるだから――大丈夫」
自分の身体を撫でながらペロ様が呟く。
僕は「うん」と頷いて、雑念を消した。
二人の――名誉のために。
お風呂を上がり、服に着替える。普段着――と言うより、普段は常に鎧を着ているので、どちらかと言えば寝巻きだろう。
お腹も膨れたし、風呂にも入った。後はベッドに入って寝るだけ。
そんな時、ベッドに向かう僕の視線の先に――ソレは居た。
ベッドの上。見るからに柔らかそうな真っ白の布団の上に。
うさぎが一匹、ちょこんと座っていた。
おねむ用のゆったりとした白いローブ。
首元には、髪の色と同じような、蒼い石がついたネックレス。
無表情で、口数が少なく。
どう見ても十歳くらいにしか見えない、神の血を引く幼女。
ペロ様の頭の上には、二本の耳が生えていた。
「なっ……!?」
まさか、これは神の奇跡!?
何て一瞬驚いたものの、良く見れば、先程ニーヤとモミさんが着けていたものと同じ、うさぎの耳を着けているだけだった。
「……つけてみた」
小さな声でそう呟く。
僕は余りの衝撃に言葉が出なかった。
うさ耳――バニーガールと言えば、某国の成人雑誌が発祥と言われている。
その為、どうしてもグラマラスでセクシーな女性をイメージしてしまう。うさぎは年中発情しているから『私はいつでもOKよ』と言うメタファーなのだとか。真偽の程は分からない。
だから、僕の中では幼女とうさ耳はミスマッチだと決め付けていた。
幼女なのにOKよ。とか、そんな矛盾した二律背反。ペロ様はつるぺたぱいぱ――。
――はっ!? 僕は何を考えているんだ!? 冷静になれ! 理性を保て!
そんな葛藤を繰り広げていると、突然彼女が動いた。
――跳ねた!?
「つけてみた」と言ってみたが、相手はただ固まっているだけ、と言う状況に痺れを切らしたのかもしれない。
その表情から真意をうかがい知る事はできないが、確かに彼女はぴょんと跳ねた。
膝を使い、うさぎになりきって跳ねたのではない。
どこか遠慮がちに、お尻でぴょんっと跳ねたのだ。
「あ――うん。可愛いよ。良く似合ってる」
本当は猛ダッシュで飛びついてはむはむしたいところだが、グッと抑えてそう告げると、ペロ様は満足気に頷いた。
「よし、じゃあ寝ようか」
そう言って布団にもぐりこむ。
ベッドは二つあるが、使うのは一つだけ。
うさ耳をつけたままのペロ様を抱きかかえるように。
布団の隙間から、絞りたてのミルクのような甘い香りが立ち昇る。その瞬間、身体が自分の意思とは無関係に動き出す。
彼女の匂いを独り占めするように。空気にさえ穢されぬようにと、若草のように瑞々《みずみず》しい頭髪に顔をうずめ、その香りを貪る。
これも、魔装具の呪いだ。
無意識のうちに求めてしまう。フェロモンを欲してしまう。
いや、そんな言い訳はやめよう。
確かに無意識だし、そうしようと思ってしているわけじゃない。
でも、この幸せを呪いのせいにするのはやめよう。
身を任せるように、僕の胸に顔を埋めた彼女の香りに包まれながら、そんな事を考えていた。




