第二章。人喰らいの凶手
僕達が通されたのは、現代風に言えば応接間だろうか。
目の前のテーブルには残り物と呼ぶには気が引けるご馳走が所狭しと並べられていて、ニーヤが恨みを晴らさんとばかりに口に運んでいる。それを横目で笑いつつ、僕達も料理に手を伸ばした。
山のようにあった料理があっと言う間になくなる。
少食を気取るつもりもないし、昔に比べて食べる量が増えているのも実感している。
だとしても、彼女達は良く食べる。
もうがむしゃらに食べているニーヤは言わずもがなだが、それよりもペロ様だ。
淡々と黙々と、見る人が見ればつまらなそうに食べているように見えるかもしれない。
だが、彼女の目の前の皿が次々に空になっていくのは、まるで魔法を見せられているような気分だ。
この小さな身体のどこに入っているのか。それこそ神のみぞしるところなんだろう。
ともあれ、満腹で満足――と言うわけにはいかない。
本題はこれからだ。
「さて――何から話そうか。ああ、事情はトートのやつから聞いているんだったな。率直に言おう。娘は――ここにはいない」
ヴィクトラードの口から出た予想外の真実に、僕達は動揺した。
「じゃ、じゃあ何処にいるんです?」
僕の質問に、彼は即座に答えはしなかった。
しばしの沈黙の跡、苦悩に満ちた表情で、おぞましい呪文でも唱えるかのように口を開く。
その言葉に、僕は言葉を失った。
「……売ってしまった」
人が売られた。
初めて見聞きしたならともかく、今更驚く事でもないんだろう。
だけど、その単語を聞いた瞬間、自分の意思とはまるで無関係に身体が硬直する。
血の通う人間が。女の子が。品物のように、値段をつけられて売られていく。
その現実にすっかり慣れてしまえるほど、僕はまだワーワルツに染まっていなかった。
「ちょっと待って、それっておかしくない? いっちゃ悪いけど町商人の娘なんて一山いくらの値段よ? お金に困ってるようには見えないし、辻褄が合わないわ」
「君達は『人喰らいの凶手』の名を聞いた事はあるかね?」
初めて聞く言葉だった。僕だけかと思い三人を見るが、どうやら彼女達も知らないらしい。そんな中、モミさんが口を開いた。
「凶手とは――暗殺者の事でしょうか?」
「うむ。だがそいつは他の暗殺者とは違う。獲物が誰であろうと、必ず殺す。たとえそれが一国の王であろうと、神ですらも殺すとさえ言われている」
真剣な顔で語るヴィクトラードの言葉に、ニーヤが鼻で笑う。確かに、いささか表現が大げさすぎるんじゃないかと思う。
「そしてもう一つ、他の暗殺者と違う点がある。それこそがそいつの特徴と言ってもいいだろう。そいつは――金で動かない」
「お金で動かない? どういう事よ」
「正しくは『金だけで動かない』と言うべきだな。勿論金も取る、だが、それよりも人を、ドラーシュを渡さねば、仕事を引き受けることはない。
やつが人喰らいと呼ばれる所以はそこにある。何故ドラーシュを求めるのか理由は分からん。仕事の正確さと得体の知れない不気味さに、人間ではなく、悪魔だと言う者もいる」
奴隷を生贄に――?
「まさか……」
「……そうだ。私は悪魔に頼んだのだ」
目の前の男は、人殺しを依頼した。
罪のない女の子を、人殺しのために売り渡した。
「罪深き行為だとは思っている。だが――例え人の道を外れても、私には成さねばならない事があるんだ」
「……何があるってんだ」
我慢が出来なかった。
「あんたがどんな道を歩こうが知ったことじゃない! 何をしようが! 誰を殺そうが! そんなのはどうだっていい!
だけど! 関係ない女の子を! その子を大切に思う親を! 家族を犠牲にしていいのかよ! 本当にそれで何にも思わないのかよ!」
「思わないわけがあるか!」
ヴィクトラードがテーブルを強く叩きつける。
「私とトートは小さい頃からの友人だ! その娘だって、我が子のように思っている!」
「だったらどうして!」
「無理……だったんだっ! 仕事を終えた後に、先渡しした花文を買い取るつもりだった……。私財を投げ打ってでも買い戻すと言った。だが、やつは取引に応じなかった。
私は自分の甘さを恨んだ。自分の浅ましさを憎んだ。取り返しのつかない事をしてしまったと気づいた時には――もう手遅れだ」
人が心の底から悔やんだ時、涙は自然に流れるのだろう。
貴族の肩書きとか、矜持とか。そんなフィルターも通り抜けてしまう、きめ細やかな涙が。
「どこに行けば会えますか」
僕の言葉に、ヴィクトラードは驚いたように顔を上げる。
「住処は分からない。仕事を頼むには、町の外れにある場所に目印を立てるんだ。そして翌日、日時と場所を告げる紙が置かれている。君達……助けてくれるのか……?」
「あなたを助けるつもりはありません。僕は女の子を助けにいくだけです。責任を感じるなら、僕達が娘さんを助け出した後、自分の口でトートさんに全てを話してください」
「分かった……。私に出来る事は少ないが協力させて欲しい。今晩は是非泊まっていってくれないか?」
その申し出に僕達は快諾した。
部屋を用意すると出て行ったヴィクトラードを見送った後、ふと我にかえる。
「……勝手にあんな事言っちゃったけど……いいかな……?」
そう、僕は彼女達の了承も得ず、勝手に話を進めてしまっていたのだ。
これは僕の悪い癖だろう。
「ま、いいんじゃない。ってかそもそも暗殺者なんて面と向かって戦えない臆病者じゃない。何が『神ですら殺す』よ。殺せるものなら殺してみろっての。ねぇペロ」
ペロ様が頷く。気のせいか、力強く。
神の子孫だからこそ、その表現には少し憤りを感じているのだろうか。
「だけど、やはり不可解な点が多すぎますね。何故ドラーシュを報酬とする事に固執するのか。その点がどうしても理解に悩みます」
「凶手にまともな人間なんていないわよ。それこそ、ただの変態だったりするんじゃない? それとも、本当に人を食べてるって言うの? まさか人間じゃないとか?」
「今のところは何も分かりません。でもおかしくはありませんか? これは――その、あまり口にしたくはないのですが、お金があれば人は買えるんです。娘さんを一人連れて行くよりも、大金を貰ってもっと大勢のドラーシュを買う方が合理的でしょう」
「まぁそうだけどさ。やっぱりおかしいんだって。アタシ達みたいな普通の人には理解できっこないのよ。考えるだけ無駄だって」
ニーヤの言葉で、僕達はそれ以上語るのを止めた。
『人喰らいの凶手』
果たしてどういう人物なのか。そもそも人間なのか。
僕は得体の知れない不気味さを感じていた。




