↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/144

絶望岬

――岬――


 いつの間にか気を失っていたみたいだ。

 ここはどこだろう、あれから何日たったんだろう。

 もう、何かどうでもいい。

 このまま死んでも、別に構わないのかもしれない。

 どうせ僕には、もう何もする事はないんだから。


「ケンセイさん?」

 僕を呼ぶ誰かの声。誰だろう。今更僕に何の様だ。

 もう僕には何も出来ないよ。いや、最初から何も出来なかったのかもしれない。


「ケンセイさん。ケンセイさん」

 誰かが身体を揺する。顔を上げると、そこには見覚えのあるサキュバスの姿。

「……サキュバスか」

 僕の言葉に、彼女は少し寂しそうな顔をした。


「私の事、覚えていませんか……?」

 本当は覚えていた。だけど何となく。

「知らないよ」

 つまらない嘘をついた。

 これでいいんだ。もう何も考えたくない。


 突然身体が浮き上がる。

 翼を広げた彼女が僕を抱き、空へと飛び立つ。

「ここは危険ですから、少し移動しますね」

 ふわふわと宙に浮かぶ不思議な感覚、彼女の甘い香り、心地良さはさほど感じなかった。



 着いた先に広がる景色は、何処までも広がる青い海。

 切り立った崖の上に、彼女はゆっくりと僕を下ろした。

 海の青さに、ペロ様の事を思い出す。

 僕は彼女にとって要らない存在だったんだろうか。必要の無い人間だったんだろうか。

 今彼女のそばに居ないことが、何よりの答えだ。


 ここは寂しい場所。周りには何も無い、誰もいない。

 ただ広がる、青い海だけ。全てを包み込むような、青い海だけ。

 優しく僕を待っていてくれる。

 疲れたんだ、もう歩けない。楽になろう。考える事をやめよう。

 もう――死んでしまおう。


「何してるんですか」

 後一歩なんだ。

「そこをどいてくれ」

 後一歩踏み出せば楽になれる。

「こっちに来ても、何もありませんよ」

 何も無くていいんだ。

「いいんだ。もう何もいらないんだ」

 そう、何もいらない。

「行ったら戻って来れないんですよ」

 もう戻ってこなくてもいい。

「もう、終わらせるんだ」

 戻る場所なんか、僕には何処にもない。


「ダメですってば! 行かせませんよ!」

 彼女が僕の身体を抱きしめる。

 何でそんな事するんだ。

 何で僕の邪魔をするんだ。

 何も知らないくせに、僕の辛さなんて分かんないくせに。


「離してくれよ!」

 力任せに、目の前の彼女を突き放す。

 バランスを崩して、彼女が落下していく。

 その光景に、ハッと我に返った。


「ナギ!」

 彼女の後を追うように、崖から飛び降りた。

 僕は一体、何て事をしたんだ。

 必死に手を伸ばす。落ちていく彼女に届く様に。

 その時、彼女はくるりと一回転して僕の手を握った。


「覚えていてくれたんですね」

 彼女は嬉しそうに、そのまま空に羽ばたいた。

「私は飛べるんですよ。忘れちゃったんですか?」

「ご、ごめん。すっかり忘れてた」

 クスリと彼女が笑う。それを見て、僕もつられて笑った。


「もう大丈夫ですか?」

 地面に降りると、ナギさんが心配そうな顔をする。

「うん。ゴメンね。もう大丈夫、ありがとう」

「それならいいですけど。一緒に居た女の人はどこにいるんです?」

「ああ、別れちゃって。何か……僕は要らないみたい」

「そんな、あんなに仲良さそうだったのに。一体どうしたんですか?」

 簡単に理由を説明する。

 誰かに話を聞いてもらいたかったのかもしれない。


「そうなんですか。でも、何か理由があるのかもしれませんよ」

「何かしら理由はあると思うけど、今となっては分からないよ。ところでここは一体どこなんだい?」

「ここは絶望岬ですよ」

 絶望岬。そう言った彼女の言葉で思い出す。

 あの村で盗賊が言ってた、ドラーシュが捕まっている場所。 


「……ドラーシュの居る場所を知ってるか?」

「え、ええ。分かりますけど。でもあそこには魔物が沢山いますよ。見つかったら殺されます」

「近くまででいい。見つからないような場所でいいから」

「それならいいですけど。こっちです」

 場所さえ知っていれば、後で何とかなるかもしれない。

 そう考え、ナギさんの後を追った。


「あそこです。あまり立ち上がると見えちゃいますからね」

 切り立った崖をえぐり取った様な空間にそれは存在した。

 首に鉄の輪をはめられ、鎖で隣同士と連結された女性達。

 その周りには沢山の魔物。そればかりではなく、彼女達を買いに来たであろう人間まで。

――奴隷工場。そんな言葉がしっくりくる様な場所だった。


 大人から子供まで、女性ばかりを集めたその場所。

 悲痛な叫び声が辺りに木霊する。

「何て事だ……」

 叫び声の正体は、背中に押しつけられる焼印による悲鳴。

 真っ赤に焼けた鉄の棒。

 押し付けているのは魔物だけではなかった。

 人間も。笑いながら。


「あ、アンタこの前の」

 振り返ると、この前のサキュバスが二人。

「お姉ちゃん隠れてよ! 見つかっちゃうじゃない」

「お、あ、ああ。一体こんな所でなにしてんだよって、ああ――酷い事するねぇ」

 女性達の絶叫に、辛そうな顔をする。


「お前達は何でここにいるんだ? まさかあれに加担してるんじゃないだろうな」

「そんな事してないさ。アタシ達は獲物を探しに来てるんだよ。ここには悪い奴が集まるからね」

 彼女の言葉に嘘はなさそうだ。

 少しホッとする。もしそうだったとしたら、僕は彼女達を許す事は出来なかったから。

 場所だけでも、と思っていたが、この状況を前に背中を向けることはもう出来なかった。

「皆にお願いがある。僕に力を貸してくれ――」



「こ、これで満足かい? あ、アタシはもうダメだよ。これ以上吸われたらまたぶっ倒れちゃうよ」

「わ、私ももう……」

「ああ、もう十分だ」

「け、ケンセイさん! 何をするつもりですか!?」

 立ち上がった僕に、ナギさんが驚いた顔をする。


「決まってるだろ。彼女達を助けるんだよ」

「一人じゃ無理だよ。もうちょっと休めばアタシ達も動けるから、そしたら手伝ってやるよ」

「いや、一人で大丈夫。絶対に近づかないでくれ。僕は君達を殺したくないから」

「ど、どういう意味ですか?」

「いちいち周りを見てる暇はないからね。じゃあ行って来る」

 燃えるように光を放つセクシーソードと同じ。

 湧き上がる怒りを抑える事は出来なかった。


「なんだおま――」

 名前も知らない魔物は、一振りで真っ二つに切れた。

「人間だ! 人間がき――」

 身体が燃えるように熱い。

「皆殺しだくそったれええええええ!」

 怒りを叫びに変えて、僕は走り出した。


 ただがむしゃらに剣を振った。

 魔物はもちろん、服を着た人間も構わず切った。

 休むことなく、次々と殺す。

 敵の攻撃は、アミルから貰った鎧が守ってくれた。

 ナギさん達から力を吸収した剣は、いくら振っても輝きを失わなかった。

 剣の振り方はニーヤが教えてくれた。

 人を守る力はモミさんから学んだ。

 覚悟を決める強い意思はペロ様から授かった。

 皆が支えてくれたから、今の僕がいる。

 今僕に出来る事を、精一杯やるんだ!


 地面が真っ赤に染まる頃。

 人と魔物、おびただしい数の死体が辺りに散乱した。

 辺りにはもう捕らえられた女性達しかいない。

 終わったのか。僕は彼女達を助けられたのか。 

 こんな僕でも、誰かの役に立てたのかな。

 薄れ行く意識の中、ふとそんな事を考えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。