最後の夜
――ルクセンドール――
ワーワルツ最後の町は、想像してたより規模が小さかった。
人もまばら。かといって閑散としているわけでもなく。
魔界のすぐ近くだと言うのに、そんな雰囲気は微塵も無い。
落ち着いた、のんびりとした町。
宿に行って部屋を取る。
「それじゃあ今日はどう言う部屋割りにしましょうか。ニーヤとケンセイさんにしますか?」
「アタシは別にどうだっていいよ」
嫌な記憶がよみがえり、ボールが縮み上がる。
出来れば、慣れたモミさんにお願いしたいところだ。
「一緒」
ペロ様が僕の手を掴み、呟く様に言った。
「あら。ケンセイさんとご一緒がよろしいんですか?」
コクンと頷いた。
ペロ様が僕と一緒? こんな小さな子(同い年だが)と一晩を共にするのか?
それは流石にニーヤが許さないだろう。
「それでいいんじゃない」
ニーヤの口から出たのは予想外の一言。
「え? いいのか?」
「別に構わないわよ。変な事したって、アンタじゃ一瞬で灰になるだけだし」
……それは嫌だ。僕はまだ燃え尽きたくない。
「それに、アンタなら大丈夫だと思うし。さ、モミ行こう」
そう言うと、ニーヤはスタスタと部屋に向かう。
――信用してくれてるんだ。
彼女の背中を見て、少し嬉しくなった。
「あれ、ベッド一つしかないぞ。間違ったのかな」
部屋に入ると、どうやらシングルルームのようだ。ベッドが一つしかない。
「いつも、一つ」
ペロ様が荷物を下ろして言った。
そうだったのか。そう言えば今まで他の部屋は入った事なかったな。
荷物を下ろし、椅子でボーっとしてるとモミさんがやって来た。
「ケンセイさん、少し町を回りましょうか。情報も仕入れないといけませんし」
「分かりました。すぐ行きます」
情報、か。ここから先は未知の世界。魔女の住む森は遠いんだろうか。
皆と同じ方向だったらいいんだけどな。
「ガジガラかい? ガジガラの事だったら武器屋の親父に聞いてみな。この町じゃ奴が一番詳しいんだ」
宿屋の主人に話を聞き、僕達は武器屋を訪ねた。
所狭しと並べられた武器や防具。
そのどれもがこの町には似つかわしくない、物騒なものばかり。
店の奥で暇そうにしていた店主は、僕達に気付くと嬉々として向かってきた。
「いらっしゃい! 何でもあるよ! 品揃えはワーワルツ一だよ!」
「あ、僕達は客じゃないんです。ちょっと聞きたい事があって」
僕の言葉に、店主はがっくりと肩を落とす。
「何だい。折角久しぶりの客が来たと思ったのに」
その落胆ぶりに、この店の経営状況が現れている様だ。
「魔界の事に詳しいって聞いたんですけど。本当ですか?」
「魔界ねぇ。まぁこの町じゃ俺が一番詳しいと思うが――っと。兄ちゃんそれ魔装具じゃないか?」
「あ、はい。そうですよ」
僕の鎧を物珍しそうな顔で見ている。
一目見ただけで魔装具だって言われたのは初めてだ。
「これは珍しい。そもそも人間が装備してるのも中々珍しいんだが、これはまた。こんなもの見た事ないな。どうやって手に入れたんだい?」
「これはガジガラに住む魔女に貰ったんですよ。聞きたいのはその人の居る場所なんです」
「何だって!? 魔女に会ったのか!?」
まるで幽霊でも見たかの様に驚いた顔をする。
僕は店主に詳しく説明した。
「そうか。うんうん、魔女ならありえるかもしれないな。そうだ、地図はあるかい?」
モミさんが地図を広げ、店主が地図を指差す。
「多分ここだな。俺達は『神秘の森』って呼んでるんだ。ゲートからそう遠くはないぜ」
「神秘の森、ですか?」
「ああ、ガジガラは基本的に薄暗い場所なんだが、この森だけなぜが光が差すんだよ。兄さんの話が本当ならここで間違いない筈だ」
神秘の森。言われてみればそんな気がする。
天国と勘違いするほど綺麗な場所だった。
「森に住む魔女の話は有名だが、まさかこんな近くに居るとはな。俺も何回か行った事はあるんだぜ」
「魔界に行った事があるんですか?」
「俺は装備を売るだけじゃなくて造ったりもするのさ。ガジガラにはワーワルツにはない、珍しい素材が沢山あるんだよ。命がけだけどな」
そう言って店主がニコリと笑う。
命がけで素材を集めに行くなんて、これが職人魂か。
店主に礼を言って、僕達は宿に戻った。
食堂のテーブルに地図を広げ、今後の話し合いをする。
「魔女が住む森の場所も分かりましたし、これからどうしましょうか」
「そうね。まぁ通り道みたいだし、そこまでは一緒に行ってもいいけど。もし居なかったらアンタどうするの?」
魔女が居なかったら。そんな事は全然考えてなかった。
そもそも家を知ってるわけじゃない。
たまたまあそこに居ただけで、いつもは違う場所に居るかもしれない。
もし居たとしても、その後僕はどうすればいいんだ。
「……とりあえず彼女に会いたくて始めた旅だから、会えるまで探したいって言うのが正直なところかな」
簡単に諦められる程、この旅は楽じゃなかった。
どうしても彼女に会いたい。その為に歩いて来たんだから。
その時、ニーヤがテーブルに金貨の入った袋を置いた。
「これあげるわ。お金があれば当分は暮らせるでしょ」
「えっ!? いいよそんな、悪いし。自分で何とかするよ」
ここまで連れて来た貰っただけでもありがたい事だ。
払うならまだしも、貰うわけにはいかない。
「別にいいのよ。お金はまだモミが持ってるし、ガジガラに行ったらお金なんて使わないわ」
「そうですよ。気にせず受け取って下さい」
「そんな、やっぱり悪いですよ。今までずっと皆に頼りっぱなしだったし」
「いいってば。アタシ達は仲間なんだから、今更遠慮なんてやめてよね」
皆の気持ちに胸が熱くなった。
泣きそうになるのをグッと堪え、彼女達の思いを受け取る。
そして、ワーワルツでの最後の晩餐が運ばれて来た。
「しばらくこの温かい食事ともお別れね」
テーブルの上の料理を眺めながら、ニーヤが呟く。
魔界に入ってしまえば町などない。
戻って来るまでは、パンと干し肉の生活だ。
「そう言えば、魔王のいる場所までどのくらいかかるの?」
「行って戻って来るので一週間、って事とこでしょうか」
一週間か。結構短いんだな。
その間に魔女に会って、また四人で帰れるだろうか。
何だか、彼女達と別れるのがとても辛い。
「戻って来たらまた四人で一緒に帰ろうよ。四人で色んな場所見に行ってもいいし、まだ行ってない場所だって沢山あるんだろ。もしあれならドラゴンにお願いして――」
「戻って来れるか分からないのよ」
僕の言葉を遮るように、ニーヤが強張った表情で言った。
分かっていたけど、聞きたくなかった言葉。
「や、やだなぁニーヤ。そんな弱気な発言、ニーヤらしくないじゃないか」
言葉が止まらなかった。
目頭が熱くなるのが分かる。
「もしかしたら魔王がめちゃくちゃ弱いかもしれないだろ。もうヨボヨボのおじいちゃんかもしれないしさ」
寂しそうな顔をする三人。
想いが零れない様に、必死に言葉を紡ぐ。
「それにペロ様の青い炎だってすごい威力じゃないか。ニーヤだってすごい強いし。モミさんの魔法だってあるんだ。三人なら絶対大丈夫だよ」
考えたくなんて無かった。そんな事はあって欲しく無かった。
願えば願う程、涙が溢れて来る。
「命がけだってのは分かってるよ。分かってる。分かってるよ。だから……そんな悲しい事言わないでくれよ……」
溢れ出した感情に、僕は言葉を失った。
「約束は出来ないけど――」
ニーヤの手が優しく、僕の拳を包む。
「戻って来たら、また一緒に歩こう」
彼女の気持ちが、手から伝わって来る様だった。
「うん、うん。待ってるよ」
ニーヤの温もりに包まれ、少し安心する。
彼女達は必ず帰ってくる、僕はそう信じた。
食事を終え、部屋に戻る。
ペロ様と二人きりになるのは船室の時以来だろうか、何となく緊張する。
ペロ様がお風呂の方に行って、しばらくすると戻って来た。
その光景に僕は驚愕する。
小さなパンツ一枚の、小さな身体のペロ様。
小さな胸はまるで隠す素振りも無い。
トコトコと僕の方に向かって来ると、小さな声で言った。
「お風呂」
うん。ペロ様。お風呂はこっちじゃない。
「ぼ、僕は後でいいよ」
流石にマジマジとは見れない。
何処かのアニメの様な角度で、必死に目をそらす。
「一緒に、入る」
魔力を込めた小さな手の感触が、僕の股間を刺激した。
背徳感や罪悪感と共に湧き上がる快感。
あどけなさの残る少女の手に導かれ、光に包まれる。
――ペロ様は十八歳。ペロ様は十八歳。
頭の中で、念仏の様に唱えながら目を開けると、いつもの様に元気なセクシーソードをじっと見つめる彼女の姿があった。
神様とは、決して人間如きには理解出来ぬ存在。
そそり立つバベルの塔に、無慈悲な攻撃をお与えになった。
人差し指を立て、様子を見るかのように塔を揺らす。
反応を楽しむように、何度も塔を揺らした。
無知、いや、純粋、と言った方が正しいのか。
純粋さ故の好奇心。いい加減洒落にならないので風呂へ誘導した。
指先一つでダウンはさせられたくない。
お風呂に入り、ペロ様の頭を洗う。
モミさんやニーヤとは違い、特にドキドキしないのは、僕がまだ変態じゃない事を認識させる。
自分で思うより、僕は案外正常らしい。少しホッとした。
ペロ様がお返しに、と身体を洗ってくれた。
ごく当たり前の様子で、ペロ様が股間に触れた瞬間、僕は鮮やかに回避する。
流石に刺激には反応してしまうからだ。浴場で欲情するわけにもいかない。
その後はのんびりお風呂に浸かり、たまに頭をなでなでする位。
会話も無い、静かで穏やかな時が流れ、僕達はお風呂を出た。
身体を拭く時。バンザイするペロ様に少しドキッとしたが、これくらいは許容範囲だろう。
部屋に戻っても、相変わらず静かな時が流れる。
沈黙とは違う、何とも心地良い感じ。
ペロ様はベッドに潜り込むと、布団を半分だけ空けて僕を誘った。
彼女の隣に行き、小さな身体を抱きしめてゆっくりと眠りに落ちる。
はずだった。
「キス、する」
突然のペロ様の言葉に、僕は耳を疑った。
それは余りにも唐突。僕は驚いて彼女を見る。
青く澄んだ瞳で僕を見つめ、確かめるようにもう一度。
「キス」
彼女はそう呟いた。
「な、何言うんだよ突然。そんな事したらニーヤに殺されちゃうよ」
一線を越えないって約束したんだ。あれ、別にキスはいいのか?
「いい、大丈夫」
「だ、大丈夫って言われても。そんな簡単にしていいものじゃないよ」
いつもとは違うペロ様に戸惑いつつも優しく諭す。
でも、次に放った彼女の一言で僕の気持ちは揺れた。
「最後の、思い出」
吸い込まれそうな程青い瞳で、真っ直ぐに僕を見る。
――最後の思い出。
その言葉に、彼女の決意を感じた。
命がけで魔王に挑む彼女達。
誰にも自慢することなく、ひっそりと旅を続けて来た。
ゲームの中の勇者とは違う、魔王を倒したからと言って何があるわけでもない。
ワーワルツ中が祝福してくれるわけでもない。それでも彼女達は前に進むんだ。
戻って来てから、そんな事は言えなかった。
そんな無責任な態度をとることは出来なかった。
彼女の髪を撫で、僕達は初めての口付けを交わす。
優しく、口唇を重ねるだけのキス。
それは、とても神聖な儀式の様に感じた。
「ありがとう」
ペロ様はそう言って、僕の胸に顔を埋める。
「おやすみ」
僕の言葉にコクンと頷き、静かに目を閉じる。
いつか彼女に贈った、首元の青いトリスタルタイトがキラリと輝いた。




