↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/144

ニーヤの優しさと小さな隠し事

 夕食を済ませ、ベッドでゴロゴロしていると、ノックもなしにドアが開いた。

 現れたのは、小脇に小さな樽を抱えたニーヤ。突然の訪問に、ベッドから飛び起きる。

 僕は風呂場での一件を忘れない。

 危うく溺死寸前だったが、考えてみれば僕に全く非は無かった。


「今日はアタシと一緒の部屋だから」

 そう言って二人掛けのテーブルに腰掛けると、樽の中の液体をコップに注いで僕に差し出した。

「あ、ありがとう」

 元の世界では飲まなかったお酒にも随分慣れた。差し出されたそれを普通に受け取る程度には。

 鼻をくすぐる葡萄の香り。優しい甘さと、程よい酸味が口いっぱいに広がる。

 中身を飲み干すと、彼女が目で合図をする。静かな部屋の中、僕は黙ってコップを差し出す。

 会話こそ無かったけど、何となく心地よかった。


 樽が空になった頃、心地良いけだるさが全身を包む。

 ニーヤが部屋の明かりを消し、ベッドに潜り込んだ。

 同じくベッドに入り、目をつぶった時。

「何で昨日アタシの布団に入ってたの?」

 呟くように彼女が言った。


「ご、ごめん。昨日は全然覚えてなくて」

 昨日はエールの飲みすぎで完全に記憶喪失だった。

 どうやって寝たのか、いつ寝たのかすら覚えていない。

「そっか。まぁ結構飲んでたみたいだしね」

「うん、本当にごめん。ニーヤずっと機嫌悪そうだったから、謝らなきゃって思ってたんだけど」

 朝から何も喋らなかったし、相当怒ってたのは明らか。


「ちょっとこっち来なよ」

「え、もしかして殴ったりしちゃう?」

「そんな事しないよ。ちょっとベッドに入れって言ってんの」

「は?」

「二度も言わせないで。聞こえたでしょ」

……どういう状況だ。全く理解出来ない。とりあえず殴られる事はなさそうだけど。

 おそるおそるベッドを出て、背中を向けた彼女の待つ隣のベッドに入った。


 中に入ると、突然彼女が振り返った。至近距離で見る彼女の顔に、完全に固まってしまう。

「ちょ、ちょっと近いわよ。もうちょっと下に行ってよね」

「こ、これじゃあ朝と一緒だよ」

 グイグイと頭を押され、完全に今朝の再現シーン。彼女の胸が目の前に現れた。

 必死に胸の鼓動を抑える。ついでに、近所のおばちゃんの顔も思い浮かべた。

 これでセクシーソードの封印が解かれる事はないはずだ。

「別に怒ってないよ」

 そう言って、ニーヤが話し始めた。


「この町にはワーワルツの汚い部分が沢山あるんだ。踏み絵だったり、ドラーシュだったりね。この町に来れば、異世界から来たアンタに、ワーワルツの汚い部分を見られちゃうんだなって。気持ち良さそうに眠るアンタの寝顔見てたら、なんだか寂しくなってさ。それが原因。別にアンタに怒ってたわけじゃないの」

 そうだったのか。それで朝から様子がおかしかったんだ。


「別に隠す訳じゃない。ドラーシュの事だってもう知ってるわけだし。でも、アンタがワーワルツの事、色々見て聞いて、楽しそうにするじゃない。そういうの見てるとさ、この世界を気に入ってくれてるのかなって思うし。もっと好きになって欲しいなって思うの」

「それなのに、こんな汚い所見られたら、嫌いになっちゃうんじゃないかって。そう思った。宿の前でドラーシュを見た時、アンタは絶対行くってすぐ分かった。何となく分かるからさ、アンタの性格」

 そんな事を、ニーヤは今日一日ずっと思っていたんだ。

 僕がドラーシュを見て、次に取る行動も彼女は全部分かっていた。

 ずっと僕の事を気にかけて見てくれていたんだ。

 そんな彼女の気持ちを知らずに、僕は自分勝手に突っ走って。

 僕を止めた時、彼女がどんな辛い思いをしていたのかも知らずに。


「な、何で泣いてるのよ」

「ごめん。ごめん。僕そんなの全然知らなくて。ニーヤに辛い思いさせて。本当にごめん……」

 自分の情けなさが恥ずかしい。そして、彼女の優しさがとても辛かった。

「だっ、大丈夫だよ。本当アンタって泣き虫なんだから!」

 そう言って、優しく僕の頭を抱き寄せる。

――大丈夫だよ。

 いつかも聞いたその言葉に、溢れ出る涙を抑える事は出来なかった。



「そう言えば――」

 しばらくして、ニーヤが思い出したように口を開く。

「昨夜は覚えてないからいいとして、今朝アタシの胸に顔うずめたよね。それも深呼吸までして」

 覚えてる!? 確かにしたけど、覚えてるの!?

「い、いやっ。あれはモミさんと勘違いして……」

「何それ。モミだったらしても良いって思ってるの? それともいつもしてるわけ?」

「ちっ違うよ! そういうんじゃない、全然そういうんじゃない!」

 墓穴を掘ってしまった。流石にセクシーソードの秘密をばらす訳にはいかない。


「別に、アンタがモミの事どう思おうと勝手だけど――」

 そういうんじゃないです。全然そういうんじゃないですよ。

「一線は越えないでね。全てが終わるまでは」

「わ、分かりました……」

 力のこもったニーヤの言葉。

 この時、セクシーソードの事を正直に話しておけば良かったのかもしれない。

 小さな隠し事。それはいつでも悪い結果を生むんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。