ちっぽけな雨
――ウイリア城下町――
辺りを夕日が赤く染める頃、目の前に現れた光景に驚く。
二十メートル程はある巨大な外壁は真ん中の門を中心に、左右何処までも続いていた。
その奥には大きなお城と、立派な教会の頭部が突き出ている。
「これがウイリアかー。すごい大きさだね」
「ええ、迷子にならないように気をつけてくださいね」
今まで見た町とは比べ物にならない程の圧倒的なスケール。
ワクワクする反面、あまりの迫力に気圧されていた。
門の前にはずらりと人が並んでいる。関所――みたいなものかな?
「中に入るのに通行証とかいるんですか?」
「いえ、通行証は必要ありませんが……。まぁ行けば分かりますよ。ケンセイさんなら大丈夫だと思いますし」
言葉を濁すように、モミさんが言った。
何かあるんだろうか、相変わらずニーヤは無言だし。
そして、僕達の順番が来た。
「お前達はどこから来た」
立派な鎧を着た門番が、厳しい目つきで言った。
「私達は旅人ですよ。ムルアラットです」
モミさんの言葉に違和感を覚える。
どうしてテヘペロじゃないんだろう。しかし、その答えはすぐに分かった。
「ああ、あの島か。テヘペロの隣だったよな、何でもテヘペロが襲われたらしいじゃないか。訳の分からない神様なんぞ拝んでいるからだ。天罰が当たったんだろう」
吐き捨てるように言った門番の態度に、若干イラッとする。
「まぁいい。通れ、ちゃんと踏みつけていくんだぞ」
門番が道を空けたその先。
門の下には鉄で出来た、女性の彫刻画の様な物が置いてある。
モミさんはその上に立つと、足でトントンと二回ほど踏んだ。
――踏み絵だ。
いつかの授業で習った事がある。この世界にもそんな下らない物があるのか。
「ほら、早く行け」
門番に急かされて踏み絵を踏む。
こんな事して何の意味があるって言うんだ。タップダンスでも踊ってやれば喜ぶだろうか。
昔の人の考える事は良く分からない。
全員無事に門を通過。そりゃあ当たり前だ。
「一体何の意味があるんだ。あんなもの何の意味もないのに」
「それでも、自分の信仰した神様を踏むのは辛い事ですよ。ペロディア様を踏めと言われれば、私でも躊躇します」
モミさんの寂しそうな顔を見ていると、何となく僕まで寂しくなるような気がする。
――宗教は人を支えるものであって、人を縛るものではない。
モミさんの言葉が、僕の心に深く残っていた。
門をくぐると、そこはまるで別世界。
道は綺麗に整備され、今までには無い建物が立ち並んでいる。
町らしい、といえば今までの町に失礼かもしれないが、一言で言うとそんな感じだった。
「とりあえず部屋をとって来ますから、ここで待っていてください」
そう言ってモミさんが宿屋に入っていく。
看板の文字は読めないけど、それが宿屋を示している事は分かる。
宿屋だけじゃない。向かいにある食堂、雑貨屋。どれも見慣れた看板。
周囲を見渡していると、信じられない光景が目に飛び込んできた。
「ほら、さっさと歩きやがれ!」
首に紐の様な物を着けられた、ボロボロの服を着た少女。
その子が、後ろを歩く裕福そうな男性に背中を蹴飛ばされた。
地面に倒れこむ少女。男が首紐を引っ張り、無理矢理に起こす。
まるで犬の様、いや、それ以下だ。
その時、頭の中に洞窟で会った三人の少女の顔が浮かんだ。
僕にパンを差し出した時の、諦めにも似た哀しい笑顔。
全身の血液が沸騰しそうだった。
走り出そうとする僕の髪の毛を、誰かが思い切り掴んだ。
振り返ったその先に居たのはニーヤだった。
「何すんだよ!」
「それはこっちのセリフよ。アンタ何するつもり?」
「何って、あの子を助けるに決まってるじゃないか! あんな非道い事、黙って見てられる訳ないだろ!」
「助けてどうするつもり?」
「そんなもん知るかよ! とりあえず助けないと! いいから離せ――」
全部言い終わる前。ニーヤは僕を壁に叩きつけ、バシン! と頬を打った。
「行ってどうするつもり? やめてくれって言うだけ? それとも殺す? その後はどうするの? あの子の面倒を見るの? 他にああいう子がいたら、その子達にも同じ事をするの? アンタに出来る事は何もないの。あの子を助ける事は出来ないのよ」
捲くし立てるようなニーヤの言葉に、僕は何も言えなかった。
淡々とした彼女の冷たい口調と、頬の痛み。紐を引かれて歩く彼女と、自分の無力さ。
「分かんないよ……そんなの分かんないよ……」
止めどなく流れる涙が、地面に小さな雨を降らす。
何も洗い流す事は出来ない、ちっぽけな雨だった。




