青い炎と脳筋モミ
――ラーバス街道――
ラーバスで借りた幌馬車の中。段差で揺れるたびに、頭がガンガンと響いた。
「ホント信じらんない。こんな変態だと思わなかった」
「まぁまぁ。ケンセイさんも悪気があってしたわけじゃないんですし」
「悪気がないって!? 悪気がなくて人のお尻を嗅いだりする!?」
「べ、別に僕は匂いを嗅いだりしてないよ」
「絶対嗅いだ! 分かったもん! 息かかってたし!」
「嗅いでないって、そりゃあ息くらいするよ」
「臭いから、臭かったから嗅いで無いって言ってるんでしょ!」
「ち、違うよ! 臭くなんてないって! いい匂いした――」
空気が一瞬で変わる。しばらく、ニーヤは口を聞いてくれなかった。
馬車はどんどん進み、辺りはすっかり闇に包まれる。
「結構遠いんですね、どこに向かってるんですか?」
「次はリンニルという小さな村ですね、もうそろそろ着いても良さそうなんですが」
「道間違ってるんじゃないの? ボーっとした運転手だったしさ」
そんな話をしてる最中、馬車がゆっくりと止まった。
「お、着いたみたいだよ。よいしょっと。あれ? 何だここ?」
馬車から降りると、周りには何も無い、真っ暗な森の中。
「どうしたんだろう、道にでも迷――」
闇の中、突然何かが飛び掛ってきた。
「いてえええっ!」
「ケンセイさん! どうしました!?」
頬が熱い。血が出てる。引っかき傷? 傷は深くないみたいだけど。
「何かいるぞ!」
闇に少し目が慣れた頃、辺りに響くうなり声。
真っ赤に光る二つの目。犬? いや、もっと凶暴な――。
「ワーウルフ! それにしても数が多いですね」
「どうなってんの? 一体何でこんな場所に!?」
「ペロディアの末裔。まさか生きていたとはな」
馬車の先頭から一人の男が近づいてくる。あれは運転手――ペロ様の事を知っている?
「でも良かったぜ。次は確実に殺せるんだからな!」
男の身体が変わっていく。肥大した筋肉に服が引き千切れる。全身を覆う体毛、鋭い爪。
みるみるうちにモンスターと化し、闇夜に大きな雄たけびを上げた。
「お、狼男かよ……」
「強敵です、気をつけてください!」
目の前のモンスターは、今までの奴等と比べ物にならない。
それは見た目だけではなく、彼女達の態度からも感じた。そして、剣を抜いて僕は驚愕した。
刀身が無い。いや、全く無いわけじゃない。三十センチにも満たない短剣ほどの長さ。普段の五分の一程だった。昨晩は力を溜めれずにいたが、まさかこんな事になるとは。
モンスターにそんな都合は関係なく、周囲の狼が一斉に飛び掛ってくる。
冷静に、敵の動きを見ながら剣を振った。
ニーヤは狼男と、そしてモミさんはメイスで狼達を次々と潰している。
……ちょっと待って、モミさんめちゃくちゃ脳筋なんですが。
モミさんの戦ってる所初めて見たけど。普段はどう見ても僧侶、贔屓目に見ても魔法使いじゃないですか。
何か衝撃的なものを見てしまった気がする。
馬車を見ると、狼が中に入ろうとしていた――ペロ様が危ない!
急いで馬車に走った瞬間。中から勢い良く飛び出したモノに、僕は驚いた。
飛び出して来たのは、炎に包まれた狼。だけどその炎が普通じゃなかった。
――蒼い炎。
澄んだ湖の様な、冷たささえ感じさせる真っ青な炎。
それは一瞬で狼の肉を灰に変え、骨になっても、その蒼さは周囲を照らしていた。
「ケンセイさん!」
モミさんの声で我に返る。
炎に見蕩れていた僕の目に飛び込んで来た、大きく口を開けた狼。食われる!
とっさに頭をかばうと、狼はかばった腕に噛み付いた。
セクシーアーマーの防御力は目を見張るものがある。頭部だけ守ってればほぼ安心だ。
必死に喰らいつく狼のこめかみに剣を突き刺す。周囲を見ると、狼の群れは殆ど全滅していた。
「残念ね。アンタのペットは皆死んじゃったみたい」
狼男と向き合いながらニーヤが笑みを浮かべる。
所々から血を流してるモンスター。しかし彼女の身体には傷一つ付いていなかった。
「くっ! このままで済むと思うなよ!」
そう言うと、狼男は大きく飛び跳ねた。
逃げるつもりだ。そう思ったのもつかの間。ニーヤの手に握られた、紐のような物を
思い切り引っ張ると、飛び跳ねたはずの狼男が地面に叩きつけられた。
「なっ! 何だこれは!?」
「逃げれるわけないでしょ。モミ、やっちゃっていいわよ」
「分かりました」
ニッコリ笑って、メイスを振り下ろす。
血が飛び散り、骨が砕け、肉片を辺りに撒き散らしながら。モミさんは何度も何度も、メイスを振り下ろした。
「ふぅ。すっきりしましたね」
スポーツで汗を流したかのような爽やかな笑顔で血をぬぐう。
肉片と化したモンスターに同情さえ覚える。
――一番危ないのはモミさんかもしれない。
たった今、そう思った。
「それにしても、まさか見つかっていたとはね」
「シードラで見られていたんでしょうね。多分もう大丈夫だとは思いますが、道中気をつけないといけませんね」
「そうね。ああ、早くお風呂に入りたい。さっさと出発しよう、アタシが馬を引くから休んでていいよ」
「それではニーヤに甘えさせてもらいましょう。さ、ペロ様中に入りますよ」
「ちょ、ちょっと、アンタは前にいなさいよ」
ニーヤが、二人の後に続いた僕の背中を引っ張る。
「え、だって僕は馬とか乗れないよ」
「と、隣に居てくれればいいのよ。ほら、早く来なさいよ」
そう言って、ニーヤは木の椅子をぽんぽんと叩く。
軽快なステップを踏むように、馬が少しだけ速度をあげた頃。
振動するたびにぶつかる彼女の肩に、少しドキドキしながら。馬車は暗い森の中を走っていった。




