第二話 黒と白、そして一枚のニット
第二話 黒と白、そして一枚のニット
一八八三年八月、フランス。
ロワール川流域の町ソミュールに、ひとりの女の子が生まれた。
ガブリエル・ボヌール・シャネル。
のちに世界中の女性がその名を知ることになる少女は、まだ何者でもなかった。
彼女の家には、華やかなサロンも、立派な書斎もなかった。
父アルベールは各地を巡って品物を売る行商人であり、母ジャンヌは家事や子育てに追われていた。家族の暮らしは貧しく、安定しているとは言い難かった。
ガブリエルは、そんな家庭に生まれた。
生まれたときから、彼女の前には、生活という現実があった。
食べていくこと。
着るものを用意すること。
明日の暮らしを、今日より少しでもよいものにすること。
それらは、まだ幼い彼女には、言葉として理解できない問題だった。
けれど、子供は大人の暮らしを見ている。
母が疲れていることも、父が家にいないことも、家族の生活に余裕がないことも、子供なりに感じ取っていく。
ガブリエルの幼年時代は、後年の彼女が語った華やかな物語とは、ずいぶん異なる現実のなかにあった。
*
ガブリエルが十一歳になった一八九五年、母ジャンヌが亡くなった。
まだ三十代の若さだった。
母を失った子供たちの暮らしは、さらに厳しいものとなった。
父アルベールは、息子たちを働きに出し、娘たちを修道院に付属する施設へ送った。
ガブリエルと姉妹たちが向かったのは、フランス中部、コレーズ地方のオーバジーヌにある修道院だった。
そこは、祈りと規律に支配された場所だった。
決まった時間に起きる。
決まった時間に祈る。
決められた仕事をする。
子供たちが身につける衣服も、自由に選べるものではなかった。
白いブラウス。
黒いスカート。
飾り気のない、簡素な装い。
その場所では、目立つことよりも、規則に従うことが求められた。
ガブリエルは、そこを好きになれなかったかもしれない。
少なくとも、彼女の人生を後年まで追いかけるとき、この場所を単純に美しい思い出として語ることはできない。
母を失った少女にとって、修道院は学びの場であると同時に、父の帰りを待ちながら暮らす場所でもあった。
いつか迎えに来てくれるのだろうか。
自分は、この場所を出られるのだろうか。
そんな思いを、彼女がどれほど抱えていたのか、正確に知ることはできない。
ただ、少女の人生が、本人の希望とは関係なく、大人たちの決定によって動かされていたことは確かだった。
*
修道院で、ガブリエルは裁縫を覚えた。
針に糸を通す。
布の端をそろえる。
縫い目を乱さないように、ひと針ずつ進める。
華やかな仕事ではなかった。
けれど、針と糸は、彼女にとって後年まで続く技術となった。
布は、身体を覆う。
寒さから守る。
人前に出るとき、自分を整える。
そして、誰かが着る服は、その人の暮らしに直接関わっている。
ガブリエルは、まだファッションデザイナーになろうなどとは考えていなかっただろう。
裁縫は、彼女に与えられた日々の作業のひとつだった。
それでも、手を動かすことは、ひとつの力を身につけることでもあった。
自分の手で何かを作れる。
布を扱える。
ほつれた箇所を直せる。
既にあるものを、別の形に仕立て直せる。
そうした技術は、いつか彼女が自分の人生を切り開くための手段になる。
だが、当時の少女には、まだその未来は見えていなかった。
彼女が望んでいたのは、もっと単純なことだったのかもしれない。
ここを出たい。
自分の人生を、自分で決めたい。
誰かが決めた場所に、いつまでも閉じ込められていたくない。
その願いが、やがて服への考え方にもつながっていく。
*
黒と白。
修道院で目にする衣服は、簡素で、余計な飾りがなかった。
それは、規律の象徴だった。
けれど、のちのガブリエル・シャネルの服を知る人なら、この色の組み合わせに、別の意味を見いだすかもしれない。
黒と白を基調とした装い。
装飾を削ぎ落とした線。
華美であることより、形の美しさを重んじる感覚。
後年のシャネルのスタイルと、少女時代の環境との間には、興味深い響き合いがある。
ただし、彼女のデザインが修道院の衣服から直接生まれたと、簡単に断定することはできない。
人生の経験は、ひとつの原因からひとつの結果へと、まっすぐ進むわけではないからだ。
嫌だったものが、記憶に残ることもある。
自由を奪われた経験が、自由を求める気持ちを強くすることもある。
そして、長い年月が過ぎてから、かつて見ていた景色が、思いがけない形で作品に現れることもある。
ガブリエルの人生にも、そうした複雑なつながりがあったのではないだろうか。
*
やがてガブリエルは、修道院を離れ、ムーランで暮らすようになる。
裁縫の技術を生かし、仕立ての仕事に就く。
けれど、彼女の人生は、針と糸だけで決まるわけではなかった。
歌うことにも関心を持ち、カフェや舞台の世界にも足を踏み入れていく。
そこで彼女は、人々の視線を知る。
誰が注目され、誰が忘れられるのか。
何を身につければ、人は相手を違う目で見るのか。
どんな振る舞いが、周囲の人々の態度を変えるのか。
服は、ただ身体を覆うだけのものではない。
それは、人と人との間にある距離にも関わっている。
ガブリエルは、まだその答えを持っていなかった。
けれど、彼女のなかには、ひとつの願いが育っていた。
誰かに選ばれるのを待つだけではなく、自分で選ぶ側になりたい。
与えられた服を着るだけではなく、自分がよいと思う服を作りたい。
他人が決めた人生ではなく、自分の人生を生きたい。
その願いが、いつかシャネルという名へとつながっていく。
*
一方、時代は進んでいた。
一九二七年、パリ。
ガブリエル・シャネルが既にファッション界で名を知られる存在となっていた頃、別の女性が、自分の考えた服を世に出そうとしていた。
エルザ・スキャパレリである。
エルザが注目したのは、ニットだった。
当時、ニットは新しい女性の暮らしにふさわしい衣服として、可能性を広げつつあった。動きやすく、実用的でありながら、工夫次第で洗練された装いにもなる。
エルザは、そこに自分の想像力を持ち込んだ。
黒いニットの胸元に、白いリボンが結ばれている。
そう見えるのに、実際にはリボンを結んでいるわけではない。
白い模様が編み込まれ、見る者の目を錯覚させるのだ。
服の上に、もうひとつの現実を描く。
それは、後にエルザの代名詞のひとつとなる、トロンプ・ルイユ――だまし絵の発想だった。
このニットを形にしたのは、アルメニア人の編み手、アロオシアグ・ミカエリアン。親しい人々からは「マイク」と呼ばれていた女性である。
エルザは、自らの発想を、彼女の優れた技術によって衣服へと変えていった。
そして、エルザ自身がそのニットを身につけ、ファッション関係者の集まる昼食会へ出席した。
それは、ただ作品を披露するだけの場ではなかった。
自分の考えたものを、実際に人々に見せる。
その場で反応を確かめる。
そして、売れる可能性があるなら、ためらわずに話を進める。
エルザは、自らの服を着て、その価値を人々の目の前に示したのである。
黒と白のリボンを見た人々は、驚いた。
そこには、単純な模様以上のものがあった。
見る者の目を一瞬だけ欺き、次の瞬間に、その仕掛けを楽しませる。
服が、人の知覚を遊ぶ。
その発想に、アメリカの百貨店ストラウスのバイヤーが注目した。
注文は、四十着。
たった一枚のニットから始まった試みが、商業的な成功へつながる瞬間だった。
もちろん、エルザひとりの力だけで実現したわけではない。彼女の着想を編み上げたマイクの技術があり、注文に応えるために協力した編み手たちがいた。
エルザは、自分の発想を形にできる人々を集め、彼女たちの力を借りて、作品を商品へと変えていった。
それもまた、才能のひとつだった。
自分にできないことを知り、それを実現できる人を見つける。
そして、自分の考えを、世の中に通用する形にする。
やがてエルザは、パリで自らのアトリエを開き、ファッションの世界へ本格的に踏み出していく。
*
ガブリエルは、幼い頃、修道院で針と糸を覚えた。
エルザは、成人してから、自分の想像をニットの模様へと変えた。
ふたりの出発点は、まるで違っていた。
ひとりは、厳しい現実のなかで、自分の人生を切り開くための技術を身につけた。
もうひとりは、豊かな文化的環境で育み続けた想像力を、衣服という形にしようとしていた。
けれど、ふたりには、ひとつの共通点があった。
自分の前にある世界を、そのまま受け入れるだけでは満足できなかったのである。
ガブリエルは、女性の身体を締めつける衣服や、女性に当然のように求められる役割を変えようとしていく。
エルザは、服はこうあるべきだという常識を、想像力によって揺さぶっていく。
同じ時代を生きることになるふたりは、まだ、その先に待ち受ける競争も、互いの存在も、十分には知らなかった。
ガブリエル・シャネル。
エルザ・スキャパレリ。
やがてふたりの名は、パリのファッション界で、異なる美意識を象徴するものになっていく。
だが、その物語は、まだ始まったばかりだった。




