第十一話 天賦の才
第十一話 天賦の才
エルザ・スキャパレリは、最高級のドレスに、巨大なロブスターを描きました。
サルバドール・ダリとのコラボレーションから生まれたこの服は、単なる「おかしなデザイン」ではありません。それまで美術館の額縁の中に閉じ込められていた「シュルレアリスム」という最先端のアートを、ドレスとして街へ引っ張り出し、「誰もが身に纏える芸術品」へと変えてしまったのです。
一方、ココ・シャネルは、それまで貴族の象徴だったコルセットから女性を解放し、労働者の下着だったジャージー素材を使って、動きやすい日常着を作りました。「服は、飾るためだけのものではない」という彼女の言葉は、特権階級のものだったお洒落を、自分の足で歩くすべての女性の手に手渡す宣言でした。
エルザにとって、ファッションは日常に持ち込める「アート」。
シャネルにとって、ファッションは誰もが主役になれる「時代」。
見ている景色は違えど、ふたりが命を懸けて戦った目的は同じでした。それは、「モードを、貴族のクローゼットから、一般人でも手にできる服へと」
かつて、ナポレオンの妻・ジョセフィーヌの時代。モードとは、一握りの特権階級だけが許された、雲の上の「オートクチュール」でした。一般の庶民がそれを身に纏うようになるまでには、気が遠くなるほどの時間と、歴史の変革が必要だったのです。エルザとシャネルは、その長い歴史のゴールテープを鮮やかに切り、誰もが「着たい服を着ていい」という自由を勝ち取ってくれたのでした。
もちろん、彼女たちの図面を形にしたのは、歴史に名前の残らなかった無数の職人たちです。
難しい生地を縫い合わせ、繊細なレースを編み込んだ彼らの手仕事もまた、宮廷のための贅沢品から、市民のための衣服へと、時代の変化を裏で支え続けました。
*
さて、時代は流れて、現代のある街。
駅へ向かう人々の服装は、驚くほど気軽で、自由になりました。
ユニクロのシャツ。
GUのパンツ。
安くて、着やすくて、毎朝の服選びに悩まなくて済む。
私たちはこれを「ただの安い普段着」だと思っているけれど、実はこれこそが、ジョセフィーヌの時代からエルザやシャネルを経て、何百年もかけて人類が勝ち取った「究極の自由の形」なのかもしれません。
ある女性も、そんな自由の果実を身に纏っていました。
彼女はある休日、実家の押し入れを整理していて、おばあちゃんのものらしき古いブラウスを見つけます。
袖口には、細かくて、複雑で、妙に手が込んだレースがついていました。それは、かつてモードが一般家庭にまで普及し、誰もがお洒落を愛せるようになった時代の、愛おしい記憶の証です。
「かわいい。直して着ようかな」
お直し屋さんに持っていくと、店主はルーペを覗き込み、少し寂しそうに笑いました。
「うーん、これと同じ手仕事ができる職人は、もう今の時代には残っていないねえ」
大量生産の波の中で消えゆく職人技。それは少し寂しいけれど、それだけ誰もが安価に、平等に服を楽しめる豊かな時代になった、ということの裏返しでもあります。
ブラウスを大事に持ち帰った帰り道、彼女は駅前の店で、いつもの千円台のシャツを買いました。
「やっぱり、これでいいや」
そう言って笑った彼女の選択は、決して妥協なんかじゃありません。何百年もの歴史が用意してくれた「現代の豊かさ」を、大いに満喫しているだけなのです。古いブラウスは、次の世代へ繋ぐために、大切に押し入れへと仕舞われました。
*
エルザ・スキャパレリとココ・シャネル。
ふたりが火花を散らしたモードの歴史は、今、誰もが手軽にお洒落を楽しめる、この愛おしい日常へとつながっています。
クローゼットを開ければ、昨日と同じユニクロのシャツとGUのパンツ。そして、袖口に小さなレースのついた古いブラウス。
彼女は少しだけ迷って、やっぱりいつもの、動きやすいシャツを手に取りました。
「よし、遅刻する!」
そう言って駅へと走り出す彼女の背中を、シャネルもエルザも、きっと満足そうに眺めているはずです。「そうよ、私たちの作った歴史の上を、そうやって力強く走りなさい」と、
美術館に飾られるロブスタードレスも、シンプルな黒い服も、名もない職人が作った一枚の布も。そして、私たちが今日着ているユニクロのシャツも。
それぞれに、作った人がいて、着た人がいて、それせわれの時代があった。
ファッションの歴史は、今日も、私とクローゼットの中で続いています。




