第四話 ~窓の外の景色~
馬車が揺れる。
規則正しい振動に身を任せながら、
リアは窓の外を見つめていた。
流れていく景色。
広い草原。
森。
小川。
どこまでも続く青空。
本で見たことはあった。
けれど。
実際に見るのは初めてだった。
「……」
じっと外を見る。
すると向かいに座るアルセリオが口を開いた。
「リア」
「何でしょう」
「さっきからずっと外見てますよね」
「見ていません」
即答だった。
「見てます」
「見ていません」
「いや絶対見てます」
リアは数秒黙る。
そして視線を逸らした。
「……少しだけです」
「ほら」
アルセリオは思わず笑う。
リアはじとりと彼を見る。
もっとも。
表情はほとんど変わらない。
「笑いましたね」
「気のせいです」
「今、確実に」
「気のせいです」
「そういうことにしておきます」
リアは再び窓の外へ目を向けた。
その時。
遠くに小さな村が見えた。
木造の家々。
石畳の道。
煙突から上る白い煙。
「……あれが」
「ええ」
アルセリオが頷く。
「リヴェイルです」
リアは小さく息を呑んだ。
本の中でしか知らなかった世界。
その場所が。
今、目の前にある。
◇◇◇
馬車が村へ入る。
その瞬間。
「エドだー!」
子供たちが駆け出してきた。
「おかえりー!」
「今回は何持ってきた!?」
「まだ降りてもないんだけど!?」
アルセリオが苦笑する。
子供たちは容赦なく馬車を囲んだ。
リアは目を瞬かせた。
勇者である彼に。
こんな風に接する人間を初めて見た。
誰も跪かない。
誰も怯えない。
誰も敬語を使わない。
ただ当たり前のように笑っている。
「……すごいですね」
「何がです?」
「懐かれています」
「いや、あいつら荷物目当てですよ」
「そうなんですか」
「そうなんです」
真顔で納得するリア。
アルセリオは肩を震わせた。
その後も。
村を歩けば誰かが声を掛けてくる。
「エド、久しぶり!」
「薬持ってきたかー?」
「今度またチェスしような!」
王都ではありえない光景だった。
リアは静かに周囲を見る。
みんな笑っている。
自然に。
当たり前のように。
「……楽しそうですね」
ぽつりと呟く。
アルセリオは少しだけ目を細めた。
「そうですね」
◇◇◇
昼頃。
二人はパン屋の前にいた。
焼き立ての香りが漂う。
リアは足を止めた。
「どうしました?」
「……いい匂いです」
「パン屋ですからね」
「本当にこんな匂いがするんですね」
真剣だった。
アルセリオは思わず笑う。
店主のおばちゃんも笑った。
「可愛い子だねぇ」
リアが固まる。
たぶん。
生まれて初めて。
王女としてではなく。
ただの女の子として言われた。
「焼き立てだから食べてきな!」
「え」
パンが渡される。
リアは戸惑った。
「お代は」
「サービスだよ!」
意味が分からない。
王城では何かを貰う時には必ず理由があった。
見返りがあった。
けれど。
目の前のおばちゃんは。
ただ笑っているだけだった。
「……ありがとうございます」
小さく頭を下げる。
その仕草が綺麗すぎて。
アルセリオは慌てて目を逸らした。
◇◇◇
夕方。
村の広場。
リアはベンチに座りながら、
パンを食べていた。
少しだけ冷めている。
けれど。
とても美味しかった。
「どうですか」
隣に座ったアルセリオが聞く。
リアは少し考えた。
それから。
「好きです」
短く答える。
「パンが?」
「村が」
アルセリオは一瞬目を見開いた。
リアは夕暮れに染まる村を見つめる。
笑い声。
夕飯の支度の匂い。
走り回る子供たち。
どれも初めて見るものだった。
「……また来たいです」
その言葉は。
リア自身も驚くほど自然に口から出ていた。
その時だった。
「おーい」
聞き覚えのある気だるげな声がした。
アルセリオが振り返る。
そこには。
黒髪の青年が立っていた。
眠そうな赤い目。
やる気のなさそうな表情。
「ルカ」
「また来たのか」
青年は欠伸をする。
そして。
隣に座るリアへ視線を向けた。
「誰?」




