プロローグ ~王都を抜け出して~
勇者は、自由に笑ってはいけない。
王国の象徴は、常に民の理想でなければならないからだ。
だから青年は、魔物を斬る時も、歓声を向けられる時も、完璧な笑みを浮かべ続けていた。
「勇者様! お見事です!」
「さすが勇者様だ!」
歓声が響く。
青年は剣についた血を払い、先ほどまで戦場にいたとは思えないほどの爽やかな笑みを浮かべた。
「これもみんなのおかげだよ」
また歓声が上がる。
――そのような言葉を口にするのも、もう何度目か分からなかった。
「勇者様」
歓声を割るように、低い声が響いた。
振り返れば、白銀の鎧を纏った王国騎士が、青年の前に膝をついていた。
「国王陛下より、次の討伐任務が下されました」
その瞬間。
青年の胸の奥が、じわりと熱を持つ。
あぁ、僕には断れない。
“盟約”がある限り。
「国王陛下より、次の討伐任務が下されました」
その瞬間。
青年の胸の奥が、じわりと熱を持つ。
あぁ。
――僕には、断れない。
“盟約”がある限り。
「……承知しました」
青年は、笑う。
まるで何事もないかのように。
周囲の兵士たちは安堵したように顔を見合わせ、再び歓声を上げた。
「勇者様なら安心だ!」
「これで北部も救われる!」
期待。信頼。憧れ。人々は好き勝手に言葉を投げかけてくる。
けれど、その誰一人として。“勇者”ではない自分を知ろうとはしない。
「では勇者様、出発は三日後に――」
騎士の声を聞き流しながら、
青年は空を見上げた。
どこまでも青く、窮屈な空だった。
宿へ戻る頃には、日は落ちかけていた。
「お疲れ様です、勇者様!」
宿屋の店主が慌てて頭を下げる。
青年は反射的に微笑み返した。
「ありがとう」
それすら、もう癖になっている。
部屋に入る。
重い扉を閉めた途端、張り付いていた笑みが消えた。
静寂。
誰もいない空間で、青年は深く息を吐く。
「……疲れた」
ベッドへ倒れ込みたい衝動を堪えながら、彼は鏡の前へ向かった。
白銀のマントも、勇者の証である装飾も外して
髪色を変える魔法を使う。
鏡の中にいた“勇者”は、もうどこにもいなかった。
そこにいるのは、
世界を救う英雄でも、
人々の理想を体現したような爽やかな青年でもない。
少しくたびれた、
年相応の青年だった。
「よし」
その瞬間だけ。
彼はようやく、心から微笑んだ。
「……リヴェイルに行こう」
その言葉を口にした瞬間だけ、
胸の奥が少し軽くなった。




