第二十二話 澄斎出立・山麓の布陣
出立の日、まだ空が白まないうちから、澄斎には灯がともっていた。
阿新と阿久は早起きし、行軍に出る者たちのために乾飯と熱い汁を用意している。弥助は、自分の背丈に届くほどの長槍を背負い、庭の中をぐるぐると歩き回って、その興奮をどうしても抑えきれないでいる。
「俺も、これで『出陣』ってやつだよな。」
槍の柄を握りしめ、目を輝かせる。
「お前がするのは、『初めて荷物を背負って出る』出陣だ。」
佐吉は、乾飯の包みを弥助の胸元に押し込んだ。
「首を斬ることなんぞ考えるな。まずは、水と飯をこぼさずに運ぶことだ。主君に付き従うときは、多く見て、少なく喋れ。」
柳澈涵は廊下で軽い具足の紐を締め、上から地味な色の羽織を引っかけた。腰には『澄心村正』と名付けられた太刀を帯び、背には小さな旗。白布に「柳」の一字だけが、静かに墨書きされていた。
阿久が木の盆を捧げて近づき、一碗の薄粥と、小皿一枚の塩漬け菜を差し出した。
「空腹のまま陣に出ると、風に魂を飛ばされますよ。」
柳澈涵はそれを受け取り、数口すすった。するとかえって、胸の内が静まってくる。
血を見るのはこれが初めてではない。だが、自分の名を記した旗を背負い、自らの手で兵法書の「先頭」と記した位置に立つのは、これが初めてだった。
碗を置き、門をくぐって馬に跨がった。弥助は槍を背に、馬のわきへちょこちょこと駆け寄り、その頬は寒さと興奮で真っ赤に染まっていた。
小牧山の麓には、七百余の兵がすでに朝霧の中に整列していた。
歩兵が前列に並び、長槍が林立する。そのあいだに、鉄砲組が点々と配置されている。騎兵はわずかだけ、列の後方につき、旗は大勢を見せぬよう低く抑えられている。歩み出すときだけ、わずかに震えた。
信長は山上には残らず、濃い色の狩衣姿で、本陣の中央に乗馬していた。側に控える近習も、ごく少数である。その姿は、あたかも視察に付き添うだけのようでありながら、一目で誰の目にも分かる――主君自ら、隊列の中にいるのだと。
先陣の旗は最前列で風を受けている。「柳」の小さな字が、それに記されている。
柳澈涵は軽く振り返り、薄霧越しに、信長の木瓜紋の大旗を一瞥した。それが礼に代わる。信長もまた、鞭をわずかに掲げて応じた。
「進発。」
号令一声、先陣の鼓が前方で鳴り響き、隊列はゆっくりと山を下り、木曽川の方へと、地面を押し分けるように進んでいった。




