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後編:幸せになって

 

 メイビスは市街を歩いていた。何故かというとレストランの無事を確認する為。結果レストランは変わらずあって、オーナーシェフもちょっと老けたが、元気にお店を回していた。

 窓から見えたその光景に思わずレストランの扉を開けようとして、メイビスは止めた。もう、ここにメイビスはいらない。

 それからさらに市街をふらふら歩いて、あるブティックを窓から中を覗くと男女二人と店員らしき人一人がいて、服を選んでいるのだろう知りもしない人達の様子を眺める。ちょっと彼女は気に食わなさそうに、でも彼氏がご機嫌を取っている事が嬉しいのかはにかむ様子が分かる。あれを幸せというのだろう。



「おいおい、ガキ! 逃がすかよぉ」



 幸せを見てると、次は外の店頭に並べていたリンゴを店員の前で少年が盗んだらしく、荒々しく声を上げながら追いかける店員に、薄汚れた姿で必死で逃げる少年がいた。餓死しそうで生きるのに必死な少年と生計を維持するために働いている店員。それぞれ生きるための行動をしており、それは負の感情が渦巻く。

 片や幸せそうで、片や生きるのに必死なのだ。何とも言えない光景にメイビスは顔を顰めた。

 神が創造した『メイビス』という核を元に出来た世界は、誰もが幸せな世界ではない。誰かは幸せだし、誰かは喜んでいるし、誰かは泣いているし、誰かは怒っているし、誰かは悲しんでいるし、誰かは何も思わず静かに暮らしている。色んな感情が渦巻く世界になってしまった。これが神の創造したかった世界なのだろうか、とメイビスはひたすら歩きながら考える。



「やぁ、メイビス」



 呼ばれて後ろを振り返れば見届け役だといった彼がいた。失礼男と仲が良い、というイメージしかないが、神の使いである事は間違いがない。



「もう、時は来たの?」


「まだだ。でも、そんなに長くないよ。核がない状態ではバランスが非常に危ういからね」


「まぁ、主柱がないようなものだもんね」


「思い出してからの君は話が早いな」


「だって、『メイビス』だもの」


「君はレイビスとロイに会わないのかい?」


「会ってどうするの。もうすぐ核に戻る私に」


「でも夫で子どもだろ?」


「失礼男と結婚した覚えはないわ。ただそう、ロイだけ。あの子だけには会いたい……けど、でもそれをやると後ろ髪引かれるわ。だから、会わない」



 メイビスは神に言った。もう少し世界を続ける、と。メイビスが核に戻って、この感情渦巻く世界をただの絶望だけの世界じゃない、絶望以外にも幸せに満ち溢れる世界でもあると、そう信じてみると判断したのだ。

 だからメイビスは、人間の器を捨てて、『メイビス』という世界の核になり世界を支える。つまりは消えるのだ。人間としてのメイビスは。神は問うた。メイビスに関わった人間たちの記憶をどうするか、と。メイビスは答えた。消してほしい、全てメイビスという存在はなかったことにしてほしいと願った。



「レイビスが可哀そうだなぁ。どうせさ、忘れちゃうんじゃん。だから会わせるよ、君たちを」



 見届け人はにこっと笑うとその後ろに、失礼男と息子のロイがいた。ロイはメイビスを見ると走り出して抱き着いてきた。あまりの可愛さにメイビスもしゃがんで抱き返す。

 この子がメイビスに教えてくれたのだ。絶望だけの世界ではないと。その人がいるだけで、それだけでいいと思える幸せがあると。



「なんだ。お前は結婚というものをしたかったのか?」



 ロイの暖かさに、この子を抱き返すことが出来ない未来に悲しみを覚えていたところ、頓珍漢な質問が頭上から降ってきた。当然相手は失礼男だ。



「別に。ただそこの見届け役の方が夫と言ったので、結婚した覚えはないって言っただけ」


「子どもまで作っておいてか?」


「結婚って子ども作ったからするものじゃないけど」


「ロイを作った意味はあったみたいだな」


「作ったとか聞かせないでもらえる。ふん、こんな男の元に残していかないといけないなんて。でも、こんな男の元でもこんなに可愛いんだもの。ロイは大丈夫ね」



 ロイを抱きしめるのを止めて、頭をポンポンを軽く叩いた後に、メイビスは立ち上がる。

 そう言えばまだはっきりしていない事があった事をこの失礼男を見て、思い出したのだ。



「お前は分かりやすい。俺は『メイビス』だと知っていた。そして会って、子どもまで作った。不思議か?」


「ええ」


「二人とも、ここは普通に道端だよ。道端でする会話じゃないよ。折角じゃないか、レストランで、ご飯を食べながら話そうじゃないか」


「っは。そこの失礼男は毒見なしの料理なんか食べないらしいわよ」


「そこは安心して。毒が入っていたら私が即座に止めよう。それでどうだい? レイビス」


「いいだろう」


「父上と、は……メイビスとお外で食事できるの!」



 ロイは母上と呼び掛けて、以前止めてと言ったことをちゃんと覚えていたらしく言い直す。その様子にメイビスは満足したが、何故か失礼男は顔を顰めた。



「話は色々あるようだ」


「だよね。では私が君たちを案内するよ。最初に君たちが出会ったレストランに」



 見届け人が言ったレストランはオーナーシェフが経営する、メイビスが働いていた場所。そして、この失礼男にスープを浴びせられ、出会った箇所でもある。

 入ろうとして扉の取っ手に手をかけたメイビスの手の上に見届け人の手が乗る。



「どうしたの?」


「最初に言っとくね。もう、神の力でこの二人以外、君への記憶は消えている」



 つまり常連のお客さんも拾って育ててくれたオーナーシェフも、もうメイビスを覚えていないという事だ。その事実に手が思わず取っ手から離れた。他人のように扱われるという事実に、思わず現実から目を背けたのだ。

 だが失礼男が間髪入れずにレストランの扉を開けた。



「お前が選んだ道だ。俺は、この国を統べる者として世界が消えるのなんて冗談じゃないと思って、お前に会いに来た」



 扉が開くとベルがカランカランと鳴り、メイビスの代わりに入ったらしい給仕係の人がいらっしゃいませ、と声をかけてくる。そして奥の厨房からいらっしゃいませーというオーナーシェフの声が聞こえてきた。

 メイビスは厨房へ行って、オーナーシェフにメイビスだよって言いたかったが、大人しく給仕係の人が案内した席に座った。ロイは知らないし、ロイは忘れるが、メイビスは今感じているこの思いと同じ思いをロイにさせようとしている。だがメイビスが核として戻らなければ、世界が崩壊して、ロイも消えてしまうので帰らない、という選択肢はなかった。



「お料理がお決まりになりましたら、お呼びください」


「この店で一番の料理でいい」


「……かしこまりました!」



 メイビスなら何この客って怒ってただろうなぁと失礼男の注文を聞きながら思い、かしこまりましたと言って去る給仕係が輝いて見えた。先ほどメイビスの代わりに、と思ったが、違う。本当は今の給仕係がこのレストランで働いている事が正で、メイビスが異端だった。

 静かに待とうと思えば、失礼男は待ってはくれないらしく、話を始める。



「お前は俺やロイに挨拶なしに去ろうとしたのか?」


「どうせ忘れるもの」


「お前には言わねばならない事がある。だからコイツの力を借りた」



 コイツと呼ばれた見届け人は、空笑いする。

 だがメイビスに用事があるとは失礼男にしては珍しい。



「最後だから素直に答えるわ。何?」


「俺はお前を道具として見ていた。世界だの大きさは知らんが、俺の国が壊されるのは堪ったものではないからな。そしてお前は強大な力を誇ると知って、子どもを作れば遺伝するかと思った。お前は何時かは世界が壊れようとも、続こうともいなくなるとソイツに聞いていたからな」


「そうね。私はもうすぐいなくなる。記憶ごとね。そして遺伝は気になったから聞いといたけど、ロイは普通の人間よ。何処にも特別な要素はないわ。この子は普通に人間として生きていける子」


「ロイの件はそれでいい。コイツも十分跡取りとしての素質がある。問題はお前は消える、記憶も消える、これは確定事項か?」


「消えるのは確定。記憶は残せるけど、あたしなんかの記憶なんて持ってても意味ないわよ。だってもう、あんたとロイしかあたしを知らない。意味は、もうすぐ分かるわよ。でしょ、見届け人さん?」



 見届け人は苦笑した後に答えた。



「残念だけどね。それを教える為に君たちをここに連れてきた」


「でしょうね。あたしには覚悟を、二人には現実を突きつける為でしょ」



 メイビスがそう言った時、給仕係の人が料理を運んできた。二人分。そして失礼男とロイの前に料理を並べ、当店自慢のコース料理となります、と言い去っていく。

 見届け人とメイビスの分はない。彼には、いや、失礼男と息子のロイ以外にはもう、見届け人とメイビスの存在はないのだ。

 ロイはずっと続けられる物騒な話に黙って聞いていたが、流石に料理が並べられたときに悲しそうにメイビスを見た。息子のロイは賢い。きっと幼いながら色々解釈して話を聞いて、何となくでも理解し始めているのだろう。

 失礼男も料理が並べられた際は顔を顰めた。そして、こちらはすぐ解釈したのだ。



「なるほどな。もう既に消えているワケか」


「あたしは世界の核って言ってもピンとこないと思うけど、要は中心なんだよね。中心がずれると、建物だと崩れるでしょ。それと同じ。中心が今はずれているの。それを戻すだけ。消えないという選択肢はない。あたしが中心を持っている訳じゃないの。あたしが中心だから」


「お前は一度世界を消そうとしたらしいな」


「えぇ。こんな泣いたり悲しんだりしている負の感情が渦巻く世界はいらないって思ったの。だけど、今は違うわ」


「どう違う?」


「料理が並べられないことは悲しいわ。でもオーナーシェフが元気に声を張っているのは嬉しいわ。負の感情だけじゃないこの世界を、もう少しだけ期待してみてもいいと思ったのよ」


「なら俺とロイの記憶は消すな」



 思わぬ台詞にメイビスは驚く。



「もう、誰に話しても信じてもらえないわよ」


「コイツがいる」


「ロイなんかもっと可哀そうよ」


「僕もメイビスの……母上の事を覚えていたいです」



 絶対後悔するだろうけどなぁとメイビスは思いつつ、消えれば分からなくなるのでいいかと思う。



「分かったわよ。あんたは兎も角、ロイのお願いは一つくらい聞いてあげる」



 メイビスはそう言った時、消えていく自分を自覚した。手が透け始めて、思わず見届け人を見ると頷かれた。



「時間だよ、『メイビス』」



 もう何も言えずメイビスは一瞬で白い世界に飛ばされた。

 この何もない白い世界こそ、世界の中心。メイビスがここに居続けたら、少なくとも世界は消えない。あの失礼男もロイも消えない。

 メイビスは最期に嘘をついた。記憶は消した。

 間もなくして見届け人がやってきた。メイビスは眠りにつこうとしていたので驚いた。



「まだ、何か用?」


「どうして記憶を消したか、知りたくなって来たんだ」


「どうして? 分かるでしょ」


「言葉で伝えたほうが良かったんじゃないかな?」


「嫌よ。あんな奴に。でも、覚えててほしかったわ。オーナーシェフがあたしに何の反応もしなくて寂しかったわ。だから消したの。あたしはあの二人が大好きになっていたから……」


「大好きだから消すの?」


「大好きな人がこの世にいないって寂しいじゃない」



 見届け人はそっとメイビスの手を握った。



「人間は何時か死ぬ。だから寂しい。でもアルバムや思い出話をして、ちゃんとその人の中で生きているんだよ。不思議だろう?」


「あたしたちは違うわ」


「私たちはそうだね。だからレイビスに話したんだけど、面白いくらい君たち拗れて、でもお互い好きだっただろう」


「アイツは何とも思ってないわよ」


「そうかな? 僕はきっと泣いていると思っているよ。だからそっと覗いてごらん」



 見届け人は鏡をメイビスに手渡してきたので覗くと、其処には失礼男とロイが映っていた。そして誰かのお墓に祈りを捧げていた。

 二人とも黒い服を着て、失礼男はもう六十前後くらいに老けたように見え、ロイは立派な青年に育っていた。白い世界にいると時間の感覚がおかしくなるのだ。



『馬鹿な女だった』


『母上にそんな事言わないでください』


『分かりやすい嘘を最期につく女が賢いものか』


『母上なりの気遣いだったのだと思います。とても不器用で、でも短い間でしたが愛してくれていたと思っています』


『ふん。言われなくても分かっている。俺は死んだらアイツの所へ行く』


『まだまだ生きててもらわないと困りますが、そうですね。天寿を全うした際は母上に伝えてもらえますか? この世界は最高だ、と』



 メイビスは気が付けば涙を流していた。

 何故二人が覚えているのか分からなかったが、覚えてくれていた、その事実が嬉しかったのだ。メイビスは確かにこの世にいると証明してくれるかのようだ。



「なんで、消えてないの?」


「消えないよ。『メイビス』はメイビスという人間になって、そこで色んな感情渦巻く世界を、いつの間にか好きになっていただろう。あの二人を中心に」


「それとこれとは」


「関係あるよ。感情、という力の強さをあまり無視しない方がいいよ」



 見届け人の言葉にメイビスは苦笑した。馬鹿にしたわけではない。あんな失礼男にも感情があって、ロイもあんなに短い時間だったのにこんなに慕ってくれていたのだ。

 市街を巡った時、あの失礼男が王様だという国はどんなところだろうと思ったが、鏡があの失礼男の国の色んな箇所をいっぱい映してくれた。今はきっとロイが治めている国。どうか平和であってほしいと願う。

 結構な時間、鏡に魅入っていたメイビスは一通り鏡が国中を見せてくれたので、見届け人へ鏡を返す。



「ありがとう」


「いいえ。ちょうど私の役目も終わりのようだ」



 見届け人がふわっと消えたかと思うと代わりに失礼男が出現した。鏡で見た老けた状態じゃない。初めて会った頃の失礼男の姿だ。



「久しいな」


「何故来れたの?」


「さぁな。だが来たかったから来た、それまでだ」


「そんなことで来れる場所じゃ……!」



 失礼男はメイビスの口を寄りによって口で封じてきた。それはすぐ離されたが、あまりの出来事に何も言えない。ロイを作るときでさえ、しなかった行為だ。



「難しいことは考えるな。俺は国を治めて、ロイに譲って、隠居した身だ。時間はいくらでもある」


「ここがどこだが分かってるの!」


「分からなくていい。お前がいる場所に行く、それが俺の最後の望みだ」



 色んな理を超えたところにいることが分かっているのか、分かっていないのか、この失礼男に問いただしたくなったが、ふとメイビスも気が付く。時間はいくらでもある。

 いつかこの失礼男に伝えられなかったことも、伝えられるかもしれない。


 そこからメイビスと失礼男は白い世界の中、ずっと一緒にいた。どれだけ長い時を経たか分からないくらい共に。


 互いに何かを言い合いしては落ち着き、それでもメイビスは出ていけとは言えなかった。

 白い世界は色は白いが、この失礼男が来てからなんにもない白ではなくなった。いろんな色がそこには存在した。


 世界は時には混沌と化した、だが平和になり、また……と繰り返す。

 その様子を眺めながらメイビスと失礼男はこの世界は、失礼ながらも幸せな平和な世界とは言い難いが、不幸や悲しみと幸せと希望が渦巻き、その中で足掻き、生きているのだと思う。



「不思議ね」


「そうか?」


「辛いのに、一つの幸せのために足掻くの」


「色んな奴がいるがな。だが全員一緒じゃつまらん。いいんだよ、ほっとけ。綺麗ごとじゃない、全員幸せになるなんてあり得ない」


「そんな世界に意義が……」


「意義を決めるのは、核であるお前じゃない。生きている奴らだ。生きたくても死んでしまう奴もいれば、死にたくても生きる奴もいる。それも含めてそいつの人生だ。生きるのに絶望する奴が多ければ、自然と時と共に種が絶滅するさ」


「そう言われればそうね」


「俺たちは隠居してればいいのさ」



 そうしてメイビスと失礼男は白い世界で、時に眠りにつき、時に世界を見渡し、世界が終わりを迎えるその日まで一緒にいた。



 —————



『愛って偉大だね。あの子たちをここまで変えれるのだから。不思議だよ。感情に賭けた甲斐があった』


『私の負けだ』


『でしょ。感情って面白いよ。幸せになってね。メイビス』



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