118.少女は王子様に救われる
《リスタSide》
第七王子ノアのメイド、リスタ。
彼女の肉体は、女神リスタルテの魂によって、現在主導権を奪われてる状態。
リスタは闇の中、うずくまっていた。
『…………』
リスタは思い出す。どうして、こうなったのかを。
それはノアがカーター領へ来る前のこと。
幼いリスタはカーター領アインの村で、両親と共に暮らしていた。
しかし両親は魔物に襲われて死亡。
優しい村長に拾われ、育てられることになった。
……その頃のリスタの精神は、ボロボロだった。
母、父を失い、悲しみに暮れていた。
リスタは毎日神に祈った。神様どうか、両親に会わせてくださいと。
そうやって祈ると、夢の中に両親が出てくる。
寝ている間だけ、リスタは両親に会うことができる。でも目が冷めると二人とももういないのだ。
リスタは毎日悲しくて、泣いて過ごしていた。
誰か、助けてほしい。
このどうにもならない状況を、どうにかしてほしい。
……するとある日、夢の中で、一人女神と出会う。
女神、リスタルテとの出会い。
その夢の中で彼女は、こうお告げをする。
『まもなく、あなたの前に王子様が現れます』
『王子様……?』
『ええ。その王子様がきっと、あなたの運命を変えてくれるわ』
目が覚めるとリスタは、快活さを取り戻していた。
女神の言葉を信じ、いつかこの不幸な自分を救ってくれる、王子様がやってくれることを期待しながら生きることにした。
女神のお告げは、リスタにとっての生きる希望だった。
まだ見ぬ王子様との出会いを夢にながら、彼女は日々生きていく。
そして……運命の日が訪れる。
ある日カーター領アインの村に、火山亀が現れた。
勇者の施した、村を守る結界が壊れる。
リスタは村のひとたちを守るため、自ら犠牲となることを選んだのだ。
リスタは逃げながら、こう考えていた。
きっと、自分の窮地に、王子様が現れてくれるはずだと。
リスタはたしかに村人、そして村長に恩義を感じていた。
だが彼女を動かしたのは、女神からのお告げ。いずれ来る運命の王子との出会いを期待し、自らを危険にさらしたのだ。
そして……リスタは運命の王子と出会う。
すなわち、ノア・カーターと。
☆
それからのリスタは、自分を助けてくれた王子様と、ノアに引き合わせてくれた女神のことを崇拝するようになる。
ノアと出会ったその日の夜、またも夢枕にリスタルテが現れる。
『ノア・カーターのそばにいなさい』
リスタは女神のことをすっかり信用していた。
……利用されてるとも知らずに。
リスタルテはこの段階でリスタの肉体に、魂を宿していた。
女神の目的は、リスタの肉体を乗っ取るためのならし、そして、そばにいることで運命を操作し、ノアに領民達からの信仰を集めること。
リスタはそんな女神の思惑など気づくことなく、ノアのそばに居続けた。
リスタにとってノアは自分を救ってくれる王子様なのだ。離れたくなかった。
ノアは変わった人だった。
ちょっと口は悪いけど、変な行動をするけど、でも……その実、優しい人だ。
リスタはどんどんノアに夢中になっていった。
ノアが活躍するたび、ノアへの好きであふれていく。
リスタにとってノアはかけがえのない存在になっていった……。
そして、ノアが世界を統一したその日。
リスタの夢の中に、あの女神、リスタルテが現れた。
『リスタ、もうあなたは用済みです。今までよく働きました』
『どういうことですか……?』
リスタルテは説明する。
彼女の目的を。そして、リスタは自分が利用されていたことに気づかされた。
『……つまり、わたしは女神様の、駒だったと?』
『そのとおり。わたくしの目的は、ノアを神にして殺してもらうこと。この肉体ごと』
神は肉体をもたないため、殺すことができない。
だから、リスタの肉体を使って、自殺を試みようとしてるとのことだった。
『…………』
リスタは、いやだった。死にたくなかった。
もっとノアのそばにいたかった。でも……。
『まさか断りませんよね? あなたが今日まで生き延びることができたのは、誰のおかげだと思ってるのですか?』
……ノアのおかげだ。それは間違いない、彼女が毎日希望を持って生きられているのは、そばにあの最高の王子様がいてくれるからこそ。
『忘れたのですか、リスタ? おまえとノアを引き合わせたのは、ほかでもない、この女神リスタルテですよ?』
……たしかに、そうだ。
いずれ王子様が来ると教えてくれたのは、この女神である。
でも……でもだ。
肉体を女神に譲ってしまったら、自分は……もう死んでしまう。
もう……ノアと会えなくなる。
それはいやだ……もっとノアのそばにいたい。
もっと、ノアを愛する人たちとともに過ごしたい。
カーター領での日々、そこで出会った人たちとの時間、リスタにとってそれらが大切な物になっていた。
それを……リスタは失いたくなかった。でも……。
『いいのですか? わたしくを拒めば、ノアは英雄じゃなくなるのですよ?』
女神曰く、ノアが今日この日まで成功をおさめてこれたのは、運命を司る女神であるリスタルテの力があったからだと。
『ノアのやることなすことがせいこうしたのは、女神の力があったから。わたくしの機嫌一で、ノアはその力を失う……もう彼がなにをしても成功することは、永遠に来なくなる。そうなれば、ノアは英雄じゃなくなってしまうのですよ? あなたの大切な、王子様が英雄じゃなくなる……いいのですか?』
……よくない。
女神に脅されて、リスタの心は揺らぐ。
『わたくしに肉体の主導権を譲りなさい。女神を殺したとなれば、ノアは神を殺し世界を救った英雄として、永遠にたたえられることでしょう。あなたが自ら肉体を譲るなら、運命の力をノアに分けてあげてもいい』
……つまり、自分がリスタルテに肉体を分けあたし、死ねば……愛するノアは英雄になれる。そして、いつまでも語り継がれることになる。
リスタは、死にたくなかった。でも、ノアのため……仕方なく、リスタルテに従うことにしたのだ。
☆
そして、現在。
リスタは精神世界で、丸くなっていた。もうまもなく彼女の肉体は、ノアによって破壊される。
そうすれば……。
と、そのときだった。
「おいなにやってやがる、こんなところで」
……今、一番会いたい人の声が聞こえた。
あり得ないはずだ。ここはリスタの心の中だ。
「おい無視すんじゃあねえよ」
「ノア……様……」
それでも、彼はそこにいた。
ノア・カーター。愛する彼がそこに。
「ナニしに……きたのですか?」
「決まってんだろ。おまえを、助けに来た」
……ああ、とリスタは泣きそうになる。
ノアは、愛する王子様は、自分を助けに来てくれたのだ。
泣きたくなるほど、うれしかった。でも……。
「帰ってください……」
ノアの救済を受け入れるわけにはいかない。
だって……。
「わたしが死ねば、あなたは英雄になれるんです。わたしは……あなたに……英雄に……」
するとノアは……。
「ば~~~~~~~~~~~~~~~~~~かじゃねえの!」
リスタに近づいて、ぽかん、と軽く頭を叩いた。
「俺がよぉ……いつ英雄になりてえって言った!? ああん!?」
「え、え……で、でも……」
「俺の望みはよぉ、辺境の土地で、のんびり面白おかしく、まったり暮らすことなんだよ。英雄? はっ、ごめんだね」
「そ、そんな……」
英雄になりたくなかったのか……?
では、自分の行動には、何の意味も無かったのか……?
するとノアがニッと笑う。
「だからよぉ……おまえは、俺を英雄にしなきゃー、なんて考えなくていいんだ」
「え……?」
「俺は英雄になることを望んでない。なら、おまえが死ぬ理由もない。だろ?」
……たしかに、そうだ。
女神から提示された条件をのんだのは、そうしないと、ノアが英雄になれなくなるから。
ノアが神殺しの英雄となることを望んでいないなら……。
「で、でも……でも……ノア様が……」
「ああもうごちゃごちゃうるせえ!」
ノアがまっすぐにリスタを見てくる。
「おまえはどうしたいんだ? 俺がどうしたい、女神がどうしたいとか関係ない。ほかでもない……おまえがどうしたのか! 言え!」
強いノアの言葉が胸を打つ。
自分の望み……それは……。
「のあさまと……いっしょにいたい。カーター領の人たちと……一緒にいたい! 死にたくない!」
一度口を突いたら、次から次へと願望が外に出てきた。
そこには死にたいという気持ちはいっさい無かった。ただ……生きたかった。
ノアはその答えが聞けて満足だったのは、うなずくと、手を差し伸べる。
「俺の手を取れ、リスタ! ここからおまえを連れ出してやんよ!」
……リスタは涙を流す。
王子様が、自分を助けに来てくれた。偶然でもない、誰かに仕組まれたわけでもない。
本当の意味で、王子様が、窮地の少女を助けに来てくれた。
ずっと憧れていたシチュエーションが今、ここに……。
リスタは、もう絶望しない。死にたいとは思わない。
リスタは……ノアの手を取った。その瞬間、世界に光があふれかえる……。
彼の手は……本当に、泣きたくなるくらい、温かった。