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6. 幸せは諦めます

 父親に真正面から失望したと言われ、クィンの表情は曇りを増した。


 彼女は、生まれてからずっと才女になるためにあらゆる努力をしてきて、結果として三番目の才女となり、それ自体は誇れる結果であった。


 ファスタール伯爵の性格上、クィンが褒めてもらえる事はあまりなかったけれど、それでもどうにか認めてもらえるようクィンは必死に努力してきた。

 しかし今、クィンは目の前の父親にあっけなく失望された。

 運命という自分ではどうにもできない結果によって、これまでの努力が全て意味のないものとなったのだ。


 たった一言がクィンに与えた衝撃は大きく、クィンが何も答えずにいると、ファスタール伯爵は発言を続けた。



「たとえ才女でも、相手に恵まれなければ意味がない。あれ以外の相手を探したところで、囚人と運命が結ばれた娘をもらってくれる貴族がいるのかどうか……」


 ファスタール伯爵は頭を抱え、先のことを懸念する。先というのが娘の将来ではなく、家の将来のことを指していると、クィンは悟る。


 そしてクィンは、自らの将来を考えた。


 貴族令嬢に生まれた瞬間、家のために自分の一生を捨てる覚悟は持たされていた。

 それでも、才女に選ばれればジャンヌ・マリアージュで幸せな結婚が出来ると信じていた。

 幸せな結婚が出来なくなった今、クィンが出来ることと言えば、諦めるだけ。

 自分の幸せを諦めるだけでいい。



 クィンは心の中でそんな覚悟を決めて、父親に申し出る。



「……お父様の選んだ方をご紹介くださいませ。私はどんな方でも構いません。また、相手が私の運命を気にするのであれば、実際にお会いする場をください。そうすれば、お父様の望む答えを得られるよう尽力いたします」



 ファスタール伯爵はじっとクィンの目を見つめて、分かった、と一言答えた。


 そこで会話が途切れ、ファスタール伯爵はクィンに部屋からの退出を促した。そしてクィンは父親に一礼し、自分の部屋へと歩いて行った。



***

 部屋に着くと、クィン付きのメイドが一名、スタンバイしていた。


 おかえりなさいませ、と頭を下げたメイドは、クィンが七歳くらいのときから彼女のお世話係をしているベテランメイドだ。



「ナビア……ただいま」



 ナビアの姿を見たクィンは、幾らか安堵の表情を浮かべながら挨拶を返し、そのまま部屋の中央に置かれたベッドまで一直線に進んでダイブした。

 次の瞬間、




「あーーーーーーーーーーーー!!!!!」



 と、ベッドに突っ伏した状態で、掛け布団を握り口元を押さえ込みながら、クィンは遠慮なく叫んだ。


 布団に吸収されたその叫びは、部屋の中にいるナビアにしか聞こえない。

 その光景は今までに何度もあるもので、ナビアは驚くこともなく、クィンの気が落ち着くのを待った。


 その叫びはいつも一息で行われ、息が苦しくなったら止まるので、数十秒だけ待てばいい。



 徐々に声も小さくなっていき、蚊の鳴くような声に変わったところで、クィンはぷはっと顔を上げて空気を取り込む。そしてふぅーっと息を吐く。

 ここまでが一連の流れ。




「……落ち着かれましたか? お嬢様」


 頃合いを見計らい、ナビアはクィンに声をかける。


「ええ! もうね、叫びたくて叫びたくてしょうがなかったの」


 クィンにとってナビアは、いつも話し相手になってくれる、歳の離れた姉のような存在だ。

 これまで長い年月を共に過ごしてきたので、本当の家族よりも近い、気心の置ける存在なのだろう。



「スッキリされたようで良かったです。喉を痛めてはいけませんので、こちらでお茶をお飲みください」


 慣れた手つきでお茶を注ぎ、ドレスのままベッドの上に座ってしまっているクィンを、お茶を用意したテーブルまで呼び寄せる。


 クィンは子供のように、はーい、と返事をして、ドレスの裾を持ち上げてベッドから下りる。


 一度寝転んでから起き上がると、体が重く感じる不思議。テーブルまで数歩の距離なのに、クィンの足取りは重そうだった。のそのそと歩き、ようやく椅子に腰掛けたところで、クィンはうなだれながらナビアに愚痴をこぼし始めた。



「聞いてよナビア〜」

「はいはい。なんでもどうぞ」

「私の運命の相手がね、まさかのまさか。囚人だったの〜」

「はい?」



 泣いてすがるような声でクィンが告げた内容は、いつもさらりと聞き流してくれるナビアですら驚かせた。

 囚人ですか?、とナビアは聞き返すが、クィンはその問いに頷くしかない。


「あり得ないでしょう? ファスタール家の結婚相手が囚人だなんて。百歩譲っても貴族じゃないと面目が立たないわ!」

「それで旦那様はあんなにお怒りだったのですね」



 帰ってきたときのファスタール伯爵の様子を見ていたナビアはその理由を聞き納得したが、ナビアが発した一言に、クィンはわずかに肩を強張らせた。


 父親に“失望した”と言われたあの場面を、頭の中で思い出したようだ。



(ここまで頑張ってきたのに……あんなに簡単に見放されるなんて……)



「しかし、囚人と言ってもどんな罪を犯した方なのですか? お名前は?」


 ナビアから向けられた素朴な疑問は、クィンにも分からない内容だった。


「確かに、何の罪なのかしら? 名前はレナルド・コーネリウスと言われたけれど、それ以外は何も……」

「レナルド・コーネリウス……」


 ナビアは顎に手を当て、その名前を記憶の中から探そうとした。だが、ナビアの中でもレナルドという名前はヒットしなかった。



「ナビア、何か知っているの?」

「いいえお嬢様。聞いたことがあるような名前だと思ったのですが、いかんせんどこで聞いたのか……。もし何か思い出したらお伝えしますね」 

「そっか。私は初めて聞く名前だったわ。お父様やお母様は、彼の名前を聞いただけで、彼が囚人だということを知っているようだったけれど」



 ジャンヌ・マリアージュの会場で、レナルドの名前を聞いてどよめいていたのは親世代だけだった。一緒に参加したアナやその他の才女にはそんな表情が見て取れなかったので、レナルドのことを知っているのは大人だけなのかもしれない。



「もしかしたら、かなり前に罪を犯したのかもしれないわね。私がまだ子供の頃に地下牢に入ったのだとしたら、知らなくて当然だもの」


 大人だけが知っているという状況から、クィンはそう推察した。


「その可能性はありますね。ちなみにお幾つくらいの方でしたか?」

「…………」


 ナビアの質問に、クィンは沈黙した。

 “幾つくらい”なんて、あのレナルドからは予想もつかない。


「前髪や髭で顔が覆われていて……それにその、地下牢は薄暗かったし……」

「幾つくらいかも分からないんですね?」

「……はい」



 囚人とは言え、運命の相手について名前しか答えられない自分を情けなく感じて、クィンは少しだけ落胆する。


「そのように目に見えて落ち込まないでください。お嬢様はその方と結婚する気はないのですよね?」

「ないわ! それはない!」


 レナルドについての質問には答えられなかったのに、結婚する気があるかについては即答だった。クィンの中にその可能性は1%もない。



「それなら、知らなくても良いことと思います。私が質問したのがいけなかったですね。失礼いたしました」



 クィンに結婚の意思がないことを確認した上で、ナビアは自分が悪かったと謝罪した。

 さすが姉のような存在だ。クィンは何も悪くないと言い、落ち込んだ彼女をスマートにフォローする。



「しかしお嬢様。明日以降、外出時には覚悟した方がいいかもしれません」


 ナビアの突然の忠告に、クィンは首を傾げた。



(外に行くのに、覚悟?)



「ナビア、それは一体どういう意味……?」


 

 クィンは言葉の真意を恐る恐る尋ねる。

 ナビアも伏せ目がちに、クィンに説明をした。



「杞憂かもしれませんが、お嬢様の運命の相手が囚人だということが街中に広がれば、お嬢様は好奇の目に晒されます。……中には心ない言葉を浴びせる者もいるかもしれません。この件がいつ広まってしまうのかは分かりませんが、広まったときの覚悟をしておいていただければ問題ないかと存じます」



 先のことを見越して事前に忠告してくれるあたりは、さすがナビアといったところか。


 彼女の忠告は的を射ていた。

 ジャンヌ・マリアージュで囚人が選ばれたことは前代未聞であり、噂話が好きな貴族達の間ではすぐに話題となるに違いない。そしてそれは、遠くない内に庶民の耳にも入る。


 伯爵令嬢という身分を持つクィンが、庶民にまで貶められるかもしれないというのだ。覚悟しておくに越したことはない。



「……分かった。とりあえず、今日はもう疲れたから寝たいわ」

「かしこまりました。すぐに準備しますね」



 クィンは、ナビアにドレスを脱ぐのを手伝ってもらって寝巻きに着替えてベッドに入り、明日起きたら今日の出来事が全て無かったことになってればいいのに、なんてことを夢現に考えながらすうっと眠りについた。


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