5. 突きつけられた現実は残酷でした
クィンは申し訳なさそうにアナへ謝罪し、事の次第を話す。
「ごめんなさいアナ。あなたにそんな顔をさせるつもりはなかったの。ただ私の……一生がかかってて仕方なく、」
「仕方なく?」
「ジャンヌ様の部屋の前で、面会できるようにその…………叫んじゃった」
内容が内容なだけに、クィンはとても言いづらそうに、それでもアナに促されて、答えた。最後の言葉は消え入りそうなくらい声が小さく、それは、自分で口にすると改めて、自分の行動が非常識だったと感じているようだった。
(ああ……私ったら本当になんてことを)
「叫んだ!? あのクィン・ファスタールが!?」
アナは驚きのあまり、目の前にあるテーブルに手をついて前のめりに立ち上がる。
また、彼女がクィンのフルネームを呼んだのには、あの伯爵令嬢のクィンが、という意味が込められていた。
伯爵家に生まれたクィンは、伯爵令嬢の名に恥じないように幼い頃から厳しく躾られてきた。特にファスタール家は、クィンの父親であるファスタール伯爵がかなり厳格な人柄で有名なのだ。そんな家の娘であるクィンが礼儀を欠いたところなど、旧知の仲のアナですら、中々見た事がない。
それぐらい珍事だったのだ。
「あの時は本当に切羽詰まっていて……」
「でもジャンヌ様に面会を求めるなんて、何の用で?」
その行動に至った要因を、アナはまだ知らない。
話の流れとしてその疑問が出ることは当然ではあるものの、その質問に、クィンはわずかに顔を歪めた。
同じくジャンヌ・マリアージュで良い相手に出会えたアナとは、自分の置かれた状況があまりにも違うからだ。
爵位もない、貴族でもない、それどころか地下牢にいる囚人。
そんな男が運命の相手だったと話すのは、たとえ親友でも憚られる。
「えっと……」
クィンが重い口を開こうとしたとき、部屋の扉がノックされた。突然の音に驚き、クィンとアナは扉の方へ目を向ける。
次いで、外から兵士の声が聞こえた。
「クィン様、アナスタシア様、失礼いたします。ファスタール伯爵がお出でになりました」
(お父様!?)
クィンは即座にその場に立ち上がり、アナと二人で姿勢を正す。
兵士の手でゆっくりと扉が開けられると、宣言通り、そこにはファスタール伯爵が重苦しいオーラを纏って立っていた。
(ああ……。かなりお怒りね……)
父親のオーラに気圧されたのか、クィンの顔色は徐々に青白くなっていく。
「グラハム伯爵の娘、アナスタシアでございます。お久しぶりです、ファスタール伯爵」
クィンの顔色が悪くなる隣で、アナは一礼をし、ファスタール伯爵に対してそつなく挨拶を済ませる。
「ああ、グラハムのところの。君も一緒だったのか」
丁寧な挨拶をしたアナに、ファスタール伯爵は一瞬だけ視線を向けたものの、アナには全く興味がないようだ。アナの姿を認識だけして、その視線はすぐにまた自分の娘、クィンへと向かった。
「はい。私も先程この部屋に来たところで、少しだけ話を、」
「悪いが、クィンは連れて帰らせてもらう。クィン。来なさい」
睨みをきかせながら踵を返し、ファスタール伯爵は有無を言わさずクィンへ同行を求めた。
この部屋で話をするつもりはないようだ。
「……はい、お父様」
父親に呼ばれて、クィンは少し声を震わせながら、短く返事をして足早に追いかけた。
アナに別れの挨拶をする余裕もないくらい、今の彼女の心は恐怖でいっぱいだった―――。
***
クィンはファスタール伯爵と別々の馬車で帰路についた。
今朝は心躍る道だったのに、帰りは憂鬱な道になってしまった。
クィンの心境は、さながら処刑場に向かう死刑囚のようだ。
(お父様の期待を裏切ってしまった。相手が囚人では、ファスタール家には何の得にもならない。一ヶ月後ならジャンヌ様に会えるかもしれないけれど、もし会えなかったら、ううん、会えてもジャンヌ・マリアージュの結果が変えられないとしたら……)
想像は悪い方にばかり膨らんでいく。
今日起きた事、今後の事、どれを考えても、最悪な方向にしか進まない未来予想図。
厳格な父親に育てられると、甘い夢なんて見られないのかもしれない。
間もなくファスタール家の邸宅に到着し、伯爵とクィンは脇目も振らずに、書斎へと向かった。
そこでようやく、ファスタール伯爵は本題に入る。
「自分が何をしたか、分かっているな?」
「はい、お父様」
「ジャンヌ様に無礼を働くなんて、恥知らずにも程があるぞ!!!」
部屋中に怒号が鳴り響いた。
その声はかなり大きく、きっと部屋の外にも聞こえただろう。
「申し訳ございません」
クィンは父親に対してすかさず頭を下げた。
肩や声が震えそうになるのを、握り拳にグッと力を込めて堪えながら。
今のクィンには謝ることしかできない。
「軽率なことをしたと反省しております。本当に申し訳ございません」
繰り返しの謝罪を続けても、ファスタール伯爵の気は晴れない。その眉間には深くシワが刻まれたままだ。
それでも、先ほど一度怒鳴ったからか、次に発した言葉は少しだけ落ち着きを見せた。
「……レナルド・コーネリウスに会ったのだな?」
クィンは短く、はい、と返事をした。
ファスタール伯爵は小さくため息をつき、入り口を向いて置かれた机の奥へと回り、椅子に腰をかけた。
そして、両腕を机の上に置き、手を組み、クィンへの質問を続ける。
「それで、どうだった。奴に会って、何か話したのか」
どうだった、などと感想を聞かれるとは思っても見ず、クィンは戸惑いつつも、地下牢であったことを報告し、自分の思いを伝えた。
ユリウス宰相に連れて行かれ、地下牢でレナルドに会ったこと。
彼は髪や髭が伸びっぱなしで顔がよく見えず、その姿はまるで獣のようだったこと。
彼から、ジャンヌ様に運命の相手を変えるよう頼めと言われたこと。
そして、ユリウス宰相に頼みジャンヌ様の部屋まで連れて行ってもらったものの、一ヶ月は会えないと知り、取り乱してしまったこと。
「運命の相手が囚人という事実を受け止めきれず、頭が混乱し、恥ずべき行動を取ってしまいました。……私は、あのような方が運命の相手だなんて信じられません。また、ファスタール家のためにもならないため、ジャンヌ様に改めて運命の相手の変更を願い出るつもりです」
ファスタール伯爵は、クィンの話を黙って聞いていた。
そして、事の次第を聞き終わると、ゆっくりと目を閉じて考え始めた。
クィンはただじっと、ファスタール伯爵の次の言葉を待つ。
「クィン、もうジャンヌ様のところには行くな」
「!?」
その言葉に、クィンは目を見開いた。
慌てて反発しそうになる心を抑えて、クィンは冷静に意図を問う。
「それは、一ヶ月後に正式な手順を取ってお会いすることもいけないということでしょうか?」
ファスタール伯爵は、そうだ、と頷く。
「……私が、無礼を働いたからでしょうか?」
「そうではない」
行っても無駄なのだ、とファスタール伯爵は続けた。
なんとも遠回しな言い方に、クィンは納得がいかない。
“行っても無駄”とはどういう意味なのか。
「諦めよ。ジャンヌ・マリアージュの結果は変えられない」
ファスタール伯爵は、自分の娘に決定的な一言を告げる。それはクィンが最も恐れていた現実だ。
「変え……られない、のですか」
唯一の希望が打ち砕かれていく。
ジャンヌ様に会えば運命の相手を変えられるかもしれないと、それだけが希望だったのに。
父親から告げられた現実は、残酷だった。
「変えられない」
「で、ですが、公にそのような決まりはないはずです。ジャンヌ様に直接お会いすれば……」
「今までにもお前みたいな娘がいた。しかし、運命の相手が変更された事は一度もないのだ」
ファスタール伯爵は、過去にもジャンヌ・マリアージュにおいて相手に不服を申し立てる娘がいた事をクィンに教えた。
相手が囚人という娘はさすがにいなかったが、娘より身分の低い相手が選ばれたり、外見が娘に見合っていない相手が選ばれたり、と様々な理由で運命の相手の変更を望む者はいた。
ジャンヌ様はその者たちの声に負け、ジャンヌ・マリアージュを再度行ったこともあるという。
だが、再度行っても相手は変わらなかった。
ジャンヌ様曰く、聖女はそのとき最も相性の良い相手を伝えるだけのため、時間を置いたところで別の相手が出てくることはない、ということだった。
「相手が死んででもくれたら結果は違うのかもしれないが、さすがに相手を殺してまで別の相手を望む者はいなかった。それゆえ、ジャンヌ様に頼んだところで相手は変わらない」
ファスタール伯爵の目は冷たく、まるで軽蔑するような視線でクィンを見て言う。
「お前の運命がここまでひどいとはな。失望したぞ」




